第18話 次元魔術師との決着
ダンジョンコアは壊された。
微振動が全体を揺らした。
崩落の前兆だ。
私から杖5本分ほどの距離に人がいた。
カヌムが直前で、どうにか転移していた。
両手を地面につけて、目を限界まで見開く。
その口は末期のように呼吸を繰り返し、震えながら冷や汗を量産する。
常にニヤニヤと笑い、余裕を崩さないことを信条にした奴だが、一切の取り繕いがもはや不可能だった。
それでも、生きているだけで大金星だ。
「ねえ……?」
降り立った勇者から、文句のある目で見られた。
きっと直前の、私の警告の言葉についてだ。
「一応、知り合いなんですよ、いきなり殺すのは待ってください」
「それ、ろくな知り合いじゃないよ?」
「認めます」
なにせほぼ全身くまなく斬られた。
大きいものは腕だが、それ以外も酷い様子だ。
「それでも、譲れないものがあります」
「――」
降り立った勇者を、少し離れたカヌムが見上げた。
その目には、理解できないバケモノを見る色があった。
この勇者を見るものとしては、よくあるものだ、だが――
「アルカヌム」
「な、なにを……」
ダンジョンは、崩れようとしている。
このまま何もせずに待っていれば、元いた場所へと帰還する。
……帰還するよな?
次元の間に放り出されたりとかしないよな?
その辺りのセーフティはきちんと行われるはずだ、たぶん。
「もう戦えないか?」
「ふざ――」
よろよろと体を起こし、カヌムは勇者を指さした。
指どころか全身がぶるぶると震えていた。
「そ、それは、なんだ、なんなんだ、ズルか? 幻術か? ありえないんよ、それは、勇者なんかじゃ――」
「おい」
近づき、杖を手にする。
本来であれば必要ないが、全力を出す際は、わずかな底上げでも欲しい。
「怖がるのはいい。理解できないと喚くのもいい。だが、その言葉はダメだ」
「なにを」
「勇者ではない、などと言うな。お前だってお付きだろうが」
「――」
「勇者にもっとも近しいものが、勇者を否定するな」
そればかりは許せない。
「ふざ、けるな、お前なんかが――」
「まだ戦えるか?」
「なに……?」
「戦いの続きだ、一対一でやろう」
「はあ?」
「ねえ」
後ろを向けば不満そうな顔があった。
「勇者は手出しをしないでください。これは、私がつけるべき因縁であり決着です」
「や」
「……わがまま言わないでくれません?」
「その人、誰」
なんと言えばいいのかわからない。
端的な説明は非常に難しい。
パン屋としては常連であり、魔王としては敵対者であり、王都に住むものとしてはお隣さんだった。
最終的には私が敗北したわけだが、関係そのものは決して悪くなかった。少なくとも、私はそう判断している。
勇者が喋りだした途端、彫像のように固まったカヌムのことを、一体どう表現すればいいのか。
「友人です」
結局、そう言うことにした。
「あちらがどう思っているかは知りませんが、私はそう捉えている」
「ふぅん?」
なんだその含みのある返事。
唇とか尖らせないで欲しい。
「ま、いいけどね」
そのまま後ろに下がる。
これ以上は干渉しないという意思表示だった。
提案を受け入れてくれたことは喜ばしい。
だが、私の行動すべてが勇者の許可制になっているように思えるのは何故なのだろう。
「それで、どうする?」
ワータイガーを前にした子猫のように、全身で警戒するカヌムに近づく。
「このまま待っていればダンジョンは崩れる、私達は外へと放り出される。それまで待つつもりか?」
「……おまえは――」
ブリキのように鈍く、こちらに向き直る。
「友人だと、今更……」
「かもしれないな」
そこには錆びた害意があった。
古く変質し、元の形も分からなくなった感情だ。
私を睨みつけたまま、軋んだ歯車のような声を出す。
「おまえを、ぜったい、許せない」
「そうか」
「死にたがりが……」
「今も昔も、そんなつもりはない」
「……勝てるつもりか?」
「ん?」
「このアルカヌムに。国勇者のパーティメンバーの一人に、お前程度が敵うつもりでいるのか!」
「ああ」
断言してやる。
「条件は整った。カヌム、お前はもう私に勝てない」
私は入念な準備こそが力となるタイプだ。
手持ちのカードが増えれば、できることが増える。
一瞬だけ驚いたカヌムは、すぐに嘲りを浮かべた。
「勇者にオンブにダッコでか? それは、てめえの実力じゃねえんだよ! 少しはその有り様を恥じろボケがぁあ!!!!!」
次元斬を飛ばしながら、同時に転移をしようとした。
勇者への警戒だ。少しでも遠く、その視線から外れるための選択をした。
「――は?」
できない。
私がそれを許さない。
次元刃こそ出たが、明後日の方向へ向かった。
転移はそもそも発動しなかった。
「なんで――」
私は溢れる血を杖へとまとわりつかせ、指し示した。
「炎よ(フランマ)!」
煙状に膨れた血に着火し、爆炎として殺到させる。
「く――!?」
次元刃で対処しようとするが難しい。
線の攻撃では、膨れ上がる面攻撃に対処できない。
転移による仕切り直しか、面攻撃に負けないほどに数を増した次元斬ができればいいが、その転移は今はできず、数を増やした次元斬には準備が要る。
多数の輝点を作成してからでなければ、その魔術は発動しない。
「何をしやがったてめえ!」
いくらか焦げたカヌムが吠えた。
「言うわけがない」
「おー」
感心している勇者は、おそらく気づいている。
私は壁を跳躍し、高速移動を繰り返しながら炎を発動させ続ける。
カヌムは生来の身のこなしで避けつつも、混乱を露わにした。
「術キャンセル――違う。空間系に投射がない。だが、違和感が。なんだ、これ――!」
単発的な反撃もしているが、それも上手くいかなかった。
攻撃の行く先に、私を捉えることができない。
「すべての勇者は、担当地域における最強だ」
「――」
「だがそれは、負けることがない、ということを意味しない」
一対一で勝てなければ、別の方法で勝てばいい。
私自身の戦力ではなく、構築したもので勝利する。
「なにを――」
「そもそも」
血煙を更に盛大に吹き上げさせる。
その分だけ血が減る、文字通り血の気が引くのを自覚しながらも、その煙を燃料にした火炎呪を起動する。
「アルカヌム、お前程度を倒せないようでは、この先、私は勇者のお付きなど名乗れない」
一対一で倒して、ようやくスタートラインに立てるかどうか。
その程度には遠い。
「! そういうことかよッ!」
カヌムは、ようやく事態に気づいたようだ。
空間そのものを染め上げる爆炎。
対処のしようがない攻撃。
だがカヌムは、炎が通り過ぎた「その直後の空間」へと転移した。
大気は不安定だが、他と比べればまだマシだ。
カヌムは忌々しげに周囲を見渡し、忌々しげに吠えた。
「てめえ……! ダンジョンを作りやがったな!!!!」
「その通り」
崩壊する無限ダンジョン。
それを上書きする形で「新しいダンジョンの作成」をした。
自然に作成された洞窟を流用してダンジョンを作るように、崩壊途中のダンジョンを基に作り出した。
今やこの空間すべては私のものだ。
ダンジョンコアというコンソールがあれば、ダンジョンに対してあらゆることが可能となる。
知覚し、転移しようとする先の変化のために、カヌムの転移は失敗した。
「この――馬鹿かお前はッ!」
「このくらいのことをしなければ、カヌム、お前に勝つなどとは言えない」
「だからって、ここまで――」
「だが、有効だ。だったら、実行すべきだ」
新しいダンジョン作成だけではなかった。
私はそこに要素を付け加えた。
未だにこのダンジョンは、微振動を続けている。動いているからだった。
ゆっくりと、だが確実に、このダンジョンは回転を続けている。
なんのために?
無論、空間を動かすために。
魔素というエネルギーさえあれば、魔王はダンジョンに対してあらゆることが可能となる。
異次元に浮かぶ巨大ダンジョンは、今や世界規模のメリーゴーランドだ。
私が手に持つダンジョンコアを中心に回転を続ける。
空間を裂く次元斬、対象の把握を必須とする転移への対策として、私は世界そのものを動かした。
「次元魔術はその前提として、安定した空間がいる」
ダンジョンコアは私が持っている。
回転軸の中心は、常に動き続ける。
「カヌム、お前が頼り切っている対象を、私は動かした」
「っけんなぁッ!」
怒り心頭からの次元斬。
感情任せのそれは、まっすぐ迫る。
それこそ、待ち望んでいたものだった。
不可視の刃の、わかりやすい攻撃を。
燃え盛る炎の残滓を切り裂き行く、その必殺を。
「――は……?」
近距離から放たれたその次元斬は、私の手のひらのダンジョンコアを割った。
新たに作り出したダンジョンが、叩き壊された。
ついでに私の腕も縦に割れた。
縦横に裂かれた部分がぽとりと落ちるが、魔力で無理やりコアの保持を続ける。
「なあ、これこそが、私達にふさわしい末路じゃないか?」
唖然とするカヌムを逆の手で掴み、悲鳴のような声を上げるコアを見せつける。
ダンジョンコアの破壊は、周囲に極大火炎魔法相当の威力撒き散らす。
カヌムも私も、もう逃げようがない。
「ハハハっ!」
笑う私のすぐ横で、それが弾けた。
+ + +
「なにしてるんですか?」
球体に呆れたようにそう言われた。
魔王城内の、最近つくられた治療室でのことだった。
「たしかに魔王様は頑丈で、薬屋を経営するだけあって各種医療用賦活剤の用意も十分です、ですが、だからと言ってそう小枝でも折るみたいに骨を砕いたり、ケーキを切るような気軽さで体を切断していい理由にはならないんですよ?」
「不可抗力だ」
「本当に? 本当にそうですか?」
「……全力を出した結果だ」
「この球体から目を逸らしながら言う理由は?」
ナンデナンデというように動き回る動作がウザいからだ、とは言わないで置いた。
「それで――」
飽きたのか、やがて球体はぽつりと問いかけた。
「結局、相打ちということですか?」
「いいや、違うな」
あの場面、私はダンジョンコアを持ち、カヌムを掴まえていた。
転移はできず、次元斬による切り離しも間に合わないタイミングだった。
「勇者の一人勝ちだ」
私にもカヌムにも、できることが何も無い。
行動できる時間的余裕は一切なかった。
勇者以外は。
彼女だけが最速で動き、剣を振った。
私が握り込んでいたダンジョンコアを剣の腹で弾き、遠くへと飛ばした。
弾けた爆発エネルギーが届かないほど、遠い地点まで。
その代償として私の手がさらにひどいことになったが、きっと些事だ。
二重に作られたダンジョンは消滅し、三人ともが放り出された。
急展開すぎて、さすがに私も事態の把握に時間が必要だった。
ダンジョン入口があった箇所に行こうとするリタと、それを止めている球体の様子のこともよく分からなかった。
その後、勇者から簡易的治療を受けながらも「なにしてんの?」となじられた。
罰として、教会でお祈りするよう命じられた。
理不尽だ。
「私としてはまあ、ギリギリ生き残れる目算だった」
極大火炎魔法の破壊力。
最上級レベルの魔術。
逆をいえばその程度の威力だ。
「カヌムのことも殺し切れるほどのものにはならなかったと思われる」
仮にも国勇者のパーティメンバーだ、至近距離で食らった程度では倒しきれない。
まあ、次元魔術師と村勇者のお付きの戦いである以上、痛み分けでも上等だ。
「……実はこれ以上にひどい有り様になる予定だったので?」
「お前の技術を信頼している」
「魔王様? 勇者と違い、あなた様は復活しないということをお忘れですか?」
魔王と勇者の、最大の違いだ。
勇者は倒したところで教会で復活するが、魔王は死ねばそれまでだ。
魔王を無条件で救ってくれる神(システム)はいない。
「都合よく覚醒して第二形態になるかもしれない」
「村魔王がなに寝言を言ってるんですか」
「夢を見ているだけだ」
「現実に目を向けていないと表現すべきです」
「意見の相違だ」
「現状認識の違いです」
球体は文句を続けたが聞き流した。
あの後、カヌムはいなくなった。
次元魔法の使い手は、神出鬼没だ。いつまでも危険地帯には居続けることはできないと判断したのだろう。
つかんだままだった私の手を振りほどき、睨み、姿を消した。
なにもない空間に、「ばか」と罵る声が僅かに残った。
「知恵ある魔王を自認する私に対し、ひどいとは思わないか?」
「ご安心ください魔王様、あなたは間違いなくアホです」
やたら実感のこもった断言をされた。
お見舞いに来たリタには、傷のない部分をゲシゲシと蹴られた。
「何をする」
「……」
「痛くはないが、こちらはまだ身動きが取れない」
不満と不平を溜め込んだ表情のままそれを繰り返した。
「意図を言え、意図を」
「……」
「言語化というのは大切なんだぞ?」
「ばか」
「なぜ皆、私のことをそう表現するのか」
「ばかばか魔王、かばかっば」
まったく意味がわからない。
リタの眼の前で攫われて、しばらく後に傷だらけの血まみれの半死半生の姿で現れただけじゃないか。
こんなのは、よくあることだ。
ひときわ強く蹴られた。
リタの口元は、何か我慢するように強く引き結ばれていた。
誰も彼も私に厳しい。
ここは魔王に優しくない職場だ。
これは魔王であれば、きっと誰もが同意する意見だと思われる。
+ + +
静かになった治療室で、私は目を閉じ、一人考える。
勇者の戦力についてだ。
国勇者以上の力はあると考えていたが、それどころではなかった。
その攻撃は、この惑星上のどこにいても届く。
4カ国分のダンジョン構造を破壊し、衝撃は到達した。
距離だけが問題じゃない、一般勇者パーティに壁破壊ではなく迷路行きを選ばせるほど強固な構造物に対して行った事実が重要だ。
この惑星そのものを切り刻み、破壊することすら、きっと可能だ。
「惑星勇者以上、銀河勇者以下か?」
もはや宇宙規模の強さだった。
どうして村勇者なんてやっているんだ。
「だが――」
負けるつもりは一切ない。
責任がある。
その力を存分に使い、やがては巨悪を倒す冒険、それを約束した。
この村に自ら封印された彼女を抜け出させるため、そうした。
冒険について述べた。
私が知っていた物語を、勇者が戦い、成長し、やがては魔王を打ち倒す話を。
きっと、それは心踊るものだから、やってみるべきだと言った。
「私は、魔王だからな」
私は勇者の前に、最大の脅威として立ち塞がらなければならない。
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