第8話 肥前忠吉の刀

 結局その場で四人全員がトコヨから能力をもらい、とりあえずいったん解散となった。


「理一郎。アイス買いに行こう」


 トコヨがそんなことを言う。実に子供じみている。


「いいよ」


 あずきバー、もう二箱くらい買っとかないと……じゃなくて。ぼくも用があるのであった。買い出しに出なければならない。


「いらっしゃい……おや、殿下」


 島にはスーパーマーケットが一店と、雑貨屋が一店ある。雑貨屋の方はほんとうに雑貨屋でいろんなものを扱っている。お菓子とかアイスとかも。いまぼくらがやってきたのはその雑貨屋の方。小鹿原こがわら商店。店主の老人は綾音の祖父であり、そして島の長老でもある。ぼくの高祖父でこの海護王国を建国した初代の王・海護弦一郎とともに島に渡ってきた最初の開拓団のひとり、いまは島でも珍しくなったその生き残りだ。なのでぼくのことも殿下などとかしこまって呼ぶわけである。


「ベアリング・ボールって扱ってますよね。自転車に使うやつ」


 なんでも屋なので自転車も売っている。ベアリング・ボールというのは、簡単にいえば工業製品に用いる小さな金属の球である。非常に多様な用途があるが、硬いので弾丸の代わりにもならないことはない。


「はい、ございますが。はて。自転車、お使いでしたかな?」


 狭い島なのでお互いの暮らしぶりなどはだいたい筒抜けなのである。


「いや、自転車に使うんじゃないんだけど……置いてある中で一番大きいやつを。たくさん用意してほしいんだけど」

「はいはい。少々お待ちを」


 わが海護王国には銃というものがない。日本国の銃刀法に準ずる、しかし日本のそれよりもさらに厳しい規制があり、持ち込みは一切禁止されているし警察的な役割を担う公僕の者も銃器は用いない。なので、この島には拳銃弾などはない。よって、ベアリング・ボールをぼくの≪パラベラム≫のための弾薬にしようと、そういうわけだ。


「理一郎、アイスは?」

「買ってあげるからちょっと待ちなさい」

「うむ」

「ハーゲンダッツは一日に一つまでですよ。なぜなら高いから」


 とか言ってる間に、長老がベアリングを持ってきた。


「在庫がある中で一番大きいのはこのサイズになります」

「これ、材質は?」

「セラミックと鋼で出来ております。ハイブリッドベアリングと呼ばれるものです」


 うむ。まあいいだろう。で、あと問題は近接武器だ。鉈とか手斧とかくらいでよければここにも売っているが、しかしもちろん戦闘用に売っているわけではないし、実はもっとましなものの当てがあるので、ここでは買わないことにする。


「では、アイスクリーム用のドライアイスはサービスさせていただきますので。毎度ありがとうございます」


 うちに帰って納戸を漁る。よく言えば海護王家の宝物庫、実態としてはがらくた置場である。ここに、あれがあったはずだ。海護弦一郎が海洋冒険家になる前、大日本帝国海軍に籍を置いていた頃に身に帯びていたという、軍刀。確か、九七式軍刀とか呼ばれるもの。前に父に見せてもらったことがある。


「あった。これか」


 抜いてみる。これも前に父に説明されたのだが、九七式というのは拵えの名前であって、中に入っている刀の種類ではない。旧軍の軍刀に使われている刀は昭和期に作られた量産品の数打ち刀である場合も多いのだが、これは違うらしい。銘が刻まれている。肥前国忠吉、とある。インターネットで検索してみる。


「初代忠吉は安土桃山期から江戸初期にかけての刀匠で、佐賀藩鍋島なべしま家に仕え、名人と謳われた。なるほど」


 ほかにもいろいろ調べてみるが、なんでも、幕末に人斬りとしてその名を知られた土佐の岡田以蔵おかだいぞうという人は忠吉の刀を愛用していたんだそうだ。そんな無暗に高い値段が付くような大銘物ではないらしいけど。


「ご先祖様、ありがたく使わせていただきます。押し入れに転がしとくよりいいだろうし」


 ぼくは両手を合わせる。で、居間に戻ると、トコヨはハーゲンダッツを喰っていた。


「いちにち一つだって言ったよね?」

「うむ。だからこれはトコヨの分ではない。理一郎のきょうの分だ」

「か・っ・て・に・ひ・と・の・あ・い・す・を・く・う・な」


 両手を拳の形に作って、トコヨのあたまをぐりぐりする。


「いたい」


 そう口では言うが、トコヨは涼しい顔をしたまま。とはいえ、このお嬢さんの双肩(?)に、たぶんわが国の未来がかかっている。やれやれ。

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