深夜0時の牛丼チェーン店

伊藤沃雪

第1話:諸行無常

 俺はある地方都市の、有名牛丼チェーンで働く店員。都心と違い、深夜0時を過ぎた店は客足もまばらだ。深夜帯に訪れるお客は変わった人間が多いらしい。


 ピロリロピロリロ、正面ドアに人が来ると反応するチャイムが鳴った。

 らっしゃいせー、と俺は当たり障りなく客を出迎える。

 今夜の客は若者が四人。男三人女一人という構成。服装や若さから見ると……たぶん、大学生だ。彼らはやや疲れた顔をしていて、談笑しつつテーブルにつく。

 

「あ〜やっとレポートから解放されんべ」

「バッカ言え、これからだっつの。早く注文しろよ」

「じゃあ俺、チー牛〜」

「え〜、それオタクの食うヤツ」

「そうなん? じゃあおろポンにすっか」


 大変遺憾な会話が聞こえてきたが、俺は早くも手元でお盆に箸を乗せて準備を始めておく。

 徹夜してレポートを書くという行為について、俺も大学生時代にはそうしていた。じゃあ何で牛丼屋なんかで働いているのかって? それは聞かないでほしい。

 ところで、チー牛が『オタク君の食う牛丼』なんていうのは間違いだ。つうかどんな文脈? こいつは美味しすぎるために、謎のやっかみを受けただけだ。 未だに当店の一番人気メニューな上、全てのメニューを賄いで食い尽くした俺が、一番上手いと認定しているのだから間違いない。

 ……とは思いつつ、もちろんわざわざ客に文句を付けるわけにもいかない。注文を受け、俺は粛々とホール作業を継続する。キッチンには別のスタッフがいるので、調理はそいつ任せである。うちの店にワンオペはない。

 注文はねぎマヨ、ねぎたっぷりたまご、おろしポン酢、キムチ丼か。若者らしくカロリーは無視だな。


「お待たせしました〜」

「おお〜」

 大学生達は牛丼を前に目を輝かせている。レポート作業の疲れがあるのか表情に覇気がないが、牛丼が来ると嬉しそうにリアクションを取ってくれた。

 なんだ、そんな風に反応されると可愛く見えるじゃないか。俺は何となく誇らしい気持ちでテーブルを後にし、店内中央の定位置に戻る。


「……ところでさ、エイタの話聞いた?」

「聞いた聞いた。あいつ、奨学金までパチに突っ込んでるって」

「仕送りもっしょ?」

「ゲッ、いよいよやん」

 しばらく静かになって半分ほど食べ進められたころ、大学生の一人が不穏な話題を持ち出した。

 パチ? たぶんパチンコのことだろう。

 

「そんなに金使って、生活間に合ってんのかね」

「削ってるに決まってんべ。この前だって上機嫌だったから聞いてみたら、一万勝ったーて」

「負け分は?」

「二十万」

「大分めっちゃ負けてるやん……」

「最近、車欲しい欲しいってうるさいしな」

「それ絶対、パチ屋の遠征用の車だ」

 大学生達は苦笑しながら話すと、閑話休題のごとく数口牛丼を食べた。そして溜め息手前の渋い空気を吐いた音がした。


「……どうしたら止めさせられると思う?」

「や、無理だって! あいつが何度『俺はもうパチに行かない』って言ったと思う?」

「翌日にはパチ屋の開店前列に並んでるってパターンを何度見たことか」

「暇だから悪いんだよ。バイト詰め込みまくればいけんじゃん」

「すでにバイトは結構やってんだよ。しかもその間に空いた三〇分とかの時間で打ちに行くんだって」

「アホやろ!」

「三〇分かけて金を消化してる」

「もはやウーバー○ーツとかやった方が儲かるじゃん!」


 牛丼を食べるのを忘れてしまったかのように、軽妙なやり取りが飛び交っている。

 なるほど、彼らの友人がパチンコにハマって抜けられなくなったという話らしい。俺が学生をしてた時代にも居たな。一年も経った頃には退学したという話を聞いたっけ。そう思うと、友人を救おうとするのも分からないでもない。そんな理由で大学生活を棒に振るのは勿体ないものな。

 

 その時、大学生達の誰かのポケットからブブブ、というバイブ音が響いた。

 

「……来るって。エイタ」

「今から?」

「うん。勝ったから奢るって」

「えええ……」


 大学生の青年がスマホを触って知らせると、残りの三人が複雑そうな顔をする。

 なんと、話題になっていたパチスロ青年がここに来るのか。

 個人的にわくわくしながら待っていると、十分ほどしてから新たな来客があった。ヨレヨレのTシャツを着た青年。店に入ってきた瞬間にタバコの匂いがむわっと広がる。彼はぴかぴかと笑顔を輝かせて、一直線に大学生グループの座るテーブルへと向かった。


「おー、エイタ」

「うっす! 聞いてくれよー、今日はなんと十万勝ちだぜ」

「おー……」


 エイタの勝ち誇って爽やかな態度とは対照的に、椅子に座ったままエイタを見上げている大学生達からの反応は薄かった。

 そして、四人は互いに頷き合ってから、真剣な様子で説得にかかった。


「エイタ、さすがにヤバイって。奨学金も突っ込んでんだろ?」

「え? どっから聞いたのそれ」

「仕送りもでしょ? 親御さんの身にもなりなよ。そんな理由で大学通えなくなったら悲しいじゃん」

「う……で、でもまあ今日勝ったし」

「負け分あと十万あるだろ。もう止めとけって」

「いや、どうやって聞いたの!?」

「ちゃんと聞けって。オレら、お前が大学来なくなるのは嫌だからさ」

「……」

 大学生達四人の勢いに負け、立ったまま項垂れるエイタ。

 まさか、深夜バイトでこんな熱い友情の光景が見られるとは。知らず知らず、大学生達が願うように、エイタがパチンコを止めてくれることを祈っている自分がいた。

 エイタはしばらく黙っていたが、しばらくしてから絞り出すように声を発した。


「……分かった。俺もうパチは止めるよ。みんなが言ってくれたから……」


 大学生達四人の顔がぱっと明るくなる。彼らの願いがエイタに届いたようだ。

 俺も思わず安堵していた。あの子達の友達を想う気持ちが伝わって良かったな、と。



 一週間後、エイタを除いて、全く同じメンバーで大学生達が店に現れた。

 彼らが牛丼を食べながら話していたところによると、先週の説得があって三日後、エイタはパチンコ屋の開店待ち列に並んでいたそうだ。

 俺は彼らへの労いを込めて、牛丼に乗せるネギの量をひとつまみ多くしておいた。

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