信長が本当にうつけだったなんて聞いてない! ~元社畜の転生小姓、影で戦国無双~
五平
第一部:転生と「うつけ」の衝撃、影の始動
第1話 転生、そして「本物のうつけ」との出会い
「なんで転生しても、俺、また頭下げてんの!?」
目を開けると、そこは土壁と木材の匂いが充満する、見慣れない部屋だった。身体は鉛のように重く、にもかかわらず、その質量をまったく感じさせないほどに軽い。まるで、自分の肉体でありながら、何者かの操る傀儡になったような、奇妙な違和感が全身を駆け巡った。意識の断片が、脳の深層から浮上してくる。それは、かつて自分が生きていた、遠い未来の記憶。そして、目の前の世界に適合しようとする、新しい身体の記憶。彦三郎。滝川家の若き小姓。
――まさか、これは、転生?
混乱の極みにある頭で、彦三郎は周囲を見渡した。部屋の隅には簡素な木刀が立てかけられ、壁には武具が飾られている。どう見ても現代ではない。いや、それどころか、馴染み深いはずの日本語の響きすら、まるで異なる時代から聞こえてくるようだ。遠くから聞こえる人々の話し声、それから土間の匂い。全身の細胞が、これはまさしく歴史の教科書でしか見たことのない、戦国の世であると理解した。
その瞬間、脳裏に、この体が持つ記憶が津波のように押し寄せた。滝川彦三郎。織田家、滝川一益の遠縁にあたる、わずか十歳の小姓。そして、時は天文二十年、天下布武を掲げた稀代の英傑、織田信長が、まだ尾張の一国を治める前の時代。
信長。
その名が浮かんだ途端、彦三郎の意識は一瞬にして覚醒した。全身の血が凍り付くような感覚。自分が知る、あの「第六天魔王」――織田信長が、この世界の主役のはずだ。史実では、奇抜な行動の裏に天才的な戦略眼を秘め、桶狭間の奇襲で今川義元を討ち、天下統一へと邁進する。その過程で、この滝川家も、彼の天下布武を支える重要な柱となるはずだ。
だが、その安堵は、刹那のうちに消え去った。
彦三郎の新たな記憶の中の信長は、自分が知る「天才」とはかけ離れた、まるで別人のような姿だったのだ。
記憶の中の信長は、奇抜な服装で町を練り歩き、常識外れの行動ばかり取る。家臣からは「うつけ者」と陰口を叩かれ、周囲からは軽蔑の視線を向けられている。その奇行には、計算された戦略的な意味合いが一切感じられない。ただの、放蕩息子。本当に、ただの「うつけ」でしかない。
(いやいや、ただのバカ殿じゃん……)
この認識が、彦三郎の胸の奥底で、巨大な違和感となって膨れ上がった。知っている歴史と、目の前の現実との乖離。頭の中で警報が激しく鳴り始める。これは、自分が知る史実とは異なる、重大な事態であると本能が叫んでいた。
このままでは、織田家は滅びる。
織田信長が、史実通りの「天才」でなければ、今川義元に滅ぼされ、斎藤道三にも喰い荒らされ、尾張はあっという間に周辺大名に飲み込まれてしまうだろう。そして、滝川彦三郎である自分も、確実に歴史の闇に消える。
思考の海に、冷たい水が流れ込んだような感覚。全身の細胞が、危機感を訴えて震えだした。まるで、自分の命のカウントダウンが始まったかのような、止めようのない焦燥感が胸を締め付ける。この感情の膨張は、かつて経験したことのないほど強烈で、彦三郎の身体を内側から揺さぶった。胃の奥がキリキリと痛み、額には汗が滲む。
「信長が本当にうつけだったなんて……聞いてない……!」
自分が知る歴史は、この「うつけ」の信長が天下を統一する歴史だ。もし、この信長が本当に凡庸なのだとしたら、自分が知る歴史は、もう存在しないのではないか?
思考が急速に、そして冷徹に回転する。これは、単なる転生ではない。生き残るためには、この史実から外れた「うつけ」信長を、自分が知る「天才」に仕立て上げるしかない。あるいは、自分が影となって、歴史を「正しい」方向に、つまりは「史実」という軌道へと強制的に導くしかない。
「史実を守る」――この強烈な価値観が、心の深奥で発動した。自分の命を守るため、そして、この世界の歴史を、自分が知る「天下統一」へと導くため。たとえそれが、裏で糸を引く影の存在だとしても、やるしかない。
俺は、この瞬間から織田信長の影になる。
生き延びるために、そして、史実を守るために。
まずは信長の奇行を観察し、家を滅ぼさせない策を考えねば。
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