第32話 第五階層

 今日は第五階層挑戦の日である。おそらく未踏破層の挑戦時には絶対に必要になるであろう蜘蛛の糸が一つと、迷子のポーションも念のため人数分用意して各自に持たせた。不足分はザナドゥ商会で買った。あそこはマジックアイテムなどの買取も始めているのである。値段はだいぶぼったくられたが、やむを得ない。何が起こるか分からないのだから。


「『ナンバーズ』からの情報によると、この階に出現するクリーチャーは」


 ナンバーズの十二人のメンバーの中にも、≪生弓生矢≫と同じように情報を集めることを可能とする才能タレントの持ち主がいるらしい。それが具体的にどういう能力なのか詳しくは知らないが。


「ムジャキ、コオニ、そしてムザイガキ。四階と比べてがらりと顔ぶれが変わる」


 ちなみにこの階には水路らしきものはないので、サラガッパは当然いない。


「おそらくコオニとムザイガキが集団で出現するのが一番厄介だろうが、ムジャキというのも注意が必要だ。一定時間以上目を合わせると、人間を眠らせる能力を持っているという」


 どういう原理か分からないが、この眠りは魔性のもので、少なくとも揺すったくらいでは目を覚まさなくなるらしい。『ナンバーズ』には回復能力や、あるいはそれに類する、この脅威に対抗できる才能タレントの持ち主はいなかった。それで、危険を感じて途中で引き返したのだという。


「特に莉子。お前が眠らせられると大変なことになる。それを心得ていてくれ」

「分かった。ヒーラーはパーティーの生命線だもんね」


 既に通路を進んでいる。十字路に差し掛かる。


「注意が必要ですね。私にお任せください」


 ソアはそう言って、召喚獣を出した。犬……いや、これはオオカミだな。


「タイリクオオカミ。かつて朝鮮半島にも生息していた、ユーラシアに広く生息する野生の狼の仲間です」


 狼の幻獣が通路を進んでいく。……案の定、待ち伏せされていた。見通せなかった左右の通路から怪物が二体ずつ出現し、タイリクオオカミが攻撃を受ける。


「戻って!」


 タイリクオオカミはその場で姿を消した。ソアの≪小星王ソビョルワン≫にも燃費の問題があり、召喚獣を呼び出している間、ずっと消耗が続く。もちろん呼び出したものを戦闘に参加させることもできるのだが、今回はこれでいい。役に立った。ソアが矢を放つ。一体の怪物が頭を貫かれて消滅する。ソアが二射目を放つ前に、ぼくとナバスクエス姉妹の三人が前に出て、戦闘開始。


「そこそこやるな」


 どうやら二種類混じっていたようで、姉妹が相手をしているやつの方が弱く、ぼくが相手をしている奴の方が強力だ。そっちは口から火を吐いた。そんなに遠くまで伸びるブレスではないが、火力はけっこうある。


「……だが」


 ぼくは無数のベアリング弾を展開して盾を作り、それで火炎の威力を弱めて、横からかすめ斬るようにしてそいつの首を斬り飛ばした。姉妹の方も片が付いていた。


「ぼくの方が強い。当然」


 情報を総合すると、たぶん僕が相手をした火を吐く方がムザイガキで、姉妹が倒したのがコオニだと思う。コオニの方は近接戦闘しかできない。と、ふと通路の奥を見る。……あ。


「あれは」


 通路の奥に、もう一体敵がいた。観察しようとそっちを見たのが間違いだった。ほかの敵と違って桃色がかった体色をしているほかはコオニ、ムザイガキに近い、文字通り小さな鬼の姿をしているのだが……目が合った。そいつには眼球があった。そんなことを確認したのがまずかった。


「……あ」


 たぶん目を合わせた時間は一秒か一秒半か、その程度だったと思うが、ぼくの意識はそこで飛んだ。


「……あれ」


 ふと気が付くと、ムジャキはソアの矢で貫かれたところで、まもなく塵になって消えた。ダンジョンの冷たい床の上に倒れているぼくの上に、莉子がかがみこんでいた。


「大丈夫? りー兄ちゃん」

「ぼくは大丈夫。だと思う。≪フォーティーナイナー≫を使ってくれたのか?」

「うん。……あいつの能力、ちょっと厄介で……かなり深く眠らされてて、いま治療に二十秒かかった。慣れてくればもうちょっと早くなるかもしれないけど……」


 ぼくは不覚を恥じる。


「ありがとう。お前がいなかったら多分この階層は抜けられない」

「うん。てへ。がんばる」


 ソアが難しい顔をしている。


「状況を考えると……もし私が四階を突破した直後に、ひとりでこの層に入っていたら。生きては戻れなかった可能性が高いですね」


 そうだな。おそらく第五階層はソロ探索者殺しだ。これ以上奥には、単独で進むのはもう無理かもしれない。まあ才能タレントの性質とかにもよるかもしれないけど。


「じゃあ、進もう。第五階層はまだ始まったばかりだ」


 我々は進む。

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