第7話 目覚めたときに見たものは
僕が目を覚ますとゼロ距離に三津沢理央の綺麗な顔があった。メイクは落とされ、幼い感じのする顔だ。鼻先がふれあい、吐息が頬にあたる、それほどの距離にある。
「今何時?」
目覚めたばかりで思考能力の低下した頭でそれを訊く。
今日が休みで良かった。
「朝六時よ」
三津沢理央は視線を枕元のデジタル時計に向ける。
そうか、けっこう寝ていたんだな。疲れがすっきりとれている。
頭がすっきりすると同時にこの状態に体が熱くなるのを覚えた。
距離をとって寝たはずなのにゼロ距離で抱きつかれている。
長い手は背中にまわされ、すらりと細い足は僕の足にまきつかれている。
三津沢理央の体の柔らかさと温かさを至る所に感じる。冷房のきいた部屋で美人に抱きつかれるのは心地よい。
「せっかく柏木君とホテルに来たのに寝ちゃった。最近残業続きだったのよね」
三津沢理央は、はぁーあとあくびをする。白い歯と喉の奥まで丸見えだ。美人の恥じらいのない行動におかしさを覚える。
「柏木君、なんにもしなかったのね」
わかりやすいほど残念そうな顔を三津沢理央はしている。据え膳というのを食べた方が良かったのだろうか。
三津沢理央は僕の目を見るとくすくすと笑う。切れ長の瞳が糸のように細くなる。
こんな笑い方もするんだと新しい発見だ。
三津沢理央という女子は一緒にいればいるほど新しい発見がある面白い女子だ。
「まあいいわ。寝ちゃった私も悪いんだしね。こうやってるのもけっこう好きよ」
三津沢理央の好きというワードに心臓が鷲掴みされたような痛みを覚える。痛いのに心地よいという不思議な感覚だ。
三津沢理央は上半身だけ起き上がり、ベッドサイドのリモコンをとる。
彼女はテレビの電源をつけた。
三津沢理央の体が離れて寂しい気分になる。
三津沢理央はNETPHOENIXを選択し、アニメを流す。
「せっかくの百インチテレビだから使わないとそんだわ」
三津沢理央は鼻歌を歌う。
テレビから流れるのは
ゲーム原作は駄作が多いというが珍しく面白い。
特にヒロインのアリシアがカジノに潜入する際にバニーガールのコスチュームを着るのが印象深い。
「はーやっぱりアリシアは神だわ」
目をキラキラさせて三津沢理央はテレビ画面を見つめている。
ちらりと真横を見ると浴衣の胸元から浅いながらも存在感のある谷間が見える。
下着をつけていないことに気がついた僕はごくりと生唾を飲む。どうせなら胸の写真も撮っておいたら良かった。いや、さすがにそれはまずいか。
「柏木君はどのキャラが好き?」
深淵の
「僕はやっぱりセリーナかな」
僕の好きなのは作中随一のセクシーキャラで巨乳魔女セリーナだ。ファンの間ではホルスタインウイッチなどと呼ばれている。実はセリーナの薄い本も持っている。
「ああっ分かる。セリーナ可愛いものね。あの牛柄ビキニは衝撃だったわ」
うんうんと三津沢理央は大きく頷く。
セクシーなキャラを好きと言っても気持ち悪がられないのはいいな。
そういえば中学生のときも三津沢理央は一言もキモいなんて言っていなかった。
三津沢理央はビジネスバックからスマートフォンを取り出し、バチバチといじる。
そして僕に画面を見せた。
そこにはブレザーの制服を着た三津沢理央ともう一人背の高いグラマラスな女性が写っている。
この制服は
三津沢理央は銀髪のウィッグを付けていて、頬の横でピースサインをしている。
隣のグラマラスな女性は制服の乳袋が見事だ。
この巨乳の女性のことを知っている。
コスプイヤーでファッションインフルエンサーの
三津沢理央はコスプレするんだ。あっ思いだした。マッチングアプリのプロフィールに趣味はコスプレと書いていた。
「これ冬のコミックカーニバルのときの画像なの。如月花蓮さんと併せしたんだよ」
自慢気に三津沢理央はソフトボールサイズの胸をはる。先端が見えそうで見えないのがもどかしい。
「三津沢って如月花蓮と知り合いなの」
視線を胸元からどうにか外して僕は訊く。
如月花蓮はオタクの間で有名人だ。
ごくたまに地上波のテレビに出たりもしている。
「そうなの。高校のときの先輩なのよね」
三津沢理央はスマートフォンの画面をスライドさせていくつかのコスプレ写真を見せてくれた。どれもこれも魅力的な画像だ。
思わずコスプレイベントで三津沢理央の写真をとる自分を想像してしまう。夢にまで見たデートプランの一つだ。
「ねえ、柏木君。私のこと三津沢じゃなくて理央って呼んでよ」
スマートフォンをベッドサイドに置き、三津沢理央はこちらを見る。顔をセロ距離まで近づける。
ぴったりともちもち肌の頬をつけてくる。
「髭じょりじょりするね」
それでも三津沢理央は頰をこすりつけるのをやめない。女子の肌はこんなにももちもちで柔らかで気持ちいいのか。これも新たなる発見だ。これはまるでつきたてのお餅だ。
「り、り、理央……」
僕は言った。
女子を下の名前で呼ぶなんて妹にしかしたことがない。緊張しすぎて声が裏返る。
「ありがとう悠真」
理央も僕を下の名前で呼ぶ。距離が縮まり、他人ではなくなった気がする。
このあと、
理央は着替えを見ていいと言ったが背中をむけてみないようにした。
そんな僕を見て、理央はくすくすと笑う。
理央はノーメイクながらきりっとしたパンツスーツ姿に戻っていた。ノーメイクの幼さにきりっとしたパンツスーツ姿のアンバランスさが可愛いらしさを際だたせる。
僕も服を着替える。そしてホテルを後にした。
近くの早朝から空いているカフェチェーン店でモーニングをとり、それぞれの家に帰宅した。
「悠真、またホテルいこうね♡♡」
別れ際に理央は僕の耳元でそう囁き、駅の改札口に入る。くるりと振り返り、手を振る。
僕も手を振る。
理央は地下鉄の構内に降りていった。
僕の鼓膜にはホテルの文字がこびりついて離れなかった。
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