第12話 通話の不通話

私は部下との間に念話でやり取りができる。


これは魔素を魔力へと変換する魔王としての力の応用だ。

私の魔力が及ぶ範囲であれば会話可能であり、即時の情報共有を可能にする。


勇者にこの機能はない。

魔素を肉体的な成長と強化に当てるため、外部とやり取りが難しい。


魔素という供給源は同じであり、結果としても似たようなことができるが、その変換ルートが異なる。


「ですが、このままでは問題がありそうなので、作ってみました」

「おおー」


携帯型の通話機械を作成した。


「先日のアスレチックの際、球体を通してしか連絡できなかったですよね、あの場ではあれで良かったですが、敵襲などの際には、より素早く、より正確な情報伝達が必要です」


この辺りは迂闊だった。


「もっと早くやっておくべきでした」


板のようにしか見えないそれは、外部出力の形で念話を行う。


「緊急事態が発生した際に連絡します、常に手元に置いてください」

「これって、遠くから話せるの……?」

「はい、そのためのものです」

「……試して、いい?」

「ええと、使い方はですね……」


一通り教えた後、勇者は「むふ」という顔をして消えた。

移動したようだ。

土煙がわずかに舞い、遥か遠くで足音が聞こえ、更に遠くで小さく鳴る。

衝撃波も出さない歩行をどうやっているかは、見当もつかない。


微かな鈴の音が鳴り、通話をオンにした。


『き、聞こえるぅ……?』

「はい、聞こえますよ」

『……!?』


町外れから、天高くオーラが立ち上った。


『え、え、ほんと?』

「実際、そちらにも聞こえていますよね」

『うわぁ……わぁ……』


ぼうぼうと天を焦がすかのようにオーラは上がる。


日頃から気軽に部下と行っていることであり、私にはその感動が今ひとつ分からない。


「一度通話を切りますよ」

『え……?』

「こちらからもかけることができるか、確認したいんですよ」

『あ、そっか。でも――』


私の方から切断した。

何か言いかけていたが、後でやればいい。


こちらから通話をかける。

繋がらなかった。


「?」


何か機構的失敗があったのかと思ったが、違った。

勇者の方が通話中だった。


何度か時間を置いて繰り返してみたが、変わらない。

彼方のオーラが徐々にしぼんだ。


「ねえ……これ?」


しびれを切らした勇者が目の前に現れた。

変わらずの村人そのものの姿だが、日傘の下の陰気なオーラが増している。


「ちゃんと通話を切ってください」

「……なんで?」

「私が酷く理不尽なことを要求したみたいな顔をしないでください。そうしないと、こちらから再びかけることができないんですよ」

「どうして、そんなことを……」

「通話中に割り込みさせないためです」


もっと言えば盗聴対策の一部でもある。

緊急時の連絡を聞かれるわけにはいかない。


「切るの……?」

「はい、私の方はすでに切断しています」

「うー」

「うーではなく、早く切ってくださいよ」


酷い葛藤をしながら勇者は通話切断のボタンを押した。


「――」

「私がとんでもない悪事を勇者に強要したみたいな雰囲気を作り出さないでくれませんか? こちらからかけますよ」


微かな鈴の音が鳴った。


「え、え!?」

「ただの着信音です、通話ボタンを押してください」

「う、うん……」


勇者の指が震えるのを見た。


「どうです?」

「わ」

「わ?」

「……聞こえる……」

「距離が近いせいで、二重に聞こえますけどね」

「うん……すごい……本物だ」

「偽物のはずがないですよ」


思わず笑う。

目の前に相手がいながら通話をしている状況が、すこしおかしかった。


「とりあえず、これで緊急時の連絡手段ができましたね、では――」

「……なぜ切る?」

「はい?」

「もう少し、お話をしよう」

「すぐ前にいますよね?」

「それでも」

「あの、わずかとはいえ魔素を使いますし、あくまで緊急連絡用の手段を確保したかっただけですよ?」

「君、あたしのお付き」

「そうですね」

「お話、すべき」


え、面倒。

という言葉は口に出さなかった。


勇者の立ち姿は変わらない、雰囲気も変わらない、オーラが立ち上っているわけでもない。

にも関わらず、なぜか背中から汗が大量に吹き出た。


この言葉を口にすれば、死ぬ。


「……お話を、しなければなりませんか? 本当に?」


代わりにそう言った。


「しなければなりません?」


笑み付を含んだ言葉が、わずかに遅れて通話機からも聞こえた。

目が猛禽類のようだった。


獲物は私か?




その日の午後から深夜にかけて、通話は常にオンだった。

もっとも、さして会話はしていない。


完全な無駄だと思えるが、むしろそれが良いと言われた。

こちらの生活音を聞いて何が楽しいのか。


あとは、寝る前におやすみと言うくらいだ。


ただ念話は、魔王はできても勇者にはできない。

どちらから通話をはじめるかは無関係であり、支払いは常に魔王側が行う必要があった。


「長い通話はすべきじゃありません」

「え……」

「魔素の支払い量が、馬鹿になりません」

「でもでも――」

「魔素消費の詳細を後で送りますね」


数値を見せると流石に意見を翻した。


「うん、ゴメン。ちょっと調子に乗った。君に負担かけ過ぎだね、これ」


珍しく勇者が反省したほどだ。


「でも、たまには連絡したい」

「どうしてそこまでしたいんですか?」

「一人なのに独りじゃない、声の先に繋がりがある」

「んん?」

「それ、すごい嬉しかった」


通話機を胸に寄せ、勇者は目を閉じていた。

味わうように微笑む様子は、その言葉が嘘ではないと示していた。


魔王には理解できない感覚だった。



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