2、壁の中のナツメくん

 ナツメくんは、一か月前、壁にひとつだけある門の前で見つかったらしい。

 校長先生がわたしたちのクラスにナツメくんを連れてきたとき、彼はぶかぶかの服を着ていた。「服をしつらえてあげたいのだけれど、ぴったり合う大きさのものがすぐには準備できなくて。ごめんね」という先生に、ナツメくんはちらりと先生を見上げただけで何も言わなかった。

 壁の外から来た、というだけでふつうのことじゃない。ざわついていたクラスで、校長先生は言葉を続けた。


「ナツメくんは、壁の外から来ました。でも、しらさぎのまちでこれからいっしょに生きていく仲間です。みんなは、小さいころから顔見知りだから少しなじむのには時間がかかるかもしれない。でも、まちの仲間としていっしょに勉強してもらえると、校長先生は嬉しいです」


 だから、最初はクラスのみんなもこわごわ、話しかけようとしたんだ。でも、ナツメくんはろくな返事をしてくれないし、そもそも声をかけられること自体、うっとうしそうだった。だからもう、誰も話しかけなくなって、セトカみたいに怖がっているか、アマナみたいに無視しているかのほぼ二択になってしまっている。


 でも、わたしはその二択とは、ちょっと違うのかもしれない。わたしはナツメくんの濃い朱色の目が好きだった。いつも鋭く吊り上がっているけれど、何か、わたしたちとは違うべつのものが見えているんじゃないかっていう気がして。

 ナツメくんが来てから数日後、校長先生が用意してくれたのか、彼の服装はきちんとしたものになったけれど、それでもナツメくんの「わたしたちとは違う人」という感じは変わらなかった。


 ナツメくんのことが気になっているのは、たぶんわたしだけじゃない。だって、わたしがこっそりナツメくんを見ているみたいに、彼のことを見ている人は何人かいるから。でも、同じクラスの仲間として、いっしょに勉強していってほしいって校長先生に言われているのに、話しかけずにこっそり見ているのはいいのだろうか。いまのわたしたちとナツメくんは「いっしょに何かしている」感じがない。

 それに、ちらちらと彼を見ているのは、まるでナツメくんが見せ物みたいだ。見世物あつかいはかわいそうだし、よくないことだとわかっている。そう思いはしても、やっぱり話しかける勇気は出なくて、わたしは今日も、吸い寄せられるように彼の瞳をこっそりとながめるのだった。

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