第5話「呪われし愛の鎖」
【前回までのあらすじ】
沖田総司の墓参りに向かった桐人は、公園で虚ろな目をした男たちに襲われる。そこに現れたのは、赤い悪魔コスプレのマヤだった。
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「おう、奇遇だな。お姉さん」
俺は軽口を叩きながら、状況を把握した。
(このグランドキャニオンの赤い悪魔、無関係じゃねえな。むしろボスか)
虚ろな目をした男たちの動きがピタリと止まったのを見て、俺は確信した。
大体、深夜の公園でおじさんに絡まれてるところに、女が一人で現れるのがおかしい。
「気がついたら、パーティーから消えているんだもの。ひどいじゃない」
マヤが妖艶に微笑む。
月明かりに照らされた赤い髪が、まるで血のように見えた。
「今夜の私のお供はあなたって決めていたのに」
「それは光栄ですね。俺もお姉さんのグランドキャニオン並みの谷間には視線を持っていかれてましたよ」
俺は軽口を叩きながら、逃走ルートを探る。
「でも門限があるので今日は失礼します」
「何? そのグランドキャニオンって」
マヤが大声で笑った。
品のない笑い方が、さっきまでの上品な雰囲気と真逆だ。
「お姉さん、その笑い方下品ですよ」
「あら、失礼。美味しそうなチェリーボーイが目の前にいるから、つい本性が出ちゃった」
マヤの瞳が一瞬、赤く光った。
* * *
その瞬間、マヤがとんでもない速さで踏み込んできた。
(速い!)
俺は左足を素早く半歩引いて、紙一重で躱した。
が、マヤの指先が俺の腕を掠めた。
バチッ!
「痛っ!」
滑り台で溜まった静電気が走る。
「お姉さん、『今の俺に触れると感電するぜ』、てか」
「あら、私の踏み込みを躱すなんて…」
マヤの表情が一変した。
さっきまでの妖艶な笑みが消え、獰猛な獣のような顔になる。
「でも、まだ全然本気じゃないのよ」
ドスの効いた低い声で威嚇してくる。
「お姉さん、素が出ちゃってますよ。そんな怖い顔、キャラ崩壊です」
俺が軽口を叩いている間も、マヤは左右の手を鞭のようにしならせて襲いかかってくる。
スピードが段違いだ。
(躱すのは何とかなるけど、反撃の糸口がねえ)
こんなことなら、さくらの爺さんに投げ技でも教わっておくべきだった。
「ちょこまかちょこまかと、本当にすばしっこいわね!」
マヤが苛立ちを隠さない。
突然、攻撃パターンが変わった。
今までの直線的な動きから、蛇のようにうねる軌道で襲いかかってくる。
(なんだこの動き!? 予測できねえ!)
俺は必死でバックステップを踏むが、公園のロボット装飾や滑り台の支柱が邪魔で思うように動けない。
複合遊具の階段、手すり、滑り台の連結部分————
逃げ場がどんどん狭くなっていく。
「逃げ場を失くしていくのも狩りの楽しみよ」
マヤが不気味に微笑む。
その時、横から青いジャージの男が無表情のまま俺の退路を塞いだ。
(まずい、挟み撃ちか)
俺は滑り台の手すりを掴んで、体操選手のように身体を回転させて逃れようとした。
しかし着地の瞬間————
ピアスだらけの男が足を引っ掛けてきた。
「うおっ!」
バランスを崩した瞬間に、マヤが牙を剥いて襲いかかる。
間一髪で横に転がって逃れたが、マヤの爪が俺のシャツを掠めた。
シュッ!
鋭い音と共に、袖が裂ける。
(爪まで武器かよ! もう人間じゃねえな)
「いい加減観念しなさい。最初だけチクっと痛いけど、その後はとぉーっても気持ちいいわよ♪」
マヤの攻撃速度が徐々に上がっていく。
俺の呼吸が荒くなってきた。
(やべえ、体力が……)
いくら動体視力が良く、体裁きを身に付けていても、身体は虚弱体質のままだ。
汗が目に入って視界がぼやける。
(このままじゃジリ貧だ)
その時、さっき倒れていたスーツのおじさんが地面から俺の足首を掴もうとしてきた。
(周辺視野で捉えてるぜ)
さっと躱したが、その一瞬の隙にマヤが目の前に迫っていた。
「もう逃げられないわよ」
マヤの瞳が妖しく輝く。
俺は本能的に危険を感じて、全力で後ろに飛び退いた。
が、着地した場所は————
操られた男たち三人に完全に囲まれていた。
前にマヤ、後ろと左右に男たち。
(完全に詰んだ……)
「ふふ、本当に手を焼かせてくれたわね」
マヤが勝利を確信した笑みを浮かべた。
そして突然、声質が変わった。
まるで別人のような、呪術的な響きを帯びた声で————
「『愚かで愛しい獲物よ……汝はもう、我がもの』」
(なんだこれ? 呪文か?)
マヤが両手を広げて、詠唱を始めた。
「『拒むことなど叶わぬ。血が求め、魂が渇望する————』」
空気が震える。
甘い香りが漂い、マヤの周りに赤い霧のようなものが立ち込め始めた。
「『ならば、抗う理由などないでしょう?』」
「『この呪われし愛の鎖が、汝を永遠に縛るであろう』」
マヤの周りの赤い霧のようなものが立ち込め始めた。
「『呪われし愛の鎖(カースド・エンブレイス)!』」
* * *
呪文が完成した瞬間、赤い霧が深まり、濃厚な甘い香りが俺を包み込んだ。
(なんだこれ……身体が……)
急激に力が抜けていく。
膝から崩れ落ちて、その場に座り込んでしまった。
指一本動かせない。
マヤがゆっくりと近づいてくる。
カツン、カツンと靴音が響く。
「ふふ、やっと大人しくなったわね」
マヤは俺の前にしゃがみ込むと、両腕を俺の脇に入れて————
まるで子供を抱き上げるように、軽々と持ち上げた。
「お姉さん、めっちゃ力持ちっすね」
動かない身体で、俺は必死に軽口を叩く。
「あの、メキシコ系のハリウッド女優に似てるって言われません?」
マヤは俺の減らず口を完全に無視して、恍惚とした表情を浮かべている。
俺の首筋に顔を近づけて、深く息を吸い込んだ。
「ああ……とっても美味しそうな血の匂い。もう我慢できない」
マヤが口を開いた。
八重歯が————
(え?)
みるみるうちに伸びていく。
2センチ、3センチ、4センチ————
完全に牙だ。
(マジで吸血鬼じゃねえか!)
逃げたくても身体が動かない。
頭も朦朧としてきた。
「あの、俺の血より、そこの糖尿病っぽいおじさんの方が甘いんじゃないですかね」
最後の抵抗も虚しく、マヤは恍惚とした表情で俺の首筋に牙を近づけてきた。
鋭い牙の先端が、肌に触れる寸前————
俺は恐怖で目を閉じた。
その瞬間。
ドゴォォォン!!
轟音と共に、すさまじい衝撃が俺を襲った。
マヤの腕から放り出された俺は、2メートルほど吹っ飛んで地面に叩きつけられた。
「ぐはっ!」
背中と腰を強打する。
「痛ってええええ!」
しかし、その激痛のおかげで朦朧とした意識がはっきりしてきた。
呪文の効果が薄れたのか、指先に感覚が戻ってくる。
視界の中に、白いマスクが見えた。
タキシードを着た男が、優雅に右手を差し出している。
「危ないところだったね。えーっと……桐人君だったかな」
「あ、タキシードマスクじゃなくて、吉井さんでしたよね」
俺は差し出された手を掴んで立ち上がった。
月明かりに照らされた吉井の姿は、まるでアニメのヒーローのように絵になっていた。
【次回予告】
吉井に救われた桐人は、ついに光の剣を手にする。青い光を放つ神秘的な武器で、吸血鬼マヤとの最終決戦に挑む。そして戦いの中で、桐人は自分の両親の死に隠された真実の片鱗に気づき始める。
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