第32話 魔女の一撃!

 生徒指導室に通された私たちは、ここでしばらく待つように言われ、湿杉先生は、そのままどこかに行ってしまった。


 カチカチカチ・・・と、壁にかけられた時計の音だけがこだまする。


 私とヒイロ、二人だけが指導室に取り残されたまま、八時半のチャイムが鳴った。


「これって、遅刻扱いになるのかなぁ」

 

 椅子に座ったまま、時計を見ながら、ヒイロがそう言った。


 こんなことに発展してしまっているのに、ヒイロはいつも通りの調子で落ち着き払っている。


「なんでそんなに落ち着いてるの? あんな写真撮られたりとかしてんのに。ヒイロは写真がばらかれたらどうしようとか思わないの?」


「なんでって、別に悪いことはしてないだろ?」


「してないけど、周りからしてるように思われるかもしれないじゃん」


「思わせときゃいいんじゃないか?」


 私が気にしすぎなんだろうか。どうにも話が噛み合わない。


 ―― そもそも、あなたが日頃からそんなだから、生徒に指導がちゃんとできていないんです!

 

 生徒指導室の外から、何やら話し声が聞こえてきたかと思ったら、岡田先生と、湿杉先生が、部屋の中に入ってきた。


「おう」


 ジャージを着た数学教師は、後ろ頭をかきながら、私たちにそう声をかけた。


 二人の先生は、机を挟んで私たちの向かい側に座る。


「私は、確かに見ました! この二人が、保健室でいかがわしい行為に及ぼうとしている様を!」


 何がだよ。靴下脱いでただけじゃん。


「わかりましたよ、先生。それで、お前らなーにやったんだよ」


「怪我の手当です・・・」


「・・・って言ってますけど?」


 岡田先生は、面倒臭そうに湿杉先生に言った。


「嘘おっしゃい! スマホを翳しただけで怪我が治るものですか! カメラを回していたのでしょう!」


「・・・なぁるほど」


 岡田先生は、以前に、ヒイロの怪我がスマホを翳しただけで治った場面を見ている。

 ようやく合点がいったとばかりに、納得した顔を見せた。


「そうだな、それじゃ、東条。悪いんだけど、携帯の写真を確認させてもらってもいいか? これで、何も出てこなかったら、彼らは白でいいですよね? 湿杉先生」


 その場の全員で写真を確認したが、彼の撮った一番新しい写真は、どうやら彼の家で飼っている、白い猫の様だった。

 一匹で寝ている写真と、妹さんと一緒に写っている写真。その前は、校外学習で山登りをしているみんなの写真。

 

 いかがわしい写真は一枚もない。


「写真も動画もなさそうですよ?」


「あ、安藤さんのスマホを使っていたのかも!」


「はぁ? 色が違うでしょ!」


 ピンクと青の差もわからんのか。


「すまん、念の為なんだが、見せれそうか・・・?」


 岡田先生が、申し訳なさそうに言った。


「別にいいけど・・・」


 私の写真が、みんなの手によって確認される。

 眠るベガ、遊ぶベガ、食べるベガ、ベガ、ベガ、ベガ・・・・


「猫の写真ばっかだな、お前」


 ほっとけ。


「やっぱりないですよ?」


「消したに決まってるでしょう! 時間はいくらでもあったんですから!」


 だったら、何のための確認だったんだよ!

 くそー、なかなか納得しないなぁ。


「こっちの証拠なら、いくらでもあるんですけどね」


 ヒイロはそう言って、血のついた画鋲をポケットから取り出した。


「これが、今朝、安藤の上履きに入ってました。おそらく、誰か悪意のある人間が、彼女の上履きに仕掛けたものです」


 捨てたつもりだったけど、拾ってたんだ。


「安藤の右の靴下を見てもらえれば分かると思いますけど、まだ彼女の血がついています。怪我を治したのは本当です」


「決まりだ。この二人は白ですよ、先生」


 岡田先生が、手を叩いて席を立ち上がろうとしたところで、湿杉先生に座り直させられた。


「私が見たときには、彼女の足には傷ひとつありませんでした! おかしいでしょう! どう考えても!」


 どうすれば、納得してくれるんだろう・・・

 なんかもう、軽いヒステリーになりぎみだ。


「わかったわ! あなたたちは三人ともぐるなのね! それで私をだまそうとしているのね! そうに違いないわ!」


 とうとう被害妄想まで加わった湿杉先生は、勢いよく立ち上がり・・・


 ぐぎり


 そして、へなへなと腰砕けになった。


「イタタタ・・・」


「大丈夫ですか? 先生・・・」


「持病の・・・ぎっくり腰が・・・あ゛ぅ!」


 かなり痛そう。

 ぎっくり腰って、海外では、『魔女の一撃』というらしい。

 学校の先生は立ち仕事・・・腰の負担もかなりみたいだ。


 ヒイロは、ため息をついて、立ち上がった。


「アレクサ、起きろ」


「どうした?」


「申し訳ないんだが、もう一度、回復魔法を使って欲しい」


「えー?」


「先生がぎっくり腰になってしまったんだ。すまん」


 ヒイロは、先生の腰に彼のスマホをかざした。


「結構電池食うんだぞ? しょうがないなぁ・・・回復魔法ヒール!」


 そう言いながら、アレクサンダーは渋々回復魔法を唱えた。

 湿杉先生の腰が、ぼんやりと緑色に光った。


「嘘でしょ? 全然痛くなくなっちゃった・・・ええぇ?」


 腰を抑えてうずくまっていた先生は、スッと立ち上がって腰を回す。


「これで、わかってもらえますか?」


 ヒイロは、冷ややかな目で湿杉先生を見下ろした。


 ◆


「・・・てな感じで、朝から大変だったんだよ」


「ふぅん・・・朝から大活躍だったんだね。アレちゃんも」


 昼休みの屋上で、トーコは、ヒイロの持っている携帯電話を眺めた。


「まーね。どこぞの雷魔法と違って、おれの魔法は汎用性が高いからな」


「ふん! 我輩だって、人知れず大活躍は、しておったわ!」


 アレクサに対して、変な対抗心を燃やすシリ。


「どこが?」


 別に、なんかやってた記憶ないんだけど・・・


「見ておれ、リン。そのうち貴様は我輩をあがたてまつりたくなるだろう!」


 私の携帯電話は、得意げに鼻を鳴らした。何かあったっけ?


 ◆


「ふふっ、先生からは許してもらったのかも知れないけど、果たして、は許してくれるかしらね♪」


 刀川留衣は、カバンから携帯電話を取り出した。


 今朝、撮った写真を、クラスのグループトークに流せば、彼女らの情事はになり、たちまち大騒ぎだ。


 青ざめた安藤林檎の顔が浮かぶ。

 芽衣子お姉さまも、喜んでくれるに違いない。

 

「ん?」


 おかしい。スマートフォンが、全く反応しない。

 充電切れではないはずだ。


 留衣は、何度か電源ボタンの長押しを試みる。


 しかし、彼女の携帯電話は、うんともすんとも反応しなくなっていた。


「はぁ? なんで壊れてんの・・・?」


 かみなりサージ。

 本来は、落雷などで発生する現象だが、スマートフォンなどの電子機器は、その回路の中に強力な電流が流れてしまうと、データの消失や破損を引き起こしてしまう。


 留衣のスマホが、人知れず撃たれた、魔王の雷の呪文によって壊されたということは、誰も知るよしもなかった。

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