第25話 青い試練と魔王城

槍を構えたラプトルは、丘上でのパフォーマンスを思わせた。

だが、あの時にはなかった不退転の意思がある。


「シクスさんはメシを三回も奢ってくれた。マリウスさんは保存食用に塩を分けてくれた。アンモさんなんて飴玉をくれたんだぞ、それをテメエ……!」

「飯しかないが?」

「食えねえ苦しさを知らねえやつがでけえ口叩くんじゃねえよ!!!」


魔力がある限り食物の生成できるため、たしかに知らない。


「ふむ――」


村人がクエストにより操られていることをわかっているのか、あるいは、彼らの有り様に疑問はないのかなどと聞きたいが、なによりも――


「ラプトル、私に勝つつもりか?」


それだけを訊いた。


酒場店主と武器屋の主人の二人、火呪の着弾により転げたハンマー持ちが、再び立ち上がろうとしていた。

あまり時間はかけられない。


危険度としては、ラプトルよりもあちらの方が上だ。


「あったり前だろ、センパイ様よぉ……!」

「ん?」

「オレぁ、勝つためなら――いや違うな、恩を返すためなら、なんでもするぜ……!」


思い出した光景があった。

あの勇者が、縮こまるラプトルをツンツンとつついていた場面だった。


あれはただ、ラプトルが力量差に怯えていただけだと考えていた。

だが、そうでなかったとすれば?

もっと別の理由があったとすれば?


「オレは、今から、テメエと同格だ!」


同格。

魔王として。


いや、違う。

勇者のお付きとしてだ。


それは、勇者から接触し、ステータス画面を共有し、受託を選ぶことで達成される。


「……!」


そう、勇者が薬局を訪れた際、勇者から接触していた。

この接触提案からの受諾まで、時間制限があるかどうかを、私は知らない。


勇者が新たなお付きとしてラプトルを選んでいたかどうかもまた、私は知らない。

雷獣をペットにしたがる程度には、勇者の趣味は悪い。


ラプトルは空中の何かを握り込む動作をした。

長く浮き続けた選択を実行した。


火山が噴火した。

否、眼の前の山賊の、あらゆるステータスの底上げが成された。


「ハハハ、クハハハ、なんだ、こりゃ、すげえ!」


私の方を向く。

その腕が霞んだ、振りかぶっている。


盾でどうにかその槍を受け止めた。

ほぼ見えない移動速度と、それ以上に見えない槍のスピードだった。


「ずるいぞ、こんな力よぉ!」

「そうか」


明らかにハイになっていた。

距離を取り、溢れ出る力に全身で歓喜する。


私としては中ボスが三体になったという認識だ。

酒屋主人や武器屋と同格だ。


「お」


そして、それだけではなかった。

山賊ではなくお付きとなったことで、それが現れた。


「なんだ、こりゃ」

「開けるな!」


青クエストだった。

モンスターや山賊や魔王には現れず、お付きに対しては現れる。

紫電を纏うその巻物を、槍でつついた。


簡単に広がり、認識し、巻物が弾ける。

禍々しい色合いがラプトルへと吸い込まれる。


「――」


表情が失われた。

村人のそれと同じだ。


「馬鹿が……!」


ただ全力で私を倒すために、すべては用いられる。

一般村人ですら、私に迫るほどの強化がされた。


「――」


僅かに、ラプトルの肩が動いた。


魔力塊クラーヴァッ!」


反射的に杖先に魔力を凝縮させて振った。

ほぼ直感による行動だったが、限界まで凝縮させた魔力は簡単に弾けた。

ざっくりと右腕が抉られる。


穿たれた空気が向こうの山脈まで到達し、着弾を鳴らした。


ラプトルが、無表情のまま投擲していた。

唯一の武器を手放したそれは、何事もなかったかのように言葉を続ける。


迷宮創造ダンジョン・クリエイト――」


ラプトルを中心に、迷宮が生えようとする。

見慣れた土壁が、陰鬱な気配が、空間を塗りつぶす気配を蠢かさせる。


「お前の方こそ、ふざけるな!」


再度生成した魔力塊を叩きつけ、ラプトルを弾き飛ばした。

教会付近、村の中心へと。


地面に倒されたラプトルは、手にしたダンジョンコアを守っていた。

ぐぅ、っと迷宮が生物的に膨れ上がり、今にも爆発しようとする。


「同じお付きとしては認めないこともない、お前に倒されてやってもいい。だが! 神とやらの木偶に倒されるつもりは一切ない!」


私は自宅へと一足飛びに行く。

外に設置されたテーブル、そこに描かれた魔法地図をぐるりと指で囲む。

結界範囲の変更だ。


ラプトルが、吠えた。

空へと向けた咆哮に呼応するかのように、迷宮が無尽蔵に生成された。


それは、もはや攻撃だった。

結界にて遮られ外へは行かない。

密閉された圧力は、ただ一つ開いた方角へ――私のいる現在地点へと向けて殺到する。


結界は、教会とここを囲むように描いた。

住人の大半は先程まで私がいた地点にいる。巻き込まれはしない、そのはずだ。仮にいたら運が悪かったと諦めてくれ。


結界に誘導された壁の群れが、雪崩となって襲い来る。


「舐めるな」


指を鳴らした。


「ここは、私の城だ」


背後の自宅が壊れた。

大量に湧き出したモンスターによって。


噴水か、さもなければ爆発でもしたかのように現れ出る。

私が圧縮したダンジョンからそれらは押し出された。


ゴブリンが、巨大ワームが、ガルーダが、動く鎧が、マンティコアが、ヘカトンケイルが、ドラゴンが、ミミックが、巨大な目玉が、剣を手にした影が、巨人が、半魚人が、触手の群れが、脳みそが、麒麟が、あるいは私ですら知らないそれらが噴出する。


「たかが山賊が作り出したダンジョンなど、私の敵ではない!」


跳び上がりながら叫ぶ。


瞬時の間もなく、石の津波と魔物のラッシュが激突した。

鉱物の破片と、魔物の肉片が同等に飛び散る。


私が作成したモンスターは、もっとも強い相手へと向かう。

直感的に、彼らは把握していた、どの方向に「最強」がいるのかを。


その自殺めいた突進は、ダンジョンを作り出される端から破壊を続けた。


教会と薬局の中間で押し合いを続ける。

結界外では村人たちがゾンビのように透明壁を叩く。


「いい加減にしろ」


その様子を、骨組みだけの薬局屋根残骸に着地しながら睨む。


過大魔力供給により杖を砕き、触媒とする。

両手で同一魔法陣を描き、準備を整える。


村人もラプトルも邪魔をしない時間こそが、何よりも必要だった。


「いつまで寝ぼけているつもりだ! 勇者!」


火炎陣を重ね、大きく展開させる。

極限まで広がったそれはすぐさま収縮し、一点にて凝縮した白い発熱体となった。


魔炎呪マギカ・フランマ!」


薬局の残骸、前方のモンスター、その先の迷宮群。

そのすべてを炎の極点が焼き払った。

高速で飛翔し、飛び退くラプトルの横を通り過ぎ、教会へと――勇者の自室へ直撃しようとする。

すべてが岩漿マグマとして円筒形状に貫かれた先に、増築した木造建築が一瞬だけ見えた。


見えただけだった。

到達しなかった。


部屋へと触れる直前に、斬られた。

同時に、私が作成した結界が壊されたのを把握した。


バラバラのガラス状に壊されたその遥か上に、パジャマ姿の勇者が剣を振り切った格好で跳躍していた。


「ハッ――」


ボサボサの髪の毛、何の変哲もない長剣、惑星上の全てに届くその攻撃範囲。

私が知る限りの最強。

規格外の青クエストをばらまいた元凶。

どれだけ知恵を凝らしても届かない。


ここだ、と思う。

もうここしかない。

二度と訪れることはない。


私が勇者に勝てるタイミングは、ここだけだ。



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