第5話 いじめっ子はへべれけになる

 映画「聖奏少女アルマ・リリス」の感想は素晴らしいにつきた。作画、音楽、声優の演技どれをとっても一流のクオリティだ。九十分という短い時間であったが濃密な体験だった。

 特に東雲和奏が敵の幻魔に食われるシーンではシアター内に悲鳴が上がるほどだ。あれは地上波でもおなじみのシーンであっが、映画館の大画面でみると迫力が段違いだ。

 隣の三津沢理央もそのシーンになると僕の手を強く握っていた。

 ラストにはなんと初代の聖奏少女ジャンヌ・ダルクの登場には文字通り歓声があがった。

 

 映画が終わり、テーマ曲の富士宮林檎ふじみやりんごの「聖なる奏で」が流れると隣からすすり泣きの声が聞こえる。

 三津沢理央はすすり泣いていた。たしかに感動的なストーリーだったが、アニメを見て泣くとは正直意外だった。彼女の気の強そうな容貌からは思いもよらないことであった。

 僕たちは立ち上がり、シアターを出る。

「やばいわ、涙でメイク崩れちゃった」

 三津沢理央はハンカチで涙を拭うとトイレに駆け込んだ。メイクのとれた彼女の顔は思ったよりりも幼くてはからずもギャップがあって萌えてしまう。


 トイレから出てきた三津沢理央はもとの凛とした表情に戻っている。こっちもいいがあの幼い顔も良いなと思ってしまう。

「お腹すいたね」

 三津沢理央は僕の手を握る。柔らかくて温かくて、すべすべしていて気持ちいい。

 まだ付き合ってもいないのに手をつながれている。だけど手を離せない自分がいる。

 たしかに三津沢理央の言う通り、お腹が空いている。スマートウォッチをみると午後八時前だ。お腹も空いているはずだ。

「どこか食べに行く?」

 僕が訊くと三津沢理央は笑顔で頷く。

 くやしいかなこいつの笑顔は近畿で一番可愛い。

 中二のときにあんな事をした相手なのにそう思ってしまう。

 いやだからこそ、こいつを使って僕は女性経験をつみ次のステップアップにつなけるのだ。


 お腹の空いた僕たちは心斎橋商店街にある居酒屋チェーン店「和泉の屋」に入る。

 いらっしゃいませと元気な女性店員の声で迎えられる。

 運良くテーブル席が空いていたのでそこに案内してもらう。

 三津沢理央はメニュー表を真剣な顔で見つめている。

「柏木君ってお酒呑めるの?」

 と聞かれたので僕は首を横に振る。

 アルコールにはめっぽう弱くてコップ一杯でダウンしてしまう。アルコールの入っているケーキも食べられないほどだ。

 もしかして、お酒を呑めない男なんてだらしないと悪口でもいわれるかと思っていたら、そんなことはなかった。

「じゃあ私だけいただくわね」

 そう言うとで三津沢理央はジョッキの生ビールを頼んだ。僕はコーラを頼む。

 コーラはなんにでも合う万能飲料だ。

 料理はだし巻き玉子、チキン南蛮、コーンバター、シーザサラダ、焼きおにぎりを注文した。

 頼みすぎたかなと思ったけど腹ペコの僕たちにはそんなことはなかった。

  

「あそこでシリーズ最初の聖奏少女ジャンヌ・ダルクがあらわれるとは思わなかったわ」

 ビールをぐびぐびと飲みながら、三津沢理央は映画の感想を語る。

「そうだね。初代の声優さん、今じゃベテランなのに声全然変わってなかった」

 僕も思ったことを伝える。こうしてアニメの感想を言い合えるのは楽しい。今までは一人で感想を持て余すしかなかった。

 たまに白石澪にいうけど彼女はへえそうなんですねぐらいしか言わない。

 こうして同じ目線で語り合える相手がいるなんて。

 料理を堪能しつつ、僕たちはアニメやマンガの話に花を咲かせた。

 三津沢理央が四杯目のレモンサワーを空にしてからだんだんと様子がおかしくなってきた。

「柏木君は彼女がコスプレしてたらどう思いますか?」

 目のまわりを赤くしながら、涙目で三津沢理央は僕に問う。きっとアルコールのせいで顔が赤いのだろう。それが妙に色っぽい。

「えっと良いんじゃないかな。趣味は人それぞれだし」

 僕は答える。

 僕もイラストを趣味にしているので人のことをとやかく言うつもりはない。個人的には法律に触れなければ良いというのが僕の考えだ。

「だよね~。前の彼氏がさ、結婚するならオタク趣味捨てろっていうのよ。だからあいつのこと捨ててやったの」

 きゃははっと三津沢理央は聞いたことのないかん高い声で笑う。

 前の彼氏に結婚というワードが出たとき、僕の肺にぴりついた痛みを覚えた。 

 三津沢理央は僕と同い年の二十八歳だ。元彼もいれば結婚を視野にいれたこともあるだろう。

 理性では分かっていてもどうにも落ち着かない。

 いや、三津沢理央に元彼がいたから何だと言うんだ。やつは僕にひどい記憶を植えつけた相手だ。

 僕の女性経験への踏み台にしてやるんだ。だから彼女の過去なんてどうでも良いではないか。


「そ、そうなんだ」

 僕は相づちをうつ。

「やっぱりさ、一緒にいるならお互いの大事なものは大切にしないとね」

 三津沢理央は五杯目の梅酒を飲み干していた。

 いやいや、おまえは十四年前に僕のイラストをやぶいたグループのリーダーじゃないか。

 と僕が思ったと同時に三津沢理央はポロポロと泣き出した。

「ごめんね、柏木君。あのとき私止められなかったの。私、こんな顔だから気が強いふうに見られてたけど友だちの顔色をいつもうかがってたの。あのグループから追い出されたらどうしようって。本当は詩織や紗耶香のこと止めなくちゃいけなかったのに……」

 嗚咽交じりに泣き出す。

 三津沢理央はせっかくの綺麗な顔をぐちゃぐちゃにして泣いている。

 うーん、確かに直接イラストを破いたのは椎名詩織でゴミ箱に捨ててのは田村紗耶香だ。三津沢理央は直接は何もしていない。とはいえ見てただけでも同罪だ。

 しかしながら、こんなに泣かれてはそれを責める気にはなれない。 

 僕は鞄からハンカチを取り出し、それを三津沢理央に手渡す。彼女はちーんと鼻をかむ。僕のハンカチは三津沢理央の涙と鼻水でびちゃびちゃだ。

「ごめんなさいね柏木君」

 三津沢理央は尚も謝る。

 こんなに素直に謝られたら、それを責める気は失せる。

「と、とりあえず出ようか」

 店中の注目になってしまったので僕は三津沢理央を立たせて、会計を済ませた。

 店を出ると千鳥足の三津沢理央は僕に抱きついてきた。

 酔っているためか彼女の体は温かい。それに思ったより華奢だ。ふんわりと髪の毛からはフルーツの香りがする。

「ねえ、私酔っちゃったわ。こんなんじゃ帰れない。柏木君どこかで休みましょうよ」

 三津沢理央は僕に抱きついて、耳もとで囁いた。

 

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