第26話 青い試練の決着

勇者は強い。

つけいる隙などまるでない。

攻撃防御速度、何もかもが敵わない。

規格外すぎて歯が立たない。


ならば、どうする?

どうやって勝つ?

どのように知恵を振り絞れば、勝利が叶う?


空へと跳躍したパジャマ姿の勇者は剣を手にしたまま周囲を見渡す。

焼き滅ぼしたダンジョンの残骸、モンスターの焼失する様子、私へと村人が殺到している様子を見たはずだ。


寝起き直後のデバフがかかった状態で、それを認識する。


「ん」


そして、勇者は私に対して不満がある。

青クエストはそれを示していた。


現在の私はマントに杖の魔王スタイルだ。

普段であればもう少し慎重な判断をしただろうが、今ならばとりあえず、剣で気絶させる打撃でも与えようとするはずだ。


クエストは、依頼者をも縛る。クエスト達成に向かうよう誘導される。


「――」


私は2種の魔術の準備した。

右手には火炎呪、より爆発範囲を広げたものだった。


左手には、呪そのもの。

あの人形が運んできたものを更に改良した。地域一体を汚染し尽くす呪詛だ。


勇者が焦ったように宙を蹴る。

私に行動させてはならないと判断し、加速した。


短絡的な考えによる、力任せの解決の行動。剣を振る動作。


それは――何よりも私が望んだものだった。


「え」


そんな勇者の声を、確かに私は聞いた。


私自身の右腕を犠牲にしながら、掴んだままの火炎呪を地面に向けて爆発させた。

それは、私の体を動かした――勇者の方へと僅かに、だが、反応もできないほどの速度で飛ぶ、否、吹き飛ばされる。


見開いた勇者の目が近づいた。


凄まじく強い。規格外すぎて敵わない、つけ入る弱点などまるでない。


だが、欠点がないわけではない。

一つは、その不器用さだ。

豆の取り分けすら上手くできない。


立ち尽くした相手を気絶させることはできるが、予想外の動きをした相手への手加減が上手くできない。


それこそ、ボスを倒すついでにダンジョン上部を破壊するほどだ。


私が動いた分だけ、剣は深く切り込む。私に対する致命傷となる。

それは、間違いなく混乱と隙を生じさせるはずだ。その程度の関係性は勇者と私の間にあったと信じる。


そのタイミングで、呪を打ち込む――「外へと漏らせば村人全員が死ぬことになる強力な呪い」を。

防御力は関係ない、魔力値は抵抗力となるが、それも「自らが望んで受け入れる形」であれば限界が来る。

村人を殺し切るほどの怨念を勇者は外部へ排出できず、受け入れるしかない。


これくらいしかなかった。

この程度のアイディアしか浮かばなかった。


こんな「勇者の協力を以て勇者を倒す」方法しか考えつかなかった。

私の攻撃を、勇者自身に受け入れさせる。


勇者が何かを叫んでいた。

内容まではわからない、避けろ等を意味する言葉だとは思うが、音が届く頃には全てが終わっている。


「□□□――」


だから私が発した村勇者の名も、私だけが聞く。

手にした呪詛だけが名前を知る。呪うべき対象を明確に定める。


クエストの縛りを使い、勇者の不器用さと人の良さを利用し、私たちの関係ですら活用した。

それでも、勝率は極小だ。


――私の生存率は10%以下。


高速で迫る剣を見ながら判断する。

そこまで踏み込まなければ、勇者の油断は誘えない。

私自身のコア近くまで斬り込ませる。


――この呪が勇者に当たる確率も、10%以下。


左手の黒色の怨念。

避けられれば終わりだが、当たっても下手をすれば表面で弾かれる。


――その上で、この攻撃が絶命に至る可能性となれば1%もあればいい。


たかが呪いだ、どれほど高い効果を発揮しても程度が知れている。

名を告げることによる呪詛の着接効果も絶対ではない。

私自身の怨念を上乗せできればよかったが、残念ながらそんなものは微塵もない。


つまるところ、成功の目は限りなく低い。


――だが、こんな機会は、二度とない……!


通常はゼロでしかないものが、僅かにでもある。

賭けるには十分すぎた。


勇者が、ひどく歪んだ表情で剣を振り下ろす。

自ら発したクエストに抵抗し、だが、止めきれないという叫びがある。


スローモーションのように全ては遅い。

果たして、勇者が望んだ冒険と戦いとは、このような形だったのかという疑問が脳裏をかすめる。


こびりつき、消すことができない。

些事として扱えない。


私は、間違った方法で勝とうとしてはいないか?

例えこれしか方法なかったとしても、勇者と魔王の決着がこれで良いのか?


だが、剣と呪が、触れることなく交差し互いに致命傷を――



与えなかった。


「は?」

「へ?」


勇者の剣は直前で止まった、細く、だが硬い腕が遮った。


「バカカバッカ! 本当に、本当にっ!」


リタだった。


「させないんよ」


私の呪は勇者へと到達しなかった。

開いた別空間へと吸い込まれた。

アルカヌムが作成したものだった。


勇者の攻撃はリタの腕というブレーキによりギリギリで停止し、私の攻撃も消え失せた。

私と勇者の衝突に、二人が割り込んだ格好だ。


それでも剣の衝撃波は私を吹き飛ばす。

リタやカヌムに影響がないのはそれだけ範囲を絞ろうとした結果か。


ただ私は墜落した。

地面に背中を強打し、肺中の空気を強制的に吐き出されながらも、疑問は止まらない。


どうして、何故、こんなタイミングで?

あまりに最適すぎる、カヌムがいるのも意味不明だ。


「やってって!」

「あ」


疑問は、片腕を破壊されたリタが持つものが教えた。

アルカヌムに支えられるようにしながら叫んでいる。


通信機器だった。

予備用のものだ。

以前にアルカヌムが持って行った予備は私のものだ。

別の、勇者用の予備が魔王城にはあった。


それは国勇者のオルサに連絡を取ることを可能にした。

距離を無視するカヌムの助力を得ることも。


リタの合図に合わせて映像機械が投射し、紙吹雪のように写真が舞った。

それは――紛れもなく魔王を倒す一撃だった。

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