第23話 向き合う力

「あの、カイさん。そろそろ食事にしませんか?」


「_________ぁ、今何か言いました?」


「あ!そ、その、すみません!ちょっとお食事をと思ったのですが……」


「あ、ああ!良いですね!俺も丁度腹が減っていたところでした!」


その後も、戦闘に加わろうとする度にメンバーから「絶対動くな」と釘を刺され、厳しい視線を向けられ続けた俺は、最終的に魔力制御の訓練に精を出すようになっていた。『ブレイズセイバー』を更なる高みへ押し上げるためにも、今は訓練の時間が足りなすぎるぐらいなのだ。


そして、そんなことに集中していたら気付けば日がもう沈みかけていた。この世界では、基本一日二食が当たり前だ。そもそも人間は三食なんて要らないのである。昼飯と晩飯だけ食ってればそれに体が適応してくれる。


辺りを見渡すとみんな今日の野営の準備を始めているようだった。


「えっと、俺に出来ることってありますかね?」


「_______そこの依頼主様と仲良くお喋るしているといいよ。作業はこっちで勝手に終わらせておくから。ねぇみんな?」


やや棘のあるモンガさんの言葉に傷つきながら、俺はスフルさんに今回のことを……どうして俺を庇ったのかを聞いた。


「あの、どうして俺なんかを庇ったんですか?スフルさんには余りメリットはないと思うんですが………」


「え!?そ、その………私、昔から人見知りで……人と話すの、あんまり得意じゃなくて………そのせいで、昔からセルエナには迷惑を掛けっぱなしなんです。でも、カイさんには余り緊張とかしなくて、えっと、話しやすいっていうか……。だ、だからですね!?あの、今回のことで自分なりに人見知りを克服してみようかと!あああ、すみません、こんなこと言われても嫌ですよね……!?」


「いえ、とても素晴らしいことだと思いますよ。自分から弱点を克服しようとするなんて、とても強い人だと思います」


「ほ、ほんとですか……?」


「ええ。もちろん」


「あ、ありがとうございます……」


それは、ずっと俺が出来なかったことだから。自分の弱さを、俺は認められなかった。認めた気になって、本当は意固地になっていたんだ。だから、「アークたちと一緒に行きたい」って思いが間違いだなんて勘違いして、あの村で一生を終えることが正しいことだって自分を納得させてきた。


…………でも、こうやって外の世界に来てみれば、また色々と考えが巡る。巡ってしまう。


『この景色をアークたちと一緒に見られていたら』


きっと、それはもう楽しい旅だったに違いない。だから、事態が手遅れになってしまう前に行動できたスフルさんのことを、俺は心の底から尊敬する。


「俺も、いつか……」


「カイさん?」


自分の弱さを自覚したうえで、アークと一緒にいることを目指せるのだろうか。


「ありがとうございます、スフルさん。俺も少し、勇気を貰いました」


「え?ど、どういたしまして……?」


俺達が仲睦まじく会話している風景を見て、『レッドグリズリー』の人たちが今にも殺してきそうな視線を向けていることに気付かないふりをしながら、俺はスフルさんと一緒に食事を楽しん___


「カイ・ノーマン、覚えておけよ……!」


途轍もない殺意を滲ませながらスフルさんの目の前だからと笑顔を浮かべているセルエナさんを見て、俺は自身の命がここまでかもしれないと思ったのだった。



「おい、そろそろ交代の時間だ。役立たずとはいえ、見張り位は出来るだろ?」


「はい、了解しました」


仮眠と魔力制御の修行を並行して行っていた俺は、『レッドグリズリー』の……やばい、まだ名前覚えられてない。えっと、確か……いいや、男の人と交代で、焚火へと向かっていった。


そこには同じく『レッドグリズリー』のモンガさんが座っており、俺の姿を見るなり恨みの籠った視線で見つめてくる。


「……………やあ」


「………どうもです」


長い長い葛藤の末に挨拶してきたモンガさんになんとかこちらも挨拶を返しつつ、俺はこの地獄の空気をどうしようか考えていた。正直、この状態のまま数時間を過ごすとかまじで考えたくない。


パチパチという火の粉の飛び散る音と共に、少しずつゆっくりと時間が過ぎていく。まるで永遠とも感じられるその時間の中、先に口を開いたのはモンガさんだった。


「……………一つ聞きたいんだが。何故君は、この護衛依頼にそんな軽装備で………いや、装備ですらないか。丸腰で来たんだい?」


「ま、丸腰って……」


金欠なんだよ。言わせんな!


「丸腰だろう?木剣で魔物と戦おうなど、余りにも馬鹿げている。普段はどうしているんだい?まさか、その木剣でCランクまで昇り付けたなんて言わないだろうね?」


「え、えっと、木剣でCランクまで来たんですけど……」


「……………」


あ、終わった。モンガさんの目がゴミを見る目に変わった。もう希望の欠片すらもないことを実感させられた。


「………………君とは、仲良く出来そうにない」


「…………すみません」


絞り出すようにそう口にして、それ以上の会話は無かった。俺はどうしようもない現実から意識を逸らそうと、訓練を始めようとして……。


「ッ!」


「い、いきなりどうしたんだい?」


迫り来る気配に気づき、ガバッと体を起こした。


「モンガさん、右前方から魔物が近づいてきています……。速いですね。急いで皆を起こしましょう!」


「待て」


ガシッと、慌てて行動に移ろうとした俺のことを、モンガさんは腕でつかんで止めた。その腕には、仲間には到底向けないであろう力が込められている。


「は、離してください!」


「そうはいかないね。君の言葉は信頼するに足りない。第一、私は魔物の気配を感じてはいない。出まかせを言って自分が何かをしたんだというアピールがしたいんだろうが、そんなことをさせるわけにはいかないね」


「そんなこと言ってる場合じゃ____!」


そうして俺達が取っ組み合っていると、突然俺が指し示した方向から、木々の圧し折れるけたたましい音が鳴り響いた。


「なっ!?まさか、本当に魔物が……!?」


動揺するモンガさんは、それでもBランクパーティーの一員なのだろう、突発的な状況にも慌てず、瞬時に心を落ち着けた。


「取り敢えず、仲間との連絡を……!」


そう、モンガさんが言った瞬間だった。


「グルォアァァァァァ!!!」


雷が落ちたような音を周囲に撒き散らしながら、一体の魔物が、遂にここまで到達してしまった。

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