夏の終わりに

白と黒のパーカー

第1話 夏の終わりに

 寄せては返す波の音。

 闇に染まった波打ち際ではそれだけが目の前に広がる海を感じさせてくれる。

 さっきまで水面に反射していた月は雲に隠れてしまっていた。

 夜とは言え気温は高く、頬にじっとりと汗をかいている。もっとも、理由はそれだけではないのかもしれない。

 幾度目かの時間の確認のために腕時計を眺めると、手に持った花束と線香花火だけが入った袋が揺れる。

 もうそろそろだと一つ深呼吸をすると、後ろから手が伸びてきて目隠しされた。


 心臓が飛び出るかと思った。驚いたのもそうだが、君が来たのだ。あるいは胸が高鳴ったといったほうが正しいのかもしれない。

 久しぶりと声に出して伝えると、懐かしい声で君は久しぶりと返してくれる。

 それだけで今はうれしい。

 ゆっくり振り返ると、そこにはやっぱり君がいた。時間の流れを感じさせない君はいつだって素敵な笑顔をこちらに向けてくれる。

 夜なのに眩しくて、目がくらむような錯覚と涙が出る。


 花火、しよう。そういったのはどちらからだったのか。花火の袋についてきていた小さなろうそくに火をつける。

 少し蝋をためてから砂浜に落としてそこにろうそくを立てる。

 今夜は風が凪いでいるので倒れる心配はこれでそうそうないだろう。

 十本入りの線香花火。君と僕で五本ずつ分ける。

 お互いに確認するまでもなく、先に落ちたほうが負け。物心ついた時から二人でやってきた暗黙のルール。

 一本目に火がともる。


 どちらが何を話すでもなくパチパチとはじける火花をゆっくりと眺めている。

 無言の時間が心地よい。

 大きく膨れているのは僕のほうで、君のほうはまだ少し小さい。

 余裕そうな顔で見てきたその瞬間君のほうの火が落ちた。

 悔しそうな顔をして僕をポカポカ叩く君はいつまでも昔のままだなと微笑ましかった。

 揺れた腕に惹かれるように僕の火も砂浜に消えた。


 二本目に火がともる。

 僕が高校を卒業してからしばらくのことを訥々と話す。

 今住んでいる町の話、お世話になった人の話、時折故郷がとても恋しくなる話。

 全部全部、話していく。

 いつの間にか二人とも火が落ちてしまっていたけれど、君はずっと穏やかに耳を傾けてくれていた。


 三本目に火がともる。

 今度は君の話が聞きたいと勇気をだして口にしてみれば、動揺が手に伝わったのか僕の火が先に落ちてしまった。

 あっけない終わりに君はくすくすと笑い。人差し指を口元に立てていた。

 残念だが負けは負けだ。


 四本目に火が......火をともす手に迷いが生じる。

 このままいけばあと二本で君との時間が終わってしまう。それは寂しい。

 悩む僕の手に君はそっと手を伸ばして。

 四本目に火がともる。

 今までのものよりも一際大きくはじける火花たちは、夜の世界に舞う幻想的な花畑のようだった。

 いつまでもいつまでも君と眺めていたいよ。

 君と僕の火が同時に落ちる。


 五本目に君と二人で火をともす。

 砂浜に二人寄り添って座り、はじける火花に思いをはせる。

 隠れていた月が顔を出し、揺蕩う水面に朧気に映し出される。

 いつだったか、以前も君と二人で花火をした時も満月だったような気がする。

 せっかくきれいな丸い月が雲に隠れてなんだか虚しいと君が言っていたことをふと思い出した。

 今の僕の心の中は満たされているのだろうか? それとも虚ろなのだろうか?

 答えはおそらくどっちでもいいんだろう。

 照らす月に役目を終えて、最後の線香花火が今落ちた。

 砂浜には一人。僕のすすり泣く声だけが響いている。


 幾度かの躊躇いの後花束に火をともし、海に流す。

 君に届くように。


「また来るよ」


 手を振る君が見えた気がした。

 

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夏の終わりに 白と黒のパーカー @shirokuro87

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