第20話 謝罪と絵本

「なにしている?」

「教えてるんよ」

「うほっほお」


店を開けようとするとアルカヌムがいた。

私を散々切り刻み、勇者にビビって逃げ出したやつが、リタに何かを教えていた。


店内客用の椅子に座り、テーブルにいくつもの鉱石を並べた。

それに触れながらリタは身悶えしていた。

どうやら魔術的な感覚のフィードバックのようだ。


「色々と言いたいことはあるんだが」

「なんよ」


私のことを恨んでいた風だったし、実際に戦闘も行った。

にもかかわらずここにいるのは。


「……国勇者って、実は暇なのか?」

「そんなわけない、予定すっぽかしたんよ」

「それでやってることがリタへの勉強か?」

「三回くらいもう教えてくれたっす」

「なー?」

「うっす」

「やっぱり暇だよな、国勇者」


教えていることは、どうやら素材変化、あるいは硬化に関するもののようだ。

実物を味あわせることで、それへの変化を促している。

人形として硬質化している腕が、より硬いものへと変わった。


「リタ、学ぶこと自体に問題はないが、お前はそれでいいのか?」

「なにがっすか?」

「モンスターとしての体の習熟は、それだけ人間から離れることを意味する」

「そっすね」

「クエスト絡みのため解呪には苦労している。人間に戻れることの保証は確かにないんだが、意思確認は取りたい、本当にいいのか?」

「もちっす」

「……魔王の私が言うことじゃないが、さすがに人間への未練がなさすぎだ」

「それはサビーナさんのところ一週間暮らしてから言って欲しいっす」

「詳しく知っているわけじゃないが、絶対にそれ特殊例だからな!? 一般人間家庭に起きることじゃないんだ!」

「その可能性が少しでもある、ってだけで十分っす……」


トラウマになっていた。


「なあ魔王」

「何だよカヌム」

「知らないんか?」

「何を?」

「この子、すっごい頭いいんよ」

「十分すぎるほど痛感している……」

「だから判断に口を出すんは――痛感……?」

「わたし、主種棋(しゅしゅき)で魔王に二十連勝中っす」


ゴスロリ姿が無表情でピースサインをした。


「は?」


カヌムは目を丸くして呆気に取られた。

口に手を当て、ゆっくりと私を指さした。

リタは自慢げに頷いた。


「はああ? なに? 知は力とか言っておきながら子供に連戦連敗? 二十、って二十!? うっわ、カッコ悪いんよ、カッコ悪すぎなんよ!? 愚かの極み? 魔王オブザ愚か? 愚かオブ・ザ・イヤー? 手加減したんよね? うっわぁ、その顔、マジやん、マジ負けやん。馬鹿だ馬鹿、馬鹿がここにいるぅぅぅぅううう!!!!!」

「わかった、その喧嘩、買ってやる」


主種棋(しゅしゅき)を用意した。

店を開けている暇などない。


「現状の知の力関係を教えてやる」

「はっはぁ! 捻り潰してやるんよ」


白熱した頭脳戦が始まった。


有利に進めていた私の盤面を、リタのアドバイスがひっくり返した。

カヌムが得意絶頂になっているところを、リタのアドバイスが更にひっくり返した。


「……わかったか」

「うん」


もはや勝敗でなく、いかにアドバイスを許さない最適解を指すかに移行した。

これ以上は我々の沽券に関わる。


完全に無駄なあがきだった。


「次の一手で勝敗が決まるっすね」

「嘘やん……」

「その手、まるで見えないんだが……」


融合、攻撃、防御、どれを選んでも先行きが不明だとしか思えない。

そんな混沌とした盤面だ。


リタは済まし顔で軽く目を閉じた。


「魔王、新しい服とか作る気ないっすか?」

「む」

「スポーティで飾り気がないのがいっすね」

「な、なあなあリタ? その体の素体構成用の、もっといい素材があるんよ?」

「気になるっす」


買収合戦となりそうだった。だが――


「今、お姫様以上にお姫様らしくをコンセプトにした衣服を作成中なんだが、それは代わりにならないか?」


人形制作者のイドラが提案してきたものだった。


「かなりふわっふわでモコモコな様子だった。きっと似合うと思う」


専用素材を提供したから、防御面でも問題ない。

更にお姫様の度合いを上げた姿となることだろう。


なぜかリタが無表情になった。

そのまま、盤面を指差す。


「カヌム、右端の兵を一歩前に」

「やってやんよ」

「なぜ!?」


私は負けた。



 + + +



カヌムはその後、嬉しそうとも悔しそうともつかない微妙な顔で転移して去った。

物言いたげだったが、結局なにも口にしなかった。


私はただ燃え尽きた。

あんな盤面への移行は想像もできなかった。


リタは、硬質化させた拳同士をガシンガシンとぶつけて確かめた。

力こそあまりないが、硬さだけで言えばそこらのゴーレムを簡単に砕ける。


「良っすね」

「……鉱物は、ときに割れやすい方向や部分がある、その辺りには注意が必要だ……」

「わかったっす!」


このままリタが自己改造を続けたら、とんでもないことになるのではないかという恐れが少し出た。

完全にモンスター道をひた走っている。


特殊鉱石を分け与えたカヌムも、ちょっとだけ「やっちまったな!」みたいな顔をしていた。


「しかし結局カヌムの奴、何をしに来たんだ?」


本当にリタに教えに来ただけなのか。

そこまで関係性も、理由もあるとは思えないが。


「ニブニブ魔王に教えるとっすね」

「余計な接頭語をつけるな」

「仲直りと確認っすね」

「ん?」


意味がよくわからなかった。


「ごめん、って言う代わりにわたしにものを教えて、魔王の言葉が嘘じゃないってのをこっそり確認したがってたみたいっす」

「私の言葉……?」

「何か言ってなかったっすか?」

「あー」


たしかに「カヌムは友人である」とは言った。

こっそりと、その確認をするための行動?


「……回りくど過ぎないか?」


直接尋ねればいいだけだ。


「誰も彼も魔王みたいにデリカシーを焼却処分してるわけじゃないっす」

「失敬な」

「デリカシーの意味は?」

「無駄を言い換えたものだ」


なぜかリタは天を仰いだ。


「魔王、そのうち誰かに刺されるっす……」

「不意打ちや暗殺の警戒は確かに必要だな」

「……魔王、こんど絵本の読み聞かせするっすね?」

「なぜ?」

「人の気持ちを理解しないのはダメダメっす。第一歩からはじめるべきっす」

「私はちゃんと理解できている」


なぜかリタの視線が、木の棒を振って「私って魔法使いー!」と騒ぐ奴を見るような目になった。


「おい、自覚のない残念な存在みたいな扱いをするな」

「……わたし、絵本を読む」


質問ではなく決定事項だった。

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