第2話『ステルス』

新しいクラス、新しい席、新しい教室。


僕は窓際の一番後ろ。先生の目にも入りにくい、存在感の墓場。


だが、そんな僕の平穏は、登校初日の朝で早くも破られた。


「ねえ、そこの人……筆箱、落ちたよ?」


角を曲がった先、真正面から現れた女の子。


ゆるふわパーマ、うるうるの瞳、小柄な体。


……完全に恋愛イベントの出現パターンだった。


(ヤバい!目を合わせるな!心を閉ざせ!)


僕は反射的に下を向き、受け取った筆箱を地面に落とす演技をしながらボソッと呟いた。


「すまん……あれはもう、俺のじゃないんだ……」


「え?」


「ありがとう。これ、忘れてくれ」


そう言って、彼女の手に筆箱を託し、そそくさと逃げ去った。


──ナイス回避ッ!!


心の中でガッツポーズを取る。


……が、昼休み。


「あのさ、さっきの筆箱、先生に渡しといたよ」


また会った。しかも、彼女の席は僕の前。


(運命……なのか?)


ダメだ、揺らぐな俺。これは“地雷”。

恋に発展すれば、その子は不幸になる。


フラグは、即座に折る!


僕は、あえて食べかけの冷えた焼きそばパンを噛みながら、力強く言った。


「俺、虫の死骸を集めるのが趣味なんだ」


「……へ?」


「最近はGの羽根だけで、カーテン作ってる」


「……そ、そうなんだ……」


作戦成功──。


その日から、僕は“学校一ヤバい奴”として、みんなから避けられるようになった。


にも関わらず──


「え、アイツって実は顔整ってね?」

「貧乏そうだけど、めっちゃ真面目だよな」


……なんで?


どうやっても、恋愛フラグが立つ。


さえない見た目で、キモい発言して、近寄らないようにしてるのに!


「僕は……ただ、誰にも迷惑をかけず平穏に暮らしたいだけなのに……!」


心の底からの叫びは、風にかき消された。


──知らない誰かが、そっと僕の隣で笑ったような気がした。

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