第5話 試練の致命

この世界に神はいる。

それは、システムの一種のようなものだと言われている。


善意悪意に関係なく、一定の行いに一定の報酬を与える超常存在だ。


「はぁ……」

「がんばろー」

「どうしてこんなに大量に……」

「ダンジョンを三つくらい壊したからじゃない?」

「その辺、関係あるんでしたか……」

「うん」


勇者という存在に対しても、相応の試練が課される。

クエストと呼ばれるそれは、達成すれば報酬を得られる。

大抵は金銭だが、中にはアイテムや武器防具などもある。


「正直、無視したいんですが」

「どうして?」

「足を怪我した、代わりに買い物して来て欲しい、そこまでは分かります」

「うん、カドおばさん、大変そうだった」

「現在そのお使いクエスト、すでにもう十周目に入っているんですが?」


なぜ纏めて一度に言わない。

計画性と合理性を捨て去る愚かさに巻き込まないで欲しい。


「クエストだし?」

「だから、それが意味不明なんですよ」


塩が足りないから買ってきて欲しいというクエストを達成した直後に、また塩を買って来て欲しいと言われたときは相手の正気を疑った。


「カドおばさん、ものすごく申し訳なさそうにはしていたよ」

「このクエストというシステム、どう考えても欠陥がありすぎます」


クエストを達成することにより村の規模は発展し、また、重要なアイテム入手にも繋がる。

どれが無視すべきものであり必須となるかはわからない。

だから勇者はクエストを達成する必要がある。


こうした理屈はわかるが、やっていることはお使いの繰り返しだ。


「神様の悪口を言っちゃ、だめ」

「明白な欠陥があれば指摘すべきです、その相手が誰であろうと」

「うー」


陽気は暖かく、散歩日和ではあった。

勇者は片手で日傘を差し、もう片方の手で岩塩の塊を抱えている。


「あたしのお付きが……神様の悪口言った……」

「神とやらであれば、この程度の軽口はきっと受け入れます」

「分かんないじゃん……」

「機嫌を直してください」

「……日曜教会に来てくれたら直る」


魔王が神に祈るわけにはいかない。


「代わりに寄付でもしてやりますよ」

「ん」


それでもいいらしい。


「さっさとお使いを終わらせましょう」

「うん」

「通常はおそらく、こうしたクエストを繰り返した末にダンジョンが発生するんでしょうね」

「たぶん?」


魔王である私がそうしたものを無視できたのは、この勇者のせいだ。


通常、クエスト達成により村の規模は広がり、同時に魔王にも魔素が流れ込む。

村と魔王城の規模はリンクしており、常に最適な敵として立ちふさがる。


けれど、誰かさんこと規格外の勇者が暴れまわったお陰で多量の魔素が地域一帯に溢れ出し、クエストを頼りにせずとも活用することができた。


「こんなことをやるくらいなら、帰って研究がしたいものです」

「どんな?」

「ごく僅かですが、前の呪い人形の痕跡を手に入れました、厳重に封鎖した上での実験ですが、いろいろ面白い性質がありそうです」

「外に漏らさないでよ?」

「そんな間抜けはしません。自発的に防衛手段を取るよう対策を施しています」

「それ本当に大丈夫?」

「ええ」


球体が入っていた執事姿、あの中身を引っ剥がして代わりに入れた。

球体からは文句を言われたが、もともとの球姿を直した以上、いつまでも入られては困る。


「んー、もし漏れても、あたしがなんとかするか」


その足取りは軽かった。

どこかウキウキしている。


「……どうして勇者は、そんなに楽しそうなんですか?」

「これも冒険だし」

「これが、ですか?」

「うん」


太陽は暖かく照らし、風は爽やかに吹いた。

子供の楽しそうな笑い声も聞こえる。


「冒険に貴賤はないよ?」

「そうかもしれませんが」

「冒険をやりたくて勇者してる」


そういえば、そうだった。

冒険者として未知に挑戦するのが生きがいであると聞いたことはあった。


横を見れば、日傘の下の勇者はほのかに嬉しそうだった。


「それに」

「はい」

「ここ最近のダンジョン探索よりも、やりがいがある」

「ちょっと待ちましょうか」


聞き捨てならない。


「罠満載のダンジョンとか有りましたよね!」

「くすぐったかっただけ」

「エロトラップダンジョンは、まあ、どうでもいいですが」

「あそこはまた行きたいね」

「どうでもいいですが!」

「えー」


なにが不満か。


「巨大ゴーレムのあれは、普通に危険だったじゃないですか」

「あれは危険なだけ、ワクワクしない」

「……そうですか」


私が作ったものではないため、そのような評価は少し嬉しい。


「いえ、ですが、その前のダンジョンも創意工夫が凝らされ……」

「散歩と変わらなくない?」

「それは勇者だけですよ! 普通は天井が降ってきたら致命傷ですし、多頭龍は一撃で倒せる相手じゃないんです!」

「こっちの方がいい運動になるよ」

「普通は! 高難易度ダンジョンとお使いクエストは同列にはならないんです!」

「最大の難敵、お料理のお手伝い……勝てるかな……」

「一般家庭キッチンをラストダンジョン扱いしないでくださいっ!」


私が凝らした創意工夫、台所以下だった。


「ねえ」

「なんですか」


勇者はひどく真面目な顔だった。


「この後、カドおばさんに、料理を頼まれたら、どうする?」


塩や調味料など、料理に関係したもののお使いを多く頼まれた。

依頼者は片足を負傷し、上手く動けない状態にある。


「……勇気あるものを勇者と呼ぶそうです。今こそ勇気が必要です」

「でも、でも……!」

「無意味に壮大な悲壮感を出さないでください。頼まれた作業をすればいいだけです。不必要に身構えすぎです」

「うぅ……」


どんな敵を前にしたときよりも恐れ慄かないで欲しい。


「神様、どうかご加護を……」

「こんなことで祈られても、神様だって困ると思いますよ」


こう見えて勇者は割と敬虔だ。



 + + +



その後、恐れていた事態は起こらず無事にクエストは達成された。

そうなってからようやく、カドおばさんを回復させることができた。


神とやらが発生させたクエストは、不条理に人を縛る。

クエストの根拠を、達成するまで取り除くことができない。

それまでは、どんな回復薬も効果が出ない。


「やっぱりこれ、呪いの一種なんじゃないですかね」

「そんなことはない」

「割と不便を強いてますよね」


カドおばさんは「これも試練さねー!」と笑っていたが、定期的に苦難を与える神は、やはりろくなものではないと思う。


「溜まっていたクエストは、割と消化しましたね」

「あとどれくらい?」

「聞いて驚いてください、あとたったの三分の二です」

「……残りが?」

「残りが、です」


通常は、数々のクエストを一ヶ月程度で終えてようやくダンジョンが新たに現れる。

数日程度で終わるわけがない。


「時間制限があるものを優先して終わらせました、以降はゆっくりやっても問題のないものばかりです。それでも、いままで行った量の倍はあるわけですが」

「ジュースを飲もう、その後で寝よう、そうしよう」

「神様と呼ばれるものからの、ありがたい試練です」

「知らないの?」

「何をです」

「太陽ってね、直視できないんだ」

「目をそらす行動を上手い言い回しにしないでください」

「うぅ……」


クエストは、三種類ほどに分けられる。

白、青、黒の三つだ。


神とやらが発行したものは白い巻物の形に渡される。

これには回復魔法不可などの不合理も時に加わる。


人々の悩みが結実した形で現れるものは青い巻物の形で現れる。

解決すればシステムから報酬が上乗せされる。


それらに該当しない緊急クエストは、黒い巻物となる。


「お」


勇者の目の前に、ぽん、とそれが現れた。ちょうど日傘の中に出現している。

この緊急クエストには、被命令者に対する強制力がある。


「珍しいですね、いったいなんです?」

「ん」


広げて見せてくれたそこには、「ロギウム村に紛れ込んだモンスターを倒せ」と書かれていた。

黒地に白く踊る文字は不気味だが、内容そのものは妥当だ。


ただし――


「……結界に不備は発生していません、侵入の痕跡もありません」


私は「紛れ込んだ」予兆を捉えてはいなかった。


「考えても仕方ない、行こう」

「はい」


緊急クエストの形での提示だ。

問題はすでに発生していると考えるのが道理だった。私達は半ば駆けるように行く。


幸いなことに、その方向は私の家ではない。

魔王城発見からの対決という流れにはなりそうにない。


「……」


それでも、不機嫌になることは止められなかった。


緊急クエスト?

紛れ込んだモンスター?


それ自体はいい。

気にするようなものではない。


魔王である私が、新たにそのモンスターを呼んだ覚えがない、その点が問題だった。


「やはり気に食いませんね」


神とやらは、平気でこちらの権限を踏みつける。

魔物を操り、人々を襲うのは魔王の役割だ。

村人を困らせていいのは私だけだ。


災厄としての役割の横取りを、許せるわけがなかった。


土を均した道に家がぽつぽつと生える、ロギウム村の様子は変わらない。

悲鳴も無ければ騒ぎもない。


勇者は日傘片手にずんずんと進み続ける。

クエストによる強制行動であるためか、その動きはどこか機械的だ。


「うん?」


そうして、一軒家の前で足を止め、くるりと直角に曲がり、日傘を閉じ、迷いなく玄関ドアに手をかけた。


「勇者?」


鍵はかかっていなかった。


そこはサビーナ夫妻が住む場所であり、半孤児院とでも呼べる場所だった。

それなりに裕福なサビーナ家が、身寄りのない子供を個人的に引き取り育てている。


養子縁組と違うのは、子供が欲しいからではなく、善行として行っている点だ。


鼻水を垂らした、あの小石を売ってきた子供もここにいる。

開けた扉の先、その子供が絶望的な顔でこちらを見た。


「あ――」


その体は、半ば硬質化していた。

手足が無秩序に割られて尖っている。


生身の左腕で痙攣するかのように暴れる手足を抑えようとしているが、果たせない。

まるで混乱した昆虫の手足であるかのような動きだ。


モンスター化だった。

滅多に起きることではないが、絶対に発生しないというほどでもない。


「たす……」


涙ながらに、子供は救いを求めた。

次の瞬間、私は駆けた。


「――!」

「何してるんですか!」


勇者が、その子を斬り捨てようとしたからだった。

反射的に展開させた防御陣で割り込めたのは、手加減されたものだったためだ。


それでもそれは、子供に致命傷を与えることができる一撃だ。


「違う――!」

「なにが!」

「これ、クエスト、が……っ!」

「……クソが」


後ろにいる子供は、モンスター化している。

黒い巻物に書かれた指令は「モンスターを倒せ」。

緊急クエストは、受け取ったものに「行動を強いる」。


「二人とも、逃げて……!」


勇者がこの子供を殺すことを、止められない。


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