第12話「手のひらの達成感」

「……おお」


光帳に映る、0Pになった結晶ポイント。

夜空には、音のない花火の映像。


そして、その下には――


《使用可能スキル:オルビネス》


「……やった、んだな」


思わず声が漏れる。

光帳の表示を何度も見返しながら、拳を握りしめた。


「苦節三日……。長く、苦しい戦いでしたね。私も嬉しいです」


「俺、けっこう頑張ったんだから、ちゃんと褒めてほしいんだけど?」


ザズの変わらない声に、苦笑する。


たかが三日。されど三日。

睡眠を削って、夜中にひたすら結晶を拾い続けた。


正直、最後のポイントをスキルと交換する瞬間、手が震えていたくらいだ。


ザズが前に言っていたFP100ってのは、単なる目安だったらしい。

結晶ポイントがそれくらいに到達すれば、このスキル――≪オルビネス≫と交換できる、ということだった。


俺は、その三日分すべてをつぎ込んで、ついに手に入れた。


「悠真さんが選んで、動いた結果です。お疲れさまでした」


小さく、けれど確かに労われたことが、じんわりと沁みてくる。


指先が、まだ少し震えていた。


「で……これってどうやって使うんだ?あんまり怪しまれないようにできるのかな」


ザズは、なんでもないように答えた。


「急ぎすぎれば不自然です。小さく、少しずつ、積み上げましょう」


※ ※ ※


結果は、驚くほど静かに現れた。


「なんか、今日は早く着いたね?」


ティナさんが、結晶の荷下ろしをしながらふと呟く。


「……お? たしかに。いつもより、二十分は早えな」


ダリオさんが答える。


あの日、酒場で大喧嘩して以来、二人はずっと採集効率を上げようと工夫を続けている。

小さな変化にも、すぐに気づいたようだ。


「なんでだろう。これ、いつもの荷車だよね?」


「そうだが……あれか? 途中の穴がふさがってたとこ」


「あー、あったあった。誰かが埋めてくれてたところ。……でも、それだけでこんなに早くなる?」


「わかんねぇが……まぁ、とにかく今は助かるわな」


──おお、これは……思ったより、うまくいっちゃってる!


っていうか、ザズの言ってた通りじゃないか。


オルビネスを手に入れた俺は、さっそく道の改善に取りかかった。

一晩かけて、特に段差が酷いところや、穴が開いている場所を補強していったのだ。


ザズ曰く、あからさまな変化は怪しまれやすい。


一方で、ちょっとした変化であれば、大体の人は素直に「ラッキー」と受け取る。

強く突っ込んでくる人なんて、全体の2~3%くらいしかいない──らしい。


塩梅が全然わからなかったから、今回は全部ザズの言う通りにやってみた。


どうやら、完全にハマっていたようだ。


「やばい、なんも考えてなかった。……ザズ、これ、どうすりゃいいんだ?」


まさか昨日の今日で即反応があるとは思わず、わたわたと慌てる。


小声の相談に返ってきたのは、“いい感じに進んでますよ”という顔。


……なんだその顔。


再びザズ曰く、問題はここから──らしい。


目的は、道を整備することじゃない。

採集効率を底上げして、リッテルアさんの“追放”を止めること。


道を直して二十分早くなったところで、二十分早く仕事が終わるだけ。


整備された道を前提に、「なにか工夫できるかも」と誰かが気づいて、初めて本当の効率化が始まる。


どうやら、それには三つの条件があって──

「目に見える変化」「もっとこうできるかもという意識」「発想できる空気」


……ってことだけど、その“空気”って、どうやって作るんだ?


悩んでいると──


「ねえ、だったらさ、もう穴ぼこないなら――ダリオさん、荷車、一人で引けるんじゃない?

私、先に採集所向かって、拾い始めておくから」


ティナさんが、思いついたようにそう言った。


「ん、まあ……行けるかもな。戻りは空荷だし、道がマシならいけるかもな」


なんのことはない。

条件は、とっくに揃っていたようだ。


……すげぇよザズ。


これが、お前が言っていた──文明の進歩の歴史ってやつなのか?


俺なんか、ただねっちょりした液体を手から出せるようになって、それで穴を埋めただけなのに。

それだけで、誰かが動いて、何かが変わっていく。


なんだか……。

ほんの少しだけ、この世界と、ちゃんと繋がれた気がした。


「あの、スキル使わないで荷車押すだけなら……俺も、できます」


思わず、そう口にしていた。


これなら、もっともっといける──。


不思議な気力が、体の奥から湧いてくるようだった。


※ ※ ※


「見てよこの信仰値、やばくない!?」


──数日後。


今日は“ミサ”の日だった。

教会に集まり、皆でアイオーン神へ祈りを捧げる──この町では、それがごく当たり前の日常らしい。


今はその帰り道。

討伐員たちは思い思いに光帳を広げては談笑し、道のあちこちに小さな輪ができていた。


ミサの日は午前休で、午後からまたギルドでの討伐が再開される予定だ。


「道、ホントになめらかになってた。……これがアイオーン様の奇跡か!」

「いま、初めて討伐員って楽しいかもって思ってるわ……!」

「もう一台、荷車増やせないかな!?」


まるで“祭りの後”のような浮かれた空気が、町を包んでいた。


──あの後、ダリオさんたちの工夫はすぐに他のチームにも共有され、

ナクセリ討伐局では“二往復スタイル”が一気にスタンダードになった。


アタリ個体による品質アップに加えて、討伐数まで増えたのだ。

この間の登録初日の空気が嘘みたいに、今やみんな、晴れやかな顔をしている。


……まぁ、ギルドが使う道を全部整えるのは、さすがにしんどかったけど。


みんなの顔を見てると、苦労が報われる気がした。


そんな中、ダリオさんが抑えきれない様子で、光帳を高く掲げて叫んだ。


「なあなあ、聞いたか!? 討伐局から通達出たぞ! 採集評価が、前月比100%アップ! ナクセリ討伐局、大注目だとよ!」


顔はニヤけっぱなし。

昼前の太陽が、彼の禿げ頭でもまぶしく輝いていた。


「うん。『評価を一段上げる』、だってさ」


リッテルアさんは、そんな空気にも流されることなく、事務的に応える。


「それともうひとつ。リッテルアさんの件──“再考”だってよ!」


「おおーっ!」

「やったじゃんリッテルアさん!」


歓声が一斉に上がる。


「よかった……!」


気づいたら、俺も笑ってた。みんなと一緒に。

こらえようなんて思う間もなく、勝手にこぼれてた。


「……あんたたちさ、無理しすぎ。うちは労災とかないんだからね?」


「……あらま、怒られちまったよ!」


みんながどっと笑う。


ダリオさんも頭をかきながら、ちょっと照れくさそうに笑った。


「……でも、ほんと、ありがと。みんな。」


リッテルアさんは、口元を三日月のようにゆるめて、にこりと笑った。


深く深く、深呼吸する。

肩の荷が、どさどさと音を立てて下りたような心地だった。


これで、ようやく、みんな一息つける。


ずいぶん無茶もしたけど、悪くない達成感だと思った。


「悠真ぁ! 昼飯行くぞー!」


「……はーい!」


ダリオさんに呼ばれて、俺は駆け出した。


昼前の空に、太陽が高く、まっすぐな光を落としていた。




その背中を、鋭く射抜く視線があることに、悠真は気づかなかった。


リッテルアの作り笑顔はすでに消え、その瞳は、冷たい水面のように、静まり返っていた。


「≪オルビネス≫……ね。この町に使える人、いなかったはずだけど」


引き結んだ口元から漏れたその言葉は、誰にも届くことはなかった。

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