第27話 青い試練の終わり(完)

私は負けた。

魔王は敗北した。


なぜかと言えば、それどころではなくなったからだ。

村のあちらこちらに動画を出力し、写真をあちらこちらにバラまいた。


映像だった。

私がエロトラップダンジョンに行ったときの。


各種色々な姿があった。

真っ赤な顔で涙目の、私の表情のアップがあった。

はだけた衣服を守るようにしながら睨む私の様子があった。

大股開きで壁に固定されてうなだれる私の姿があった。


勇者が「わ……」と口元を覆った。

村人の何人かが、ぼんやりとした表情で写真を手にした。


私は、自ら右腕を吹き飛ばし、墜落した直後の状況だったが、残る全ての力を振り絞り映像機器を破壊し、写真を奪い返した。

写真はどうやら日光に弱い類のものらしく、しばらく放置すれば消える様子だったが、だからと言って見せたいものでは断じてない。


ただでさえ限界に近い疲労とダメージを負った所に無理をする必要があった。


その隙に着地したリタが、いまだ事態を理解できていない勇者に近づき、その裾を引っ張った。


「勇者勇者」

「え、あ、なに?」

「今、エロトラップダンジョンとか作れないっすか?」


ダンジョンは、勇者でも作成できる。


「……なぜに?」

「あの愚か者を止めるためっす」

「え? え……?」

「助けるためと思って、ぜひっ!」

「エロダンジョンを?」

「エロエロなのをっす」

「お、おおぉ……?」

「エグいものであればあるほど効果ありっすよ」

「そなの?」

「正気を失ったあの人の目を覚ますのは、もうエロしかないっす! このばら撒いた写真よりもっとスゴイことが望みっす!」

「……よく分かんないけど、そうした方がいいって、あたしの勘も言ってるし――」

「私の負けだ!!!!!!」


心から叫んだ。

そうせざるを得なかった。


だって、このままだと酷いことになるのは目に見えている。

そもそも乾坤一擲の策を盛大に外した。

もうこれ以上は戦う術がない。


これが敗北であれば受け入れる、その程度の覚悟はある。

だが、魔王権威がマイナス方向に全力で突入する事態は許容できない。


勇者はしばらくそんな私を見ていたが、やがて一度、うん、と頷いた。

完全にではない、だが、何かを納得した。


周囲の村人たちを覆っていたものが弾けた。

個人クエストが達成された。


神とやらの判定ではなく、勇者の得心によって私は「倒された」と判断された。

そう、つまるところ――私はエロトラップダンジョンに敗北したのだ。



「どんまいです」


項垂れた私に、球体がマニピュレータで肩を叩いた。

私はその裏切り者を指した。


「お前、後で壊す」

「なんでですか!?」


リタが予備の通信機器を奪取することを止めず、写真を大量に複製し、映像機器を村のあちこちに設置し、人の恥部を村中に晒したからだ。


「仕方ないですよね? 後輩の頼みですよ!?」

「お前の創造者であり上司のこと、完全に忘れているよな?」


焼き尽くされて消えつつあるモンスターの残骸を背景に、球体は何やら言い訳をしていたが、軽く蹴って脇へと放った。

勇者が近づいていた。


「あの」

「はい」

「ええと、寝起きで、まだ上手く頭が回らないんだけど……」


ひどく悲しそうに勇者は言った。


「やめるの?」


本人はその気はないのだろうが、長剣を片手にしながらセリフだった。

脅しのようにしか見えない。


ただ、そもそも言っている内容が分からなかった。


「何をですか?」

「あたしのお付きを」

「そんな予定は今のところありませんが」


勇者打倒を成功した場合であればともかく。


「でも、そう言ってなかった……?」

「どんなものであれ準備が必要です、知らないことを調べることは、そんなにもダメなことですか?」


周囲では、夢から覚めた様子の村人たちが首を振っていた。

端々の言葉を聞く限り、クエスト中の出来事を記憶していないようだ。

片っ端から記憶消去系の魔法を使わずに済んだ。


勇者は、ひどく複雑な表情をした後、ペコリと私に頭を下げた。


「ごめん……」

「んん?」

「最初に言うべきだった。君と村の人たちを、あたしのクエストで縛った。君を攻撃させた」


ひどく後悔した表情だった。


「別にいいですよ」

「君の行動すら縛った」


私は勇者に向けて攻撃したが、これをクエストによるものだと判断したらしい。


即座に私は横を向いた。


「気にしないでください」


現実にはそのクエストは速攻で拒否した。

それどころか利用して勇者をぶっ殺そうとした。

謝られると非常に居心地が悪い。


「そもそも私の方こそ――誤解させるようなことを言って、すいません」


通話機越しに、余計な情報を知らせた。

ありもしない「私の本音」を勇者に知らせた。


「……」

「――」


互いに色々とわだかまりがあった。

勇者は私に対する不満がまだあるようだし、私は勇者を倒す意思を曲げていない。


「ん」


左手が差し出された。


「手打ちってことですか」

「うん」


勇者の表情は、申し訳なさと期待のようなものが混じったものだった。


「はい」


握手をした。

勇者のそれは、案外小さい。

妙に照れくさかった。


たぶん、こうやってちゃんと互いに触れ合った経験が、あまりなかった。



 + + +



「で、だ……」


被害の出た建物を簡易的に補修し、いまだ訳のわからないことを喚くサビーナ夫妻を叩いて直し、勇者に別れを告げて魔王城へと戻った。


「どういうつもりだ?」

「なにがっすか」

「なぜ私の邪魔をした、リタ」


その部分だけは確認しなければならない。

お前、私の部下だろうに。


「魔王」

「なんだ」

「わたし、人間に戻るっす」

「……そうか」

「うん、そういうこと」


どういうことだ?

首を傾げる私に、人形の指を立てた。


「わたしは人間に戻る、いつかは無関係の離れ離れになる。なのに、部下としてわたしに命じるっすか?」

「いや、せめて私のやることの邪魔はするなよ」

「いやっす、魔王が死んだら、わたしが人間に戻れなくなるっすよ?」


リタは部下というよりも客将というかゲストの扱いだ。

その上で、望みの達成が果たせなくなる事態は困る、と言いたいらしい。


理屈は通っている。だが。


「……お前、さんざんモンスターのままでいいと言ってなかったか?」

「なに言ってるんすか、わたしは人間として生まれたんすよ、人間最高とかそういう気分っす!」

「真下に向けて言うな」

「モンスターとかだめだめっす!」


リタのつむじがよく見えた。

表情はまったくわからない。


「せめて治した腕の硬さを確かめる作業を止めてから、そういうことは言え」


手加減したとはいえ、勇者の一撃を止めたほどの硬度だった。

カヌムの奴が微妙に後悔した表情をしたことも頷けるほどの逸品だ。


リタはガシガシと拳同士を叩いて確認していた。

人間に戻りたい奴の行動ではなかった。


「でも、硬いんすよ?」

「見ればわかる」

「後は速度っすね」

「おい、勇者相手にやったあの防御、次もやるつもりか」


ちらりと上がった顔に告げる。


「やめろ、その無謀を私は望まない、二度とやるな」

「えー」

「お前は人間だ、お前自身がそう望むと言うのなら、私だってそう扱う」


リタは唇を尖らせていた。

なにが不満だ。


「魔王をかばう人間など、どこにもいない。いいな?」


絶対に止めろという意を込めて睨んだ。

リタは顔すべての表情で「断る!」と表現していた。


「お前なぁ」

「こっちが言いたいことはひとつっす」


まっすぐこちらを見ていた。

閃光魔術のように強い眼光だった。


「わたしは、あなたが死ぬことを許さない」


そう宣言された。

執着ともまた違うものだ。


それは、リタがリタ自身に課したクエストだった。

なんの効果もメリットもないが、非常に強固だ。

その腕の素材と同じくらい、きっと硬い。


「わたしの目の黒い内は、あなたを死なせない」

「……だが魔王はその性質上、たまに命の危機に踏み込みたくなるものなんだが……」

「許さないっす!」


その硬さでぽかぽかと殴られた。




 + + +




その後は平穏な1日を過ごした。

主に崩壊したり破損した家屋の修復だ。


こんがりと焦げていたラプトルは教会に放り込んだ。

今後も勇者のお付きとしてやっていくかどうかは知らない。


アルカヌムのやつは、いつものように消えていた。

あいつが、さようならの挨拶を言うのを聞いたことがない。


国勇者であるオルサにどう連絡するかは考え中だ。

余計なことをするなと言うべきか、貸し一つとして万が一のリタの避難先とするべきか。


村人の大半は青クエストに巻き込まれたことに気づかず、少しばかり寝ぼけたという扱いだった。

いろいろと齟齬は出ているようだが、概ね問題はない。

当たり前だ。


私はいまだ半分以上壊れた屋内で、椅子に腰掛けバランスを取った。

四脚を二脚にしながら体を揺らす。


下手をすればひっくり返り後頭部を強打することになるが、魔王であれば問題ない。


「――」


もう夜だった。

遠くフクロウと梢の音がする。

開いた壁から夜風が吹き抜ける。


リタと球体は緊急避難部屋で寝ていた。

この家屋と地下魔王城との間に作成したそれは、よほど注意深いものでなければ発見できない。


「色々とあったが……」


私は夜空を見上げた。


「一番厄介なのは、クエストであるとわかった……」


星まで届けとばかりに深い溜息をつく。


「私は村人を殺そうとした、そうしなければ私が死んでいたからだ」


ある程度の譲歩はするが、それは無限ではない。

昼間の判断が間違いだったとは思わない。


「実力として、私は村人全員を簡単に殺せる。私の意思によって彼らの生死が決められていたとも言える」


魔王としては実に喜ばしい状況だった。

人間という種族は魔王に傅くべきだ。


まあ、現実には勇者が邪魔をするから不可能なんだが。


「だが、今後は、それも難しい――」


ギコギコと体を揺らす。

無意識にやってしまう貧乏ゆすりだった。


「なぜなら、全ての村人がレベルアップしたからだ」


青クエストは達成された。

曲がりなりにも魔王である私を倒した、あの村勇者の要望を叶えた。


「……今や、村人の全員が、一般村勇者程度の力量を持っている……」


莫大な量の報酬が支払われ、百年鍛え続けても到達できないレベルに至らせた。

規格外の勇者が一人いる村から、軍が攻め込んでも返り討ちにできる者たちがゴロゴロいる村となった。


「ふたたびモンスターの氾濫を起こしたとしても、対処されることだろう」


都市部を壊滅させるものが、今や野良犬が村に紛れ込んだ程度の危険度となった。


「つまるところ――」


相対的に魔王の肩身が狭くなった。

こっそり隠れ潜んでいた強者ではなく、隠れ潜むだけの奴となりつつある。


村人が強くなった、とは言っても未だにこちらのほうが強い。

一対一では勝てる、ニ対一でも楽勝だ。

だが、十対一となれば怪しくなる。


同じくレベルアップしたであろうラプトルが向こうに付けば、相当の準備と策がいる。


「どうしよ」


私の嘆き混じりの問いかけに、答えはなかった。

空に散りばめられた星々のように、当たり前の事実としてそれがあった。


そう、つまり――

村勇者を倒す難易度は、今まで以上に上がったのだ。


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村勇者が倒せない 〜惑星規模で強すぎる〜 そろまうれ @soromaure

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