第20話 コスプレイヤーリオネル
僕がコスプレエリアに行くと薄手のパーカーを着た理央が壁際で待っていた。
「お待たせ」
僕が言うと理央は手元のエコバッグに視線を向ける。肌色成分多めの薄い本を彼女に見られるのは何だが恥ずかしい。
「
理央の瞳は興味津々といった感じだ。
「帰ったらみせてよ」
彼女に大人の紳士むけの薄い本を読まれるのはどうかなと思ったけど、いいよと答える。
「ありがとう。私も麻里先生の絵好きなんだよね」
理央は嬉しそうだ。
エッチな薄い本を楽しみにするアラサー彼女はどうかと思う。でもまあ、理解があるのはいいか。
理央って女子だけど男性が好きそうなセクシーなキャラクターが好きなんだよな。
「じゃあ、さっそく撮ってよ」
理央は薄手のパーカーを脱ぎ、それを僕に手渡す。
僕はそのパーカーをたたみ、エコバッグに入れる。
そこに現れたのは僕が脳内で想像したアサシンバニーガールであった。バニースーツは黒色で頭には同じ色の兎耳カチューシャがはめられている。
首元には赤い宝石のはめられた蝶ネクタイ。宝石はフェイクらしいがきらきらと輝いていいて綺麗だ。
リストバンドには十字架のカフスボタンがつけられている。
「ほらこっちも見てよ」
くるりとまわり、理央はぷりんとしたお尻をむける。そこには兎の尻尾のかわりに小さなモデルガンがつけられている。あれはたしかXDМ40だったかな。ゾンビゲームのヒロインが持っていた銃だ。
これには思わず歓声をあげてしまう。
ここまで小物にこだわってくれるなんておもってもみなかった。
どういう仕組でお尻にモデルガンがついているかとまじまじと見てしまう。
「ちょっとさすがにそんなにお尻を見られるのは恥ずかしいわ」
理央は頰を赤くしている。
自分からお尻を向けてきたのに、面白いな。
僕はごめんごめんと謝る。
「こんなに小物にこだわるなんて思っていなかったよ」
僕は斜め掛けの鞄からデジカメを取り出す。
せっかくコスプレエリアに来たのだから撮影しないといけない。
「まあまあ大変だったかな。特にこのカフスボタン。けっこう色んなサイトめぐってやっと見つけたのがこのカフスボタンなの」
くいっと理央は僕に腕を見せる。中二病っぽいボーズでかっこいい。
僕は一枚理央の写真を撮る。
「それにこれ、実は食玩なのよ」
理央は前傾姿勢で首の赤い宝石を見せる。
電気を反射してきらきらと光っている。
前傾姿勢なので胸の谷間が見える。
あれっ理央の胸大きくなっている。大体ソフトボールぐらいだったのが一回り大きい気がする。
僕の視線に気がついた理央は胸をはる。余計に胸が大きく見える。さすがに白石澪ほどではないが、けっこう良い巨乳になっている。
「ふふんっ。アサシンバニーガールって私より胸大きいのよね。だからパットで盛ったのよ。悠真君、おっぱいは作れるんだよ」
おっぱいは作れると聞いたことがあるけど実際に目にすることができるなんて。
理央がここ迄してくれることに僕は感激した。
それだけ深く僕のキャラクターを考察してくれたということだ。
僕の目の間にいるのは三津沢理央ではなく、本物のアサシンバニーガール
「じゃあ理央、いや星野碧ポーズをとってよ」
僕は理央こと星野碧にリクエストする。
「ええ、わかったわ」
そう答えると理央はファッションモデルのように次々とポーズをとっていく。
シンプルに顔の横でピースサインをしたり、前傾姿勢で胸の谷間を強調したり、くるりと振り向き、お尻のモデルガンを見せたりとだ。
僕は額に浮かぶ汗をТシャツの袖で拭いながら、理央の写真をとっていく。はからずも無我夢中になってしまう。だってそこには僕が想像して創造したキャラクターが現実世界にいるのだから。
「あの……ちょっとよろしいですか」
背後からハスキーな女性の声が聞こえる。
振り向くと背の高い女性がたっていた。もっさりとしたボリュームのある黒髪が特徴的だ。レンズの厚い黒縁眼鏡をかけている。服装はТシャツにデニムというシンプルな装いだ。
首から高価そうな大きな一眼レフカメラをぶらさげている。
「早苗ちゃん、来てくれたんだ」
僕越しにその黒縁眼鏡カメラ女子を理央は見ている。どうやら知り合いのようだ。
「こんにちは。はじめまして、私は
そう自己紹介した黒縁眼鏡カメラ女子はウエストポーチから名刺を取り出し、僕にわたした。
僕は名刺を受け取る。
その名刺にはカメラマン南城早苗と書かれている。裏には携帯の電話番号とXのアカウントが書かれていた。
僕は名刺なんて気のきいたものは持っていないのでどうもとしか答えられない。
名刺があればこういう交流がスムーズにできるのか。
しかし、名刺をつくったとしてなんて書く。イラストレーター柏木悠真とでも書くのか。それはおこがましいのではないか。
「ねえ、私にも見せてくれるかしら」
南城早苗さんの視線は僕のデジカメに向けられている。
ヨドバシカメラでセール品だったデジカメをカメラマンに見られるのは恥ずかしい。なんたって向こうはあきらかにプロ仕様の一眼レフデジタルカメラを持っている。
僕がためらっていると南城早苗さんは近づき、デジカメの画面をのぞき込む。
初対面の女子に近づかれても緊張しないのは理央のおかげか。免疫なるものができかけている証拠か。
「へえっいい写真じゃないの」
南城早苗の感想はシンプルなものだったがそれだけに心にしみるものがある。
「あなたの好きな気持ちがあらわれてるわね」
南城早苗は僕がスライドさせる画像を見ながら、そう告げる。
好きという単語を聞き、自分理央のことを好きになっていることに気づかされた。
理央のことは美人だとか可愛いとかエロいとかは思ったことがあるが好きという気持ちは持ったことがない。いや、持ったことをないと思おうとしていた。
だって理央は中学生のときにひどいことをしたグループの一人なのだから。
僕のステップアップのための捨て石。
ざまあして別れるつもりだった。
でも好きになりつつある。理央のいない生活に戻るのは辛いと思うようになっている。
南城早苗の言葉に僕はそれに気づかされた。
「あの……もし良かったら写真撮らせてもらえますか?」
今度は別の男性の声がする。
僕が声の方を見ると十人ほどのカメラマンの列ができていた。
列はさらに長さを増そうとしている。
「あらリオネルさん人気じゃないの」
南城早苗は理央に目配せする。
理央はうんと小さく頷く。
「それでは一人写真五枚まででお願いします」
南城早苗は慣れた様子で列を整理しだした。
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