第5話 将軍の旅路、心の輝きを求めて

徳川家泰いえやすの治世が終わり、日本は平和で繁栄した時代を迎えていた。科学技術は驚異的な発展を遂げ、人々の生活は豊かになった。世界でも稀に見る平和な超大国として、日本は尊敬を集めていた。


第17代将軍、徳川家信いえのぶ。祖父である家泰いえやすからその力と、そして何よりも「人々の心を信じる」という教えを受け継いでいた。彼の治世は、大きな争いもなく、平穏そのものだった。しかし、家信いえのぶには、ある大きな課題があった。


それは、「人々の心の奥底に潜む、見えない争いの種」。


平和が長く続いたことで、人々は次第に退屈さを感じ、娯楽や快楽を求めるようになっていた。その裏側で、社会の歪みが少しずつ生まれ始めていた。貧富の差、孤立する人々、そして、心の闇に囚われる者たち。


家信いえのぶは、その圧倒的な力で、瞬時に貧困をなくし、孤立する人々を救うことはできた。しかし、彼は祖父や父の教えを忠実に守っていた。


「力で解決してはならぬ。人々の心を、もう一度奮い立たせなければならない」


彼は、将軍の座を離れ、一人の若者として、日本の各地を旅することを決意する。



家信いえのぶは、旅の途中、ある地方の小さな町で、ヒデキという名の若者と出会う。ヒデキは、夢も希望もなく、毎日をただ漠然と生きていた。彼は、高度に発展した社会の中で、自分の存在価値を見いだせずにいた。


「どうせ俺なんか、いてもいなくても変わらねえ…」


ヒデキは、そう言って、街の片隅で一人、項垂れていた。家信いえのぶはそんなヒデキに、静かに語りかける。


「…そんなことはない。あなたには人のためになる、大切な役割があるはずだ」


ヒデキは家信いえのぶの言葉に、反発した。


「俺には、そんなものねえよ!将軍様みたいな超天才には絶対に分からねえ!」


家信いえのぶはヒデキの心の叫びに、静かに耳を傾けた。そして自らの力を、ほんの少しだけ、ヒデキに見せた。


家信いえのぶの手から放たれた光が、ヒデキの目の前に、美しい桜の花を咲かせた。真冬の寒空の下、ありえない光景だった。ヒデキは、驚きと、そして感動で、言葉を失った。


「私の力で咲かせた。だが、これを見て心に湧き上がったもの、それはあなた自身のものだ」


家信いえのぶは、ヒデキの胸に手をかざした。すると、ヒデキの胸から、ほんの小さな、だが温かい光が放たれた。それは、ヒデキがこれまで無意識に誰かを助けようとした、その心の輝きだった。


「…これは…俺の…」


ヒデキは、自分の心の中に、こんなにも温かい光があったことに、初めて気づいた。


家信いえのぶは腰にたずえていた木刀の一本をヒデキに差し出す。


「木刀?」


「武士道は、心身を鍛え己の能力と心を知ることから始める。何が正しいかなど、最初は誰もわからない。きっと何かを見つけるきっかけになる。それを共に探してみないか?」


「…わかった。手加減しろよ」


ヒデキは、その木刀を受け取った。



家信いえのぶは、旅の中で出会ったヒデキのような若者たちを、次々と救っていった。彼は、彼らに力を与えるのではなく、彼ら自身の心の奥に眠る、それぞれの光を呼び覚ます手助けをした。


そして、将軍の座に戻った家信いえのぶは、一つの計画を打ち出した。それは、「人々の心に寄り添う新しい教育」の創設だった。


「私たちは、力によって平和を築いた。だが、これからは、心によって平和を維持しなければならない」


家信いえのぶの言葉は、人々の心に深く響いた。ヒデキは、家信いえのぶの計画に賛同し、自らも教育者として、次世代の若者たちに自分の経験を語り始めた。


こうして徳川の世は、力による支配から、心の力による共生へと、その形を変えていった。


その力と志が次の将軍に受け継がれる世で、日本全体を巻き込む大きな事件が起ころうとは、まだ誰も知る由もなかった。


次回『完璧な世界、不完全な心』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る