何故か異常に魔物に好かれる男のダンジョン珍道中

えるとん

第1話 ケルベロスとの遭遇

 昔から俺は何故か動物だけには異常になつかれていた。

 実家で飼っていた犬や、小学校の時にクラスで飼っていたウサギは俺に一番なついていたし、動物園やペットショップのふれあいコーナーに行けば俺の周りに動物が集まってくる。

 特段、好きなわけでもないのにだ。


 どうして今、俺はこんなことを考えているかと言うと、


「不動、お前自分に何か特技とかってあんのか?」


 工場での仕事終わり、ロッカーで俺の前に座る作業服を着る上司が突然こんなことを聞いてきたからだ。

 素直に俺は、


「動物になつかれることですかね……?」


 と言ってみた。


「不動……、それは特技って言わなくねえか? ほら運動が得意とか頭がいいとか、女にモテるとかさ……」


――そんなものがあれば、月13万円のこんな安月収の会社にいねえよ!


 と、脳内で俺は上司に歯向かってみた。


「ハハ……、何かいい特技があればいいんですけどね」


 無論、しがない雇われの身である俺は実際にはこう返した。


「そうだよな……。俺たちにもこんなのがあればいいのにな……」


 そう言うと上司はもの悲しげな表情を浮かべる。

 フラっと振り返り、後ろに置かれたテレビのほうへと視線を移す。


――速報です。豊洲ダンジョン、十五層のダンジョンボスが討伐。討ったのはSランク冒険者、氷上フブキ擁するギルド。スノウホワイト――


 昼中継のニュースでやっていたのは、ダンジョンボス討伐の知らせだった。


 今からおよそ十年前、世界中に突如ダンジョンと呼ばれる場所が発生する現象が起こった。

 その場所では魔物と呼ばれる、人類の歴史上でも見たことない生命体が闊歩してこり、ダンジョンの発生に呼応するように、一部の人間にスキルと呼ばれる特殊な異能の力を宿す者も現れ始めた。


 ダンジョンが発生した場所は徐々に侵略され、世界から消えてしまう。

 それに対抗するべくスキルを宿した者たちは徒党を組み、その集まりはギルドと呼ばれダンジョンに挑む彼らのことを人々は冒険者と呼ぶようになる。


「いいよな。ダンジョン内で取れた素材って高く売れるらしいぞ? あいつら、日銭で俺らの月給超えるかもな……」


 ニュースを見る上司の愚痴は止まらなかった。


 今までのやり取りで言うまでもないが、当然俺にはスキルなんてものは宿っていない。

 ダンジョンができてから世の中の人々は、自分にも何か特別な力があるんじゃないか英雄になれると浮足立っていったが、俺みたいな能力のない者にとってはそれは飛んだ夢物語。

 俺の人生は、ベルトに無限に流れてくる箱詰めされた製品の検品作業……。


 いや、考えるのはやめよう。俺たちとは住む世界の違う人たちのことは。


「先、失礼します」


「おう、お疲れ!」


 早々に着替え終えた俺は、先輩たちに挨拶をしてロッカーを立ち去った。



***



 可もなく不可もない人生だった。成りたい仕事に就いたわけでもないが、決して世の中を呪うほど不幸な仕事に就いたわけでもない。


 だが、恐らく今日で俺の人生は終わる。


 仕事終わりビールを買って近所のコンビニを出た時、入り口前に転がる金髪丸刈りの若者の死体。

 この若者の死には同情しない。何故なら俺がコンビニに入る直前、「お兄さん不幸そうな顔してるねぇ? 人生楽しい?」と煽られたからだ。

 初対面の人間をいきなりバカにするような人間は死んで当然だろう。


 まあそんなことはどうでもいい。ただ今、この状況がまずかった。

 死んだ若者は頭部が丸ごとかじられ、頭が無くなった状態だった。

 死体のそばには口が血で汚れた、三つの犬の顔を持った異形の生物。


 ケルベロスだった。たまにダンジョンから抜け出した魔物が人里に現れ、人を襲うニュースはテレビでよく流れる。

 目の前のそれは、まさにその光景だった。


 どうしてもなしとげたい夢や、将来を誓い合った恋人がいるわけでもない。

 別に死ぬのには後悔はない。

 ただ、痛いのだけは勘弁してくれ。殺るならジワジワとではなく、一気にガブっといってくれ!


 俺は目をつむり、眼前の魔物に祈った。


「キャアー、魔物よ!」


「警察、いやギルドに電話しろ!」


 今更気づいてももう遅い。ようやくこの非常事態に周りの人間が気付いたようだ。

 運のいい奴らだ。魔物に一番近いのは俺だからな。一番最初に死ぬのは俺だろう。

 推しのアイドルライブ観戦みたいにワーキャー騒いでればいいさ……!


「うん……?」


 なかなか襲ってこないもんだから、ふと俺は薄目を開けてケルベロスのほうを覗いてみた。

 ケルベロスはお尻を地面につけ微動だにせず、俺のことをじっと見つめていた。


 どこかこの魔物の視線に俺は既視感を覚える。そうだ思い出した……。

 これは昔実家で飼っていた犬や、学校の小屋にいるウサギの目。

 俺になつきを示した目線だった。


「お前、俺を食わないの?」


 そう尋ねるとケルベロスは前足で顔をかき、意味が通じてるのか通じてないのかわかんない様子。


「うち、来る?」


「ワン!」


「げっ!?」


 興味本位で訪ねた問いにケルベロスは勢いよく吠えて答えたのだ。

 俺はコンビニから逃げるようにそそくさと走り去った。

 息も絶え絶えになったころ、後ろを振り返ってみると、


「マジかよ……」


 ケルベロスはまだ、俺の後ろをついてきていたのだった。

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