第2話 森に潜むナニカ
鬱蒼と茂る森の中を真白とレティシアは進んでいた。今は日中だろう、太陽の光が木々の隙間からうっすらと差し込まれている。
地図もなく、どっちが出口なのかもわからないまま彷徨っていた。真白は表情には出ていないものの、少しずつ焦り始めていた。この森に来てからかれこれ3時間は経つ。日の光が差し込まれる量が多いところを目指しているが、どこも暗く、迷路のように真白を閉じ込めていた。
更に、あちこちにある茨の棘が真白の素肌にチクチク刺さる。棘のある植物といえば花の薔薇を連想させるが、そんなものはどこにも見当たらない。ただ無数に生えている茨が不気味さを煽っていた。
おまけに――。
「ねぇ、こっちさっきも来たんじゃない? 戻っているように感じるけど」
「わたしだって好きでこんなことやっているんじゃないんです。少し黙っていてください」
苛立たしげに真白は返答する。元々1人で旅をするはずだったのに! さっきからレティシアに絡まれて真白は落ち着かなかった。
「じゃあ話を変えようか。さっきの技さ、すごく良かったよ! 白い月のような斬撃がまるで獲物を狩る狼のように見えたからさ」
「ありがとうございます」
「技名は天狼月牙とかどう!? めちゃ良くない?」
「そうですね」
脱出に集中したい真白はレティシアの話を適当に聞き流していた。ぶーという不貞腐れた声が聞こえたが無視した。
そうして歩いていると突然、開けた場所に出た。今までの鬱蒼な場所とは異なり、日の光もよく通っている為か、雰囲気が明るく感じた。近くには湧き水があり、喉が渇いていた真白は一目散に駆け寄り、両手で水を掬い飲んだ。
水を飲んで思考が落ち着いたからか、冷静に辺りを見回す。すると、少し先に人が倒れているのを見つけ、駆け寄った。
「あ、あの。大丈夫ですか?」
倒れていたのは3人。1人は青髪をサイドテールで纏めた、同い年くらいの女の子だ。着ている服装が上品で、どこかの貴族の人なのかと連想した。恐る恐る声をかけてみるが返事はない。首筋に手を当ててみる。脈はあり、ただ気絶しているだけのようだった。
残りの2人は白い甲冑を纏った男性だ。どちらも折れた剣を握ったまま倒れている。胸部が何かによって貫かれたのが死因なのか、こちらは2人とも既に事切れていた。
真白は青髪の少女を抱き起こすと、先程の湧き水を少しだけ飲ませた。
「この子……まだ息がある。どこかで休ませないと」
「それなら、あの小屋とかどうかな?」
レティシアが言う方角に顔を向けると、小さなボロい小屋が見えた。少なくとも、ここに置きっぱなしにするよりはマシだろうと、真白は少女を抱えて歩き出した。
小屋は全体的に灰色にくすんでいた。あちこちに蜘蛛の巣が張っており、窓ガラスも割れていた。建て付けの悪い扉を強引に開けると、ずっと使われていないのか、埃まみれだった。思わず咳き込んだ真白やこれから休ませる少女の健康を気の毒に思ったのか、レティシアが小規模の風属性の魔術を出してあっという間に埃を外に出して換気した。
室内を見まわし、置かれてあったベッドに寝かせる。バッグから癒しのポーションを出して少女に振りかけると、苦痛の表情が段々と和らいでいった。
「よかった。もう落ち着いたみたい」
「凄いポーションだねぇ。……この人、多分ヴェネリア王国の人じゃないかな。この服、見覚えある。真白はこの人のこと知ってるの?」
「ここに来たばかりのわたしが知るわけないじゃないですか」
だよねぇ、と溢すレティシアを尻目に、小屋の中を見回す。たまたま小屋があって良かった。魔物が出る森で意識のない少女を守りながらの脱出なんてできるか不安だった。室内のボロさ的に誰かが昔使っていたのかな? と真白は推察した。ベッド近くのテーブルには写真立てが飾られており、若い男女が仲睦まじく写っていた。右下には”カイン&ローズ”と綴られていた。ベッドや机は1つしかない。ということは、男性か女性どちらかのものだろうか?
そこまで考えたところで、ふと他の死んでいる2人の男性も気になった。眠り続けている少女を一瞥し、外に出る。
「どうしたのさ急に」
「見たところ、騎士さんが2人もいたのにどうしてやられていたのかが気になったのです」
死体の傍に寄り、注意深く観察してみる。さっきは気にならなかったが、全身の各所に細かい傷が見られた。この傷に真白は見覚えがあった。茨の棘だ! しかも、それは真白のものよりも大きかった。ということは、棘を持ったナニカが近くにいるということなのか?
そこまで考えて、ゾッとした。真白の頭の中で警鐘が鳴り響いている。すかさず槍を構え、周囲を警戒する。
「どうしたの? 魔物の気配なんて感じないけど」
「しっ! 静かにしてください」
のんきな声を上げるレティシアを黙らせる。死体はまだ温かかった。ということは死んでまだ経っていない。敵はまだ近くにいる可能性がある! 槍を構える手が震えるのを、ぐっと力を入れて……あれ?
真白は視界が渦のように歪むのを感じた。額から脂汗が止まらない。膝はがくがくしていて立っているのもしんどかった。
まさか……毒!? それとも神経に作用するなにかが……。
もう意識を保つのも限界だった。レティシアの叫ぶ声がどこか遠い出来事のようだと感じながら、意識を手放した。
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