第9話 試験的運用交際

 六月下旬の休日、僕は自室で液タブに向かってイラストを描いていた。

 描いているのは去年流行したメタルギアード・レクイエムのマルスユニオンのセラ・ヴェルナ大尉である。

 メタルギアード・レクイエムは百年後の未来で地球連邦政府に独立戦争を挑んだ火星独立政府の戦いを描いたSFアニメである。

 メタルギアードと呼ばれる戦闘ロボットがかっこよく、重厚なストーリーと美しくも儚いヒロインたちが人気であった。

 セラは黒髪の美少女で火星独立政府の特殊部隊マルスユニオンに所属するエースイロットだ。マルスユニオンのパイロットスーツはぴったりとしたデザインが特徴的で体のラインがはっきりわかる。もちろんセラもそのパイロットスーツを着ていて、叡智な紳士のファンも多い。

 僕もこのアニメではセラが好きだ。勝ち気で負けず嫌いな性格が良い。

 ある程度、セラを描いた僕はお昼を食べることにした。買い置きしていた袋麺をあけることにした。

 具材は玉子と冷凍ほうれん草だ。

 醤油味のインスタントラーメンを食べているとスマートフォンが通知を知らせる。

 どうやらラインの通知だ。

 理央からのメッセージであった。

 先ほどまでセラを描いていたから、頭のなかでぴちぴちのパイロットスーツを着た理央が浮かんでくる。

 理央はコスプレが趣味なのであのパイロットスーツもたのんだら着てくれるだろうか。


「今日の夜、空いてる?」

 理央からのメッセージだ。

 スマートフォンの手帳機能を使うまでもなく空いている。

「空いてる」

 と返信のメッセージを送る。

「サイゼリア行かない?」

 理央からの食事の誘いだった。 

 サイゼリアは僕が一番好きなファミレスだ。特にミートドリアが美味い。最近行ってなかったからひさしぶりに行きたい。

 僕はいいよと返信する。セラが頭の上で大きく手で丸を作っているスタンプを送る。

「あらセラじゃない。悠真君セラ派なんだ」

 理央からメッセージが続く。

 理央は?ときいてみる。

「私はイオかな。名前似てるし」 

 理央から即メッセージが返って来る。

 イオは主人公の神崎レイジに味方する謎の銀髪美少女だ。メタルギアード・レクイエムのファンの間ではイオ派かセラ派かで放送終了から一年たった今でも不毛な争いが続いている。

「じゃあ三津沢イオに改名するwww?」

我ながらくだらないメッセージを送ってしまった。

「やだ受ける」

 理央の返信は速い。今は休憩中なのか。

 こんなくだらないメッセージのやりとりなのにたまらなく楽しい。

 このあと何回かメタルギアのやりとりをし、僕たちは六時に南海難波駅で待ち合わせをすることを約そした。


 お昼のラーメンを食べ終わり、またイラスト作成にとりかかる。自画自賛だがかなりの出来栄えだ。

 実は僕には悩みがある。

 こうして誰かが作り出したキャラクターを描くのは得意中の得意だ。しかしオリジナルのキャラクターを描いたことはない。

 やはりうちの子と呼ぶようなオリジナルのキャラクターがほしい。人のキャラクターはあくまでも他人のものだ。僕だけのオリジナルキャラクターが欲しい。でもいざ描こうと思ったら手が止まる。

 それが僕の前に立ちはだかる壁と言えるだろう。


 夕方になり、僕はシャワーを浴びる。髭を剃り、服を部屋着のスウェットからジャケットとスラックスに着替える。

 鞄に財布、ハンカチ、スマートファン入れて外に出る。理央に誘われなければ今日は一日家にいたな。

 約束の六時前に難波駅についた。

 なんばスカイオ前に理央は立っていた。すらりとした理央の立姿は絵になる。

 スマートフォンで思わず撮りたくなる。

 この日は紺色のスーツスカート姿であった。大人の女性感が溢れている。やはり理央はスーツがよく似合う。

「こんばんは悠真君」 

 当たり前のように理央は腕を絡めてくる。彼女の髪からはふんわりとフルーツの香がする。

 まだ正式には付き合ってはいないけど理央は僕にべたべたと触れる。それがまったく悪い気がしないというのが不思議だ。

「お疲れ様、理央」

 僕たちは腕を組みながら、心斎橋のサイゼリアに向かう。すぐに四人がけの席に案内された。

 僕はミートドリアとほうれん草とベーコンのバター炒めを頼む。理央はミートパスタにチキンステーキを頼んだ。肉食だな。

 海老のサラダはシェアすることにした。

 流石はサイゼリアとばかりに料理はすぐ運ばれてきた。

 理央はお腹が空いていたようでかなりの勢いでミートパスタをたいらげる。よく食べる女だな。

「今めっちゃ食うなと思ったでしょう」

 理央はもぐもぐとパスタを食べながら言う。ずばり言い当てられた。どきりとしてしまう。

「ご要望にお応えしてイタリアプリンも頼むわ」

 理央はスマートファンを操作してプリンを頼む。

 サイゼリアのプリンはイタリア直輸入なのよねと理央が言っていた。

 気になるので僕もイタリアプリンを頼む。ついでにドリンクバーも頼む。

 ある程度料理を食べた僕たちはドリンクバーに向かう。僕はコーラを理央はオレンジジュースを入れた。

 席にもどり、アニメの話をしていたらイタリアプリンが運ばれてきた。

 プリンはしっかりと甘く、カラメルの苦味は良いアクセントだ。

「美味しい」

 僕がいうとでしょうと理央は自慢気に形の良い胸をはる。

「私、サイゼリア好きなのよね」

 理央はプリンを大切そうに食べる。

 僕もサイゼリアは大好きだ。美味しいし、コスパが良い。

「前にここに来たいって言ったら安っぽいって言われたのよね」

 理央は溜め息をつく。

「悠真君とサイゼリアこれてうれしいわ」

 溜め息のあとにこやかに微笑む。理央の笑顔は文句なく可愛い。こんな彼女が欲しいとおもわず思ってしまう。

「ねえ悠真君、私とつきあってみない」

 プリンを食べ終わった理央はきりりとした切れ長の瞳を僕に向ける。

 そうだ。僕たちはつきあうためにマッチングアプリを使って出会ったのだった。

 理央が元いじめっ子だったために忘れていた。

 そう、僕は理央とつきあい、女性への耐性をあげるが目的だった。そして理央をふり、次へのステッカーアップにつなげるのだ。

 これはいわば交際の試験的運用だ。

 だから僕は理央の申し出をうけようと思う。

「うん、つきあおう。理央宜しくね」

「ありがとう悠真君」

 理央は目を潤ませていた。

「サイゼリアで喜ぶ彼女になっちゃった」

 ぺろりと舌をだす理央のおちゃらけた顔を見て、心臓がどくどくと脈打つのを覚えた。


 

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