第5話 郷土史家・三田村耕介氏への聞き取り
忘れられた日本の足跡
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公的記録の壁:郷土史家・三田村耕介氏への聞き取り
カテゴリ: フィールドワーク , 現代民俗学 , 赤坂田市
投稿日時: 2025年8月22日
こんばんは、久坂部です。
前回の記事では、「オイカガミ様」という謎の存在に関する私なりの考察を掲載し、皆様に情報提供をお願いしました。多くのメールやコメント、誠にありがとうございます。一つ一つ、丁寧に拝読しております。
さて、口伝で得られた「オイカガミ様」というキーワードが、文献上にも何らかの形で残っていないか。次のステップとして、私は赤坂田市の「公的な歴史」の専門家にご意見を伺うことにしました。市立図書館の司書の方にご紹介いただき、幸運にも、長年この地の郷土史を研究されている
しかし、その調査は、私にとって新たな、そして非常に高い「壁」の存在を意識させるものとなりました。
【以下は、三田村先生へのインタビュー記録です。】
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インタビュー記録
日時: 2025年8月20日 14:00 - 14:45
場所: 三田村耕介氏のご自宅書斎
対象者: 三田村耕介氏(65歳・男性)
【記録開始】
[通された書斎は、古い紙とインクの匂いが濃密に立ち込める空間だった。壁という壁は床から天井まで届く本棚に埋め尽くされ、机の上にも、床にも、分類されているのかいないのか判然としない資料の山が築かれている。三田村氏は、その山の主のようにどっしりと椅子に座り、眼鏡の奥から探るような目で私を一瞥した。]
久坂部: 三田村先生、本日はお忙しい中、お時間をいただき誠にありがとうございます。大学院で民俗学を研究しております、久坂部と申します。
三田村: 図書館の司書さんから話は聞いている。まあ、かけなさい。それで、君のような若い方が、この街の歴史の何に興味を持ったのかね。
久坂部: はい。現在、市の再開発に伴い、その土地に古くから伝わる信仰や言い伝えを調査しておりまして。先日、元住民の方から「オイカガミ様」という神様について伺ったのですが、先生は何かご存知でしょうか。
[私の言葉を聞いた瞬間、三田村氏の口元に、あからさまな侮蔑の色が浮かんだ。]
三田村: オイカガミ様? 馬鹿馬鹿しい。初耳ですな。私の知る限り、赤坂田市の歴史において、そのような信仰が記録された文献は一切存在しません。
久坂部: しかし、口伝として、確かに…。
三田村: 久坂部君。学問というのは、客観的な資料に基づいて論理を組み立てる行為だ。誰かの曖昧な記憶や、非科学的な伝承に学術的価値はない。この街の歴史は、この資料の山がすべてだ。ここに書かれていないものは、歴史ではない。ただの与太話だ。
[彼はそう言って、机の上の資料の山をトン、と指で叩いた。その態度は、単なる学術的な懐疑論ではなく、民間伝承そのものへの強い軽蔑を感じさせるものだった。]
久坂部: では、お伺いしますが、先生のご専門である市の公式な歴史について教えていただけますでしょうか。特に、ニュータウンが造成される以前は、どのような土地だったのでしょう。
三田村: よろしい。赤坂田はね、江戸時代には宿場町として多少の賑わいはあったが、基本的には大きな事件も戦もなく、歴史の表舞台に立つことはなかった、ごく平凡な土地だ。明治以降も、半農半漁の静かな村だった。それが大きく変わったのは、ご存知の通り、戦後の高度経済成長期。東京のベッドタウンとしてニュータウンが造成され、人口が爆発的に増えた。それだけのことだよ。特別な歴史など、ここにはない。
久坂部: 何か、特徴的な産業や、それに伴う風習などはなかったのでしょうか。
三田村: さあな。記録に残るほどのものは何もない。君が期待しているような、ミステリアスな物語は、この街には存在しないよ。
[彼の語り口は、自分の知識に対する絶対的な自信に満ちていた。しかし、その自信は、逆に言えば「自分が知らないことは存在しない」という、ある種の思考停止にも見えた。私がさらに食い下がろうとした時、彼は時計に目をやり、話を打ち切った。]
三田村: すまないが、これから整理せねばならん資料が山ほどあってね。話はそれだけかね?
久坂部: あ…はい。本日は、ありがとうございました。
【記録終了】
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今回のインタビューは、私にとって大きな壁に突き当たったような感覚でした。三田村先生の言う通り、もし「オイカガミ様」が公的な記録に一切残っていないのであれば、その存在を証明することは極めて困難です。
しかし、なぜ彼はあれほどまでに「記録にないもの」を頑なに否定するのでしょうか。一人の郷土史家として、未知の伝承に少しでも興味を示すのが自然ではないか、と私には思えてなりませんでした。
公式な歴史がすべてを語るわけではない。私はそう信じています。記録からこぼれ落ちた人々の「声」を拾い集めるためにも、改めて地道な聞き取り調査を続けていく必要性を痛感した一日でした。
(久坂部 誠)
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