第15話 次元魔術師の誘拐
「ダメだな、これは」
「そうなんすか?」
ロギウム村から見て南東方向、草原の一角に作成したそのダンジョンに対し、私はそのように結論付けた。
「ああ、欠陥ダンジョンだ、これは」
私自身、よく作成できたものだと思う。
通常、こうしたものは制限される。
私の前には地下ダンジョン入口があった。
暗く、先を見通せず、どこまでも深い。
「そういうのには、見えないっす」
「近づくな」
「わっ」
興味深そうに顔を寄せたゴシックロリータ姿を抱え上げて遠ざけた。
「何がダメなんっすか?」
「入ったら、二度と出られなくなる」
「え」
「自動構築型のダンジョンなんでしょうけど、やりすぎましたね、魔王様」
「球体のくせに癪な言い草だが、まったくもってその通りだ」
勇者の言っていたこと――今までのダンジョンよりもお使いクエストの方が楽しいという言葉を受け、可能な限り広く、複雑で、難易度の高い迷路を作成した。
自動的にどこまでも広がり続けるダンジョンだ。
行く先は見えず、横はもちろん上下にも迷宮は拡大を続ける。
「仮にあの勇者が壁を破壊したとしても修復される、壊されたその先にも迷宮がある、そのような広大無辺だ」
異空間内にて、無限に拡大を続けるダンジョンだった。
入口から入った途端、ダンジョン中央付近へと転送される。
「この構築自体には成功した、成功はしたんだが……」
「これ、踏破できる者はいないでしょうね」
「……結局、ただの致死性トラップでしかなくなった」
ダンジョンコアですら、果てへ果てへと遠ざかる。
走って行ったところで追いつけない。
一度足を踏み入れたら、二度と出ることは叶わない。
「現段階で、一国の広さを越えた」
「魔素消費、とんでもないことになりませんか?」
「……消去しなければならないな、これは」
今ならばまだ平気だが、このダンジョンは拡大を続ける。
2次元的な横の広がりだけではなく、上下の3次元的にも迷路は増える。
その分だけ構築の魔素量も増大する。
構造が変化を続けるという関係上、脱出アイテムの類も効果が無い。
「次元系の魔法を使えれば、脱出そのものは叶うのだろうが……」
私も勇者も使えない。
破壊も移動も、この悪質なダンジョンからの「脱出」には繋がらない。
「魔王は、勇者に勝たなければならない」
その方法は問われない。
このダンジョンに勇者を入れて「倒す」ことはできる。だが――
「しかしながら、これによって得られるものは、何も無い」
こんなものは「勝利」ではない。
餓死による自然死は勝ちではない、仮にシステムが認めたとしても私が認めない。
「やり直しだな」
丹精込めた作ったものを、私自身の手で破壊しなければならない。
憤懣やる方ないが、放置するわけにもいかなかった。
「もったいないっすね」
「言うな」
ため息をついたタイミングで、ぐい、っと首をロックされた。
細い腕で絞められていると気付いたのは、更にもう少ししてからだった。
そのまま――
「魔王!?」
「え――」
声が背後からしていた。
違う、遠ざかっていた。
「ヒヒ、ヒヒヒヒヒッ!」
首根っこをつかまれ前進を強要されていると気づいたのは、私が作成した無限ダンジョンを通る直前だった。
つまり現状、攫われている。
「な――?!」
こんなことは、あり得ない。
村全体に感知結界を張ってあるのはもちろん、私自身の周辺にも防衛魔術を展開している。
勇者や他の村人が来たらすぐわかるようにだ。
その包囲すべてをくぐり抜け、極至近距離にまで接近されるなど不可能としか――
「久しぶりなんねぇ!!!」
「お前――!」
知り合いだった。
展開していた魔術構築が思わず止まる。
さらに首を強く締められ、発声を封じられた。
「ヒョぅううう!!!!!」
入口を抜け、ダンジョンへと行く。転移する。
作成者である私であっても、決して抜け出せないそこへと――
+ + +
私はかつて、別の場所で魔王をしていた。
色々とあった末に敗北し、しかし、殺されることなく放逐された。
さまざまな地を巡り、口にもしたくない出来事を多く経験し、そうしてロギウム村へとたどり着いたわけだが、当然、「私を倒した勇者」はいまだ別の地にいる。
その仲間たちもまた同様に。
勇者や魔王とは違い、土地に囚われず自由に移動できる者たちだ。
能力的にはともかく、その魂ばかりは縛れない。
「くそ……他の魔王やモンスターばかりを警戒しすぎた……」
これまでは、そちらに注意を払うだけで良かった。
人間種族は敵ではないという先入観と驕りがあった。
いや、だが、さすがに仕方なくはある。
何やら目立ってはいるが、いまだ村魔王だぞ、私。
元いたところと軋轢が起こるとしても、もっと先のことだと考えた。
首を振り、転移特有のめまいを振り払う。
幸いなことに、ダメージはなかった。
「ようこそ? それとも久しぶり、って言うべきなん?」
ニヤニヤと笑い、細身の身体で両手を広げていた。
背景が洞窟でなければ町中で出会ったかのようだが、目の奥の色が異なる。
「アルカヌム、いや、カヌム。お前、一体なんのつもりだ」
神秘を意味する名を冠するものだ。
前勇者パーティの後衛で、移動と撹乱を担当していた。
どのような窮地であろうと嘲笑を変えず、こちらを翻弄するような手を放つ。
魔術師のローブを羽織り、細い体で私の前に立っていた。
前よりは、いくらか成長しているようだ。
「なぜ、こんな場所に私を運んだ」
「決まってるんよ?」
こちらを小馬鹿にした口調は変わらない。
だが、端々に苛立ちが混じっていた。
「てめえをできるだけ苦しめるためなんよ、逃げられない場所に、他の邪魔が入らない場所に、てめえを入れた。ちょうどいいもんを、どっかの馬鹿がわざわざ作ってたしなあ……!」
魔術師特有の布地を多用した衣服の上に、いくつもの煌めく点が浮かぶ。
次元魔術の起点となるものだった。
洞窟型の薄暗いダンジョンで、ひときわ強く灯った。
「……そこまで恨まれるようなことをした覚えがないんだが」
「はっ」
唾吐くようにカヌムは笑った。
「魔王がなに言ってやがる」
額に青筋が立っていた。
以前と比べて憔悴したような様子がある。
その目ばかりはギラギラとこちらを睨みつける。
「たしかに私は魔王だが」
「性懲りもなく同じようなことをしてやがる。てめえは心底反省しねえ、百回殺して千回惨殺して一万回は苦しめてやるんよ……」
算数のお勉強、忘れたか? という言葉は止めた。
本来、こうした憎悪を受けるのは当然だ。向こうは既に私が魔王であると知っている。
「ふむ……」
代わりにアルカヌムの姿をよく見た。
「どちらにせよ、元気そうでなによりだ。こちらからは連絡も取れなかったからな、安心した」
「ハッ、そっちもお元気なこったよなあ……ッ!」
カヌムは攻撃準備を整えてはいるものの、即座に殺傷するつもりはないようだった。
周囲の状況を、こっそりと確かめる。
ダンジョンとは、魔王が作成するものだ。
それは必ずしも、すべて魔王の思い通りになるわけではない。
外部から作り上げ、消去こそ行えるが、一度内部に入り込めば法則に囚われる。
ダンジョンコアへ命じ作り変えることは可能だが、ある程度は接近しなければならない。
そのダンジョンコアは現在、国二つ分ほど向こうだ。
私との間に、複雑怪奇な迷宮を作り出しながら更に遠ざかり続ける。
操作のためのコンソールが全力で逃走中だ。
「ここがてめえの墓穴だ、てめえで作ったもんだ、本望だろうよぉ?」
「……己が作った剣で殺されたがる鍛冶屋はいない」
「口答えしてんじゃねえッ!!!」
理不尽な言葉とともに見えない斬撃が飛んだ。
避けなかった結果、右の前腕二頭筋が半分ほど斬られた。
多量の血が吹き出て衣服を汚す。
「てめえはそこで突っ立ってろ、こっちの言うことに黙って頷いとけ」
剣であれば切っ先の向きで行方が分かるが、不可視のこれは完全に透明であり目視できない。下手な回避は致命傷となりかねない。
次元を割る攻撃は、防御すら難しい。
「どういうつもりだ」
血の吹き出す傷に治療薬を振りまき、魔術的な防護で強引に塞ぎ、簡易的な治療とする。
動けば傷が開く程度の回復だ。
「なにがよ」
「私は確かにお前たちに負けた。お前たちは私に勝った。すべてを得てクラスアップしたはずだ。これ以上なにか私にすることがあるのか?」
「……気に入らんのよ」
カヌムはその両手から、煌点を撒き散らした。
狭く暗い迷宮内に、鱗粉のように満ちる。
「負けた魔王が、何を呑気に幸せそうに暮らしてやがる――敗残者は敗残者にふさわしい末路があるんよ……」
「……外部からでは気づかないだろうが、それなりに大変ではある」
「てめえ、今朝は何をした?」
「久しぶりにパンを焼いた、二次発酵の具合が心配だったが、なかなかふっくらと良く出来た、部下にも非常に好評で――」
「死ねっ!」
不可視の斬撃が一斉に放たれた。
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