アープラ課題部8/3〆分 テーマ:ラムネ

フー

『ウタカタ・フェスティバル』

 集合場所に着くと浴衣姿の先輩がそこにいた。…いや先輩か?髪をハーフアップで綺麗にまとめ幾何学模様の曼荼羅を纏った女性は、普段部室で見るボサボサボブカットの探検部部長ではない。お祭りデート待ち合わせ中の雅な女性、といった出で立ちだ。ただ、地面に置いたコンビニ袋と手に持った瓶ビールが彼女の雅をヤバみに変換していた。


 近付いて挨拶をすると、スマホから顔を上げて先輩が言う。

「ちょうど良かった、今ビールが空くところだ。…先週は済まないね、直前でリスケをお願いして」

「別に気にしてませんよ」

先輩の言う事はいつも突発的ですから、という言葉を飲み込んでチラリと覗く。ビールを飲み終えた先輩の顔は暑さとアルコールでほんのり上気していた。

「それなら良かった」

隣を歩く先輩は上機嫌にのたまう。どうやらお祭りをよほど楽しみにしていたご様子だ。カラコロと下駄も笑っている。

「タブンくん、今日は夏祭りを象徴するモノを収集するぞ」

「はぁ」

「なんだその気の抜けた返事は、タブンくん、いいかい、イベントというものはそこにしか立ち現れない雰囲気というものがあるんだ。その場その時に居合わせた者には、それを楽しみ尽くす義務があるんだよ」

なるほど確かにそうかもしれない。前に自己分析をした時、『冷笑家』という結果が出て地味に落ち込んだのを僕は思い出した。

「解ったならよろしい。私は腹が減ったぞ、ビールを飲んだら粉ものが食べたくて仕方ないんだ。なぁに心配するな、It’s all on me tonight!」

先輩は元気にペラペラと宣言し、焼きそばの列へと僕を引っ張っていった。


 楽しみ尽くす、という宣言通り先輩の活躍は八面六臂の如きで、僕は韋駄天の如く食料調達に奔走することとなった。先輩は僕が買い集めた粉もの、焼き鳥、綿菓子、とうきび、かき氷、その他諸々を胃袋という名の四次元ポケットに放り込みながら射撃で全発的中させ、金魚を掬い続け、くじ引きでは鐘を鳴らさせて大当たりの大きなパチモン縫いぐるみを渡されていた。その片手には常にビールがあり、僕の両手はたちまち景品でいっぱいになった。


 「いやぁ随分遊んだなタブンくん!」

実際のところ遊んでいたのは先輩だけだったが、僕には不思議な満足感があった。ああも無双する姿を見せつけられると、使いっパシリと荷物持ちだけの僕も誇らしげな気持ちになってくる。5杯目のビールを飲み終えた先輩は空のコップをゴミ箱に捨て、僕に振り返ってこう言った。

「さてタブンくん、お祭りの締めくくりだ。あの飲み物を買いに行こう」

「何もったいぶってるんですか」

何買えばいいんですか、と荷物を置きながら僕は尋ねる。

「もったいぶりもするさ!さぁタブンくん、空性と遊戯の象徴、ラムネを買って来ておくれ!」

ごく僅かの間に”買いに行こう”が”買って来て”に変化していた。まぁ良いけど。

僕はドリンクが売っている屋台へ向かう。しかし、

「無いな…」

夏祭りと空性と遊戯の象徴とやらはあいにく売り切れだった。何軒か回ってみたが無いものは無い。先輩のところへ向かってその旨を伝えると、

「そんな事があってたまるか!」

と先輩自ら出陣して行ったが、数分するとしょんぼりした顔でビールを両手に帰って来た。ビールでいいんじゃねえか!

「残念だ、空き瓶でボーリング大会を開くつもりだったのに…」

先輩は片方のプラコップを僕に渡しながら言う。乾杯、と杯を合わせてビールを飲みながら僕は一応確認した。

「…その瓶、誰が運ぶつもりだったんです?」

「無論君だが?」

…危ない、今手元にラムネ瓶があったら殴ってたかもしれない。

「…まぁいいじゃないですか、また次回のお楽しみという事で」

何の気無しに言ったその言葉を聞いた先輩はこちらを少し見てからビールを一口飲み、呟くように言った。

「…そうだな。次回のお楽しみだな」




 集合場所に着くと浴衣姿の先輩がそこにいた。編み込んだ髪、金魚柄の浴衣。その姿は可憐ではあったが、缶チューハイ片手にスマホを弄っている女性に声を掛けるのは…まぁもう慣れた。僕が挨拶をすると先輩はスマホを仕舞い缶チューハイを飲み干して言った。

「先週は済まないね、直前でリスケをお願いして」

別に良いですよ、と僕達は屋台へ向かう。夏祭りの象徴を集めるのだ。先輩は僕が買ってきた粉もの、イカ焼き、綿菓子、とうきび、りんご飴、その他諸々を食べながら輪投げで全ての輪を通し、ヨーヨーを引っ掛け続け、くじ引きでは鐘を鳴らさせて特賞のペア旅行券を渡されていた。その片手には常にビールがあり、僕の指はヨーヨーの輪ゴムが食い込んで千切れそうになっていた。


 「さてタブンくん、お祭りの締めくくりだ。ラムネを買いに行こう」

小学生にヨーヨーを配り終えた先輩は言う。しかし残念な事に、ラムネはすでにどの屋台でも売り切れだった。

先輩の顔に困惑と落胆と諦観の影が差す。珍しくナイーヴだなと思いつつ、

「まぁいいじゃないですか、また次回のお楽しみという事で」

と言ったが先輩の表情は晴れなかった。僕は先輩が奢ってくれたビールを飲みつつ尋ねてみる。

「なんでそんなにこだわるんですか?」

先輩は少し照れながら言った。

「…妹が好きだったのを思い出してね。お土産に買ったら喜ぶかと思ったんだ」

…正直、僕は面食らってしまった。いつも部室に引き籠もっている探検部部長ばかり見ていた僕は、それ以外の姿、ましてや久留米家長女なんて姿を全く想像したことが無かったのだ。改めて想う。先輩は”部長”や”大学の先輩”である前に”久留米光”なのだ。

「…まぁ、幾ら探しても無いものは無いか。燐にイタズラされたのかもしれないな」

リン?また何か東洋の超自然的存在の話だろうか。そんな風に考えていると人の流れが急に変わった。バランスを崩した先輩の手を掴み、こちらへ引き寄せる。先輩はハイライトの無い瞳を大きく開いてこちらをまじまじと見つめ、

「…あぁ、ありがとう」

呟くように言った。何か今日の先輩はらしくないな調子狂うな、と思いつつ場内アナウンスに耳を傾ける。どうやらこれから花火が打ち上がるようだ。僕は隣で手をさすっている先輩に声を掛ける。

「どうします?花火始まったら、もう一周屋台見てみます?」

「いや、今日はこれくらいにしておこう」

「せっかくだから花火を見ていかないか?ここの花火はなかなか豪勢らしい」


 今度は人の流れに乗っかって河川敷へと進んでいく。歩きながら先輩は言った。

「悪かったね、たくさん付き合わせてしまって」

僕は素直に返す。

「案外楽しかったですよ、宝探しみたいで」

「そうか、それなら良かった」

「……_____」

先輩が何か呟いた気がしたが、ちょうどその時花火が上がり始めた。歓声と破裂音の中でそんなモノは聞こえるはずもなく。泡のような言葉はたちまち消えていった。

空へ上がる粒と弾ける火花。それらを眺めながら僕は、なんかラムネみたいだな、とふと思った。その思いの泡が消える前に口に出す。

「また来年、来ましょうね。このお祭り。ラムネを買いに。花火を見に」

先輩がこちらを見る。大きく見開かれた、ハイライトの無い瞳。先輩は僕の言葉を飲み込むようにゴクリ、と喉を鳴らし、照れながら笑って言った。

「…そうだな。来年のお楽しみだな」


ーーーーパチン。その言葉を聞いた瞬間、世界が弾けた。




 「ブンくん、タブンくぅ~~~~ん???」

ヒヤッとする感覚がTシャツの中に滑り込み、僕は慌てて上半身を起こす。どうやら部室のソファで眠ってしまったようだ。先輩が腕を組んで僕を見下ろしている。

「全く、私の呼びかけに全然反応しないとはいい度胸だな。あ、今落としたやつはここで開けないでくれよ。拭き掃除が面倒くさいからね」

はぁ、と僕はボサボサになった頭を掻く。微かな違和感。…あ。

コロコロと床を転がるそれが目に入って気付いた。

「ラムネ、買えたんですね」

先輩は何を言ってるんだ、といった雰囲気で僕の鼻先を突っついた。

「ラムネはこの間11本、キミが必死に運んでくれただろう。ほら、いつまでも寝ぼけてないで花火を見るぞ」

先輩がカーテンを開けると、ちょうど花火大会が始まったところだった。

僕は窓辺に行き、先輩と一緒に花火を見る。何かを思い出しそうな気がしたが、それは花火の破裂音にかき消されていった。

「去年も見ましたけど、やっぱキレイですね」

「ああ、そうだな。来年も楽しみだ」

先輩は笑いながらそう言った。




蝉が鳴き、風鈴が鳴り、花火が上がる。

全ては泡沫の夢。空色に浮かぶ一つの可能性。

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