第15話 過去の残滓

翌朝、寝付けずに一晩中剣を振り続けて無我の境地へと至ろうとしていた俺は、上から差し込んでくる光から夜が明けたことを理解した。


「うわぁ……こりゃ酷い」


見れば、視界に移る範囲で何本も木が圧し折れている。それだけ強い雷……というか大雨だったのだろう。今の俺に雷を切る実力はまだ備わっていないので、仮に直撃していたらと考えるとそれだけで怖い。


「………あ、そういやぁ水の確保もやんないとな……」


水筒を荷物から取り出して飲もうとした俺は、中身が明らかに減っていることに気付いてそう呟く。出来るだけ飲みすぎないようちびちびと飲んでいたのだが、それも三日分となれば減って当然か。


「保存食はありったけ持ってきたしこの前狩った猪の肉もあるから全然平気だけど、水は用意しないとキツイ……」


ただ、昨日の大雨で森の水源が壊れている可能性もある。俺には魔法があるから煮沸消毒は可能だが、土砂が流れ込んだ水は余り体にいいとは言えないし……。


「……いや、兎にも角にも水を得てから考えよう。死んだら元も子もない」


そう言って、俺は竪穴住居から這い出した。



俺が歩いていた草原までの道程に印をつけながら、俺は森の奥へ奥へと進んでいた。最悪、煮沸消毒出来る俺は水たまりを見つければそれで十分ではある。が、流石にあからさまにゴミが浮いているのはな……。


村では井戸の汲み水や川の水、屋根に備え付けたバケツで雨水を溜めるなどしていた。本当なら昨日すべきだったのだろうが、俺の不注意で完全に忘れていた。


色々と、一人では頭が足りない面も出てくるな……こんな時、頼れる仲間が居ると相当心強いんだが。


「………………川の音?」


歩いていると、微かに水の流れる音が聞こえた。よく耳をそばだて、その音がする方へ足を向けていくと…………。


「………あった」


視線の先、盛り下がって溝となっているところに、大きな水の流れがあった。いや、これは雨の影響で水位が上昇しているだけだな。普段はここまでの水位はないだろう。


多少水が濁っているのは致し方ない。俺にも後が無いんだ、俺のサバイバル知識を総動員してこの水を飲めるようにしてやろう。


こうして、俺は無事に水を確保できたのだった……。



思っていた以上に水の消毒は大変だった。木で器を作ったり、石で器を作ったり、熱が通りやすいよう形を工夫して、魔力をほんの僅かな調整を行うために全力で操作して……。


木や葉っぱを燃やすことが出来ればまだましだったのだが、大雨の次の日に燃料になる植物なんかない。よって、俺は火加減を調整するために魔法に全神経を集中せざるを得なかったのだ……。


そのお蔭で、久しぶりに魔法の制御力が上昇した。本当に久しぶりだ。命がかかっている状況だと、やはり人は大いに成長できるのだろう。増えた魔力分扱いが大変であったが、そのズレも今回のことで完全に修正できた。


が。


「やべぇ、完全に道に迷った……」


俺が木に必死に付けていた印だが、俺が余りにも水の確保に時間をかけすぎたせいで夜になってしまい、確認することが困難になってしまった。というか、夜の森は危険が多くて余り出歩けない。


それを理解して早々に帰り道探しを中断すればよかったのだが……危機感を感じてしまった俺は、必死に印の付いた木を探し続け、そのことばかりに頭が一杯で……見事、川に戻る道も忘れてしまったとさ。


「取り敢えず、今夜はここで野営を……うん?」


そうして、テントの設置に取り掛かろうとした時だった。随分と遠くに、怪しげな光が幾つも灯っているのが見えた。


人ではない。人はあんな風に動けないし、それに余りにも密集しすぎている。あんなの見たことも聞いたことも___



『____□□□だ』



____前世の声。


俺は声と同時に思い出したその光景を思い出して、必死にその場所目掛けて走り出した。


「ハッ、ハッ、ハ……!」


前世の声が、俺の予想が正しければ、きっとこの光景の正体は……!




「…………やっぱり、間違ってなかった」


俺は今、幾十もの飛び回る光を……を、しかと目に焼き付けていた。


「ハハハ、この世界にもいたんだな、ホタル………」


自然と、目から涙が零れてくる。なんだろう、俺には詳しい状況なんてなんにも思い出せないのに、この光景が俺の大切なものだったであろうことだけが、不思議と胸中を占めている。



『_____』



少年と少女、手を繋ぐ二人。彼らは互いに目の前を飛び交うホタルを見て、『綺麗だね』なんて呟いて……。



そこで、光景は完全に途切れてしまった。



これはきっと、俺の前世の一幕。完全に消えてなくなってしまったはずの、思い出の一欠片……でも、それはきっと前世の俺にとっては何よりも大切なもので。全部が無くなった後にも、こうやって残っていた……。


「…………行くか」


俺は一しきりホタルの幻想的な光景を目に焼き付けた後、静かにその場を去った。


何時までも過去に縛られてはいられない。俺はこの世界の人間で、今世を生きているのだ。あれはもう存在しない過去の記憶。だから、俺は俺の道を行かないといけない……。




『ありがとう』




「………おう」


この旅の果てに、分かるのだろうか。俺が転生した理由も。前世の記憶を持ち越した訳も。


全ては未知。未来に何が起こるかなんて誰にも分からない。頼りに出来るのは己の体唯一つ。でも、だからこそ、


「最高に楽しいんだ」


俺は、未来に歩き出した。

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