Ep.1 氷室冴は生まれ変わる
ふと温かな感触を感じた。
寒さなんて全くない、自然と落ち着けるような温もり。けれど何故か視界は暗く、手を伸ばしたくても伸ばせない。何というか、狭い空間にいる感じだ。温もりと、ドクンドクンと鳴る心臓の音だけが聞こえる不思議な感覚。
(俺は死んだんじゃないのか?それとも地獄にでも来たのか?)
考えることはできた。
他にできることはないだろうか。
「奥様、」
どこからか声が聞こえた。
少しくもって聞こえるが、女の声だ。少し息が荒くて、でも感動とかそういう、嬉しそうな声。
その声は段々大きくはっきり聞こえるようになった。
視界が眩しいと少し目を開いた時には、もう普通に聞こえていた。見た感じは数人の看護師っぽい女と、誰かの手を握りながらこちらを涙目で見る男が一人居る。
(なんだこいつら、なんでそんな目で俺を見る)
「奥様、おめでとうございます!産まれましたよ!!」
「あぁ……良かった……良かった」
(産まれた?何が)
「あら?泣きませんね」
「えぇ……」
そう看護師っぽい女と白くて清潔そうなベッドに寝転ぶ女が話した瞬間、脳に声が響いた。
『主よ、そこは泣かなければ』
その低く分厚いような圧迫感のある声を聞くと、そうしなければいけないと思い、泣いた。
オギャーと大きくうるさい泣き声だった。まるで赤ん坊の産声のような。
だが周りの人は何故か喜んだ。
「泣きました!」
「良かったぁ」
(うるさいな。これは一体どうなってんのか?)
『主が産まれたのだ』
また声が聞こえて一つ瞬きした途端、目の前に巨大な蛇のような何かが見えた。
けれど蛇ではない、皮膚にはキラキラと輝く白く美しい鱗が隙間なく並び、水色掛かった銀色の触り心地の良さそうな堂々とした
『まだわからんか。主、冴は生まれ変わった、所謂、転生したのだ』
(……は?)
(つまりお前は俺に加護を与えていた白龍と?)
『ああ、その通りだ』
数日たった頃、とある家族は冴を連れてあの建物、病院を出て大きな一軒家に入った。
入る前から周りの建物も十分に大きかったが、中の庭は広く隅々まで手入れされ、玄関にはスーツを着て銃を持った男が数人立ち、建物、いや、家の中はこんなスペース要らないだろと思うぐらいに広かった。冴は危うく、此処が家なんてたまるかと声に出しかけた。
冴が寝たふりをしていると、高そうな服を着た男女は柵の付いた小さなベッドに冴を寝かし、どこかへ行った。
子供との接触がなく、それに関しての知識は疎い冴でも赤ん坊を一人にするなど警戒が足らないように感じていた。赤ん坊の中身が
声の主はあの美しい龍らしく、色々と話をきいた。どうやら白龍は冴の意識を覗けるらしい。
(なんで俺は転生したんだよ)
『それはわからぬ。加護の付いた者が亡くなった時、極僅かに記憶を持ったまま生まれ変わるという。まさか我も、其方がそれに選ばれるとは思ってもいなかった』
(神に近しい存在もわからないことがあるんだな)
『神に近しいだけであって神ではないからな』
前世でも白龍の加護はあったが今のように話す事なんてできなかった。姿を見ることさえできなかったはず。
(それで、今の俺は誰のなんだ?)
『その体も主の体だ。魂が入れ替わったわけではない』
(そうか。転生、だもんな。名前は?)
『この家の表札には「
(白紙?)
白龍がドアの方をちらりと見ると、何か感じたのか冴を挟んでドアから離れた。長い体を上手く巻いてできるだけ小さくなろうとしているようだが、あまり効果はないように見える。そもそも白龍が見えるのは冴だけだから意味はない。
(なんだ、怖いのか?)
『そんなわけなかろう。向こうから謎の大きな足音が近づいてくるだけだ』
足音?と考える隙もなく、白龍が言う足音が聞こえ始めた。ドタドタと急ぐように向かってくる音は普通の赤ん坊が聞けば泣くだろう。
もう近くだとわかる大きさになると、急に静かになり部屋のドアがゆっくり開いた。
そこからこの体の親である男女が白紙を持って入って来た。
流石に普通の赤ん坊も起きるだろうと冴は目を開ける。
白紙はこちらから見ると裏側でしっかりとは見えないが、太い字で何か書いてあるのがわかる。
「私の可愛い子、貴方の名前が決まったの」
(さっきまで名前を考えてたのか。だったら子供の前で考えればいいものを)
きっと自分たちの初めての子供が生まれて少し興奮して頭が回っていない。
「貴方の名前はりゅうじよ!》」
女が白紙見せた。そこには筆と墨で書かれた達筆な字の、「龍司」と書かれた名前があった。
(龍を司る……これは白龍の加護と関係があるのか?)
冴は少し戸惑った。この女もしかして人の心を読める超能力を持っているのでは、と。
『主も変なことを考えるのだな』
もう氷室冴ではない、夜凪龍司としての第二の人生が始まった。
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