第3話 新たな家
エリィーの車に乗ってから数時間が経った。蒼天だった空は徐々に黄昏色に変わり、そして星たちの光と無限に続く闇に覆われた。
後部座席に座っている真白は窓を覆うカーテンの隙間からずっと外の景色を眺めていた。久しぶりの風景に魅入っていたのだ。カーテンに覆われているのは真白が人外であり、普通の人に見られたら大騒ぎとなるからだと、エリィーに言われたからだ。
真白はふと運転席に座っているエリィーに目をやる。ルドルフの使い魔と聞いたが、その姿はどこからどう見ても普通の人間だ。視線を感じたのか、エリィーが口を開いた。
「気になりますか? 私が普通の人間に見えることが」
「あっ、いえ……」
「遠慮しなくていいのですよ。貴方からしたら、知りたいことが多いと思いますもの」
バックミラー越しにフッと笑うのが見えた。おずおずと話しかける。
「エリィーさんは、ルドルフさんの使い魔って言っていましたけど……どう見ても普通の人間だなって思って」
「確かに使い魔ですが、元人間から使い魔になった。というのが正しいですね。昔、瀕死の重傷を負ったときに、あの人に魔力を与えられ命を救われたのです。それ以来、契約を交わして使い魔としてあの人のもとで働いているのです」
「でも、その割には扱いが……」
「いいのですよ」とエリィーはくっと笑った。
「あの人はなんだかんだ、そういう扱いを受けるのが好きみたい」
そういうものなのか、と真白には理解できなかった。そうこうしているうちに、また眠気がやってきた。
「到着までまだまだ時間がかかります。しばしお眠りになられたらいかがでしょうか」
「……そうします」
大人の女性が相手だからか、安心感に包まれ、あっという間に眠りに落ちた――。
* * *
「――さん。真白さん、起きてください」
「ん……」
エリィーからの呼びかけで真白は目を覚ました。気が付けば朝になっていた。目をこすり、腕を目一杯伸ばす。教会の医務室よりは寝ていないが、安心感が段違いだったのか、よく熟睡できた。
車のドアを開けてもらい、外に出ると、あたり一面草原だった。その先には白く大きな山脈が連なっている。麓から川が近くまで続いており、水の流れの音が心地よかった。
後ろを見ると、大き目な一軒家が立っていた。二階建ての古めかしい木造建築の玄関には『孤児院:アーラヴァローネ』と書かれている。
「着きました。ここが、あなたがこれから暮らす場所です」
エリィーがドア横のベルを鳴らす。すると中から「はぁーい!」とバタバタ走る音が聞こえた。
ドアが開かれ、恰幅の良い、中年の女性が現れた。
「マーガレット様。こちらがお話していた真白様です」
「あらあらぁ! あなたが真白ちゃんね。会えるのを楽しみにしていたわ」
女性は真白を見て笑顔を向けてくれた。純粋な笑顔が眩しくて真白は少し目を背けた。
そんな様子を見て、マーガレットはしゃがんで目線を真白に合わせてくれた。
「私はマーガレット・エインズワースよ。ここの孤児院の院長をしているわ。気軽にメグって呼んでね」
「真白……です」
おずおずと自己紹介する。にこにこしているマーガレットは全てを包み込んでくれる天使のようだ。
「それではマーガレット様。私はこれで失礼いたします」
「いーえ。わざわざ遠いところからありがとうね。さ、真白ちゃん、中へ案内するわ」
「あ……はい。エリィーさん、ありがとうございました」
立ち去ろうとするエリィーに頭を下げた。エリィーはフッと微笑むと車に乗り込み、来た道を引き返していった。
マーガレットに案内され、孤児院の中に入る。
「ここが玄関で、奥にまっすぐ進むとリビングとダイニングがあるわ。左に共用のバスルームがあって、反対側がみんなの遊び場があるわ。二階はみんなの寝室よ、部屋は個室で、真白ちゃんの部屋も昨日みんなで大掃除したから綺麗よ安心してちょうだい!」
新しい住人が来たことに興奮しているのだろう、マーガレットが矢継ぎ早に色んな場所を案内してくれた。真白はついていくので精一杯だった。
「あらごめんなさい。私ったら、つい嬉しくってはしゃいじゃったわ」
「……あの、みんなっていうのは」
そこまで話しかけたところで、一階の玄関のドアが勢いよく開かれた。
「メグー! 川から水汲んできたぜ」
「ありがとう! 今そっちに行くわ。真白ちゃん、ここで暮らす他の子を紹介するわ! 一緒においで」
下にいる子へ大声で返事すると、真白を連れて1階へ降りた。
玄関には先ほど大声で話しかけた大きな体型の少年、その後ろにはそれぞれ明るく頼りになりそうな金髪の少年、その金髪の少年の後ろに隠れている小柄な少年、その隣に三つ編みの少女が立っていた。
「みんな、水汲みありがとう。紹介するわ、今日からここでみんなと一緒に暮らす真白ちゃんよ」
「真白……です。よろしくお願いします」
おずおずと頭を下げる。他の子と一緒になるのはものすごく久しぶりだ。真白は緊張していた。
そんな中、金髪の少年が明るい笑顔で挨拶した。
「よろしく、真白ちゃん! 自己紹介するよ、俺はアルバート、十一歳。こっちのちび助がジジで八歳、三つ編みの子がエレナで九歳。んで、このでかいのがヘンリー、十歳だ」
「よ、よろしく真白さん……」
「よろしくね真白ちゃん。女子は私しかいなかったから、会えるのを楽しみにしていたわ!」
ジジとエレナがそれぞれ挨拶してくれた。特にエレナは同年代の女の子が来てくれたからか、優しく接してくれた。
だがヘンリーだけは無言でそっぽを向いている。真白は直感的に好かれていないのかなと感じた。
「おいヘンリー、挨拶くらいしろよ」
アルバートがヘンリーを突っつく。だがヘンリーは真白に向かって一言。
「ブーーース!」
それだけ吐くと靴を脱いで奥のダイニングへ走っていった。ジジ以外の面々が「ヘンリー!」とたしなめるが気にしていない様子だった。
最悪の出会いに真白は深いため息をついた。
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