失恋保険のブーストオプション

ちびまるフォイ

失恋目当ての大恋愛

友達に呼び出されてなにかと思ったら、

失恋の愚痴を聞かされるハメになった。


「というわけなんだよぉ~~……。

 3年も付き合ってたのにあんまりだよなぁ」


「まあ、しょうがないじゃん」


「しょうがなくないよぉ~~……!

 これからどう生きていけばいいんだ~~……!

 せめて失恋保険入っていればよかった~~……」


「失恋保険? そんなのあるの?」


「あるけど、自分は別れないって思ってんたんだよぉぉ~~」


数時間におよぶ愚痴会の内容はもう頭には入らず、

途中で聞いた失恋保険に興味の大半が吸われてしまっていた。


調べてみると近所にも店舗があるようで訪れてみた。


「いらっしゃいませ。失恋保険に加入ですか?」


「あ、えっと、話だけ聞いてみようかなと」


「もちろんです。さあ座ってください。

 今お付き合いされている方は?」


「はい、います。もう2年になります」


「でしたらちょうどいいタイミングですよ。

 3年目にさしかかると失恋リスクがぐっと上がりますから。

 俗に言う倦怠期というやつですね」


「もし別れたら?」


「保険加入者にはその別れ具合に応じて、保険金をお送りしています。

 失恋のダメージは時間が解決することもありますが、

 お金はそのうえをゆく特効薬です」


「たしかにそうかも……。やっぱり加入していいですか?」


「はい、ですが失恋保険加入には審査が必要です。

 別れる寸前で契約しようとする人もいるので」


「なるほど……」


「二人の思い出の提出と、告白の言葉と、交際証明書の提出をお願いします。

 それをもとに加入審査を行って結果を後日ご連絡します」


「よ、よろしくお願いします……」


思ったより審査は厳格だった。

必要書類を提出してからしばらく経った。


郵便受けには保険審査結果の封筒がとどく。


「いよいよだ……」


生唾を飲み込んで封筒をあける。

そこには審査通過と書かれていた。


「やったーー! 失恋保険に入れた!

 これでいつ別れても大丈夫だ!!」


封筒には結果通知書のほかにもう一つデバイスが入っていた。

キーホルダーサイズのデバイスは失恋計だった。


「なになに……? 二人の関係地が失恋水域になると

 自動でアラートがなる仕組み……か」


まあしばらく鳴ることはないだろう。

そんな風に考えていたが、アラートは数日後に鳴った。


『失恋警報。ふたりの関係値が危険域に達しています。

 すぐに彼女を褒めて、プレゼントを送り、素敵な思い出を作り

 破局を阻止してください』


「ええ!? こんなに早く!?」


自分の中では彼女との関係はうまくいっていると思っていた。

それこそ破局なんて考えもしなかった。


けれど失恋計によればギリギリの状態らしい。


「……本当にそうなのか? そんな空気感まるでなかったし。

 機械の故障か、計測ミスなんじゃないのか?

 なんで二人の関係を、当事者でもない機械がわかるんだ」


警告されても実感値とはまるで遠かった。

アラートを無視しているとき、彼女から意味深な呼び出しがきた。



『ちょっと話したいことがある』



「え゛、これまさか……」


失恋計はとうに"破局"として警告を続けていた。

件名を書かないこの呼び出しは間違いなく別れ話。

やっぱり失恋計は間違っていなかった。


「もうすぐ俺の誕生日だってのになんでこんな……」


カレンダーを見て頭を抱えた。

こんなにアンハッピーな記念日があるのか。


そんなときふと思い出す。

失恋保険加入時の説明を。



「そういえば、たしか記念日破局をすると保険料が3倍だったはず……」



クリスマスや誕生日、二人の交際記念日など。

失恋保険会社側で指定された記念日に破局した場合、

失恋のダメージは大きいとして保険料は多く支払われる。


彼女のからの呼び出しが別れ話なのであれば、ここで消費するのはもったいない。


「あとちょっとで誕生日なんだ!

 どうせ破局するなら誕生日に破局させてもらおう!」


彼女からの呼び出しを延期し、自分の誕生日にセットした。

誕生日当日、カフェに呼び出され彼女の顔に答えが書いてあった。


「実は、別れたいと思ってる」


「そんな……!」


白々しく驚いてみせた。

心のなかでは"失恋保険料アップ!やったぜ!"と歓喜の雄叫び。


「突然のことで驚いたと思うけど……」


「いやぜんぜ……。じゃなくて、驚いた!

 いったい俺のどこが気に入らなかったの!?」


「ううん、あなたは悪くない」


ふたたび心の中で祝砲のクラッカーを鳴らした。

脳内の天使がファンファーレのブブゼラを吹いている。


なぜなら暴力やモラハラなどの自分に非がある場合の破局は保険料ゼロ。

逆に、自分にまるで非がない場合の保険料は高めに設定される。

今回は後者だ。


「俺を嫌いになったんじゃないの?」


「ちがうわ。ただ私の問題なの……」


「どういうこと?」


「今、私は新しい会社を立ち上げようとしてて……。

 仕事に集中したいから恋愛はできないの」


「そうなんだ……」


まあ理由はぶっちゃけどうでもいいが。

保険料において大事なのは「自分に非がない」かどうか。

すでに脳内では失恋保険の見舞金をそろばん弾きはじめている。


「それじゃ、会社がんばってね」


「ごめんね。さようなら……」


こうして二人はお互いを嫌いになったわけではなく破局となった。

すぐさま市役所で破局通知書を受け取り、その足で保険会社に向かった。


「はい! ちょうど本日破局しました!!」


「え、ええ……。なんだか嬉しそうですね……?」


「ええ~~? そんなことないですよぉ?

 大好きだった彼女と別れて傷心まっただなかです。

 で、保険料は? 今回の失恋はいくらになるんです?」


「目が¥になってますよ……。

 今回の破局原因も非がないのと、あなたの誕生日ボーナスを加味して……。

 ざっとこれくらいになります」


「こんなにもらえるんですか!! 失恋してよかったーー!!」


保険会社からは予想外に大量の失恋保険料を受け取った。

積み上げられた札束を見るや、もう思い出とかすっかり忘れてしまった。


「一気に大金持ちだ。さて、失恋保険をなにに使おうかなぁ~~」


有り余る大量のお金の使い道をどうするか。

嬉しい悩みが増えて人生はハッピー。


欲しいものを買い漁ってこの金を使い潰すのも良いが、

できればさらにもっと膨らませたいという欲も出てきた。


「次はもっと、もーーっとすごい人と付き合おう。

 これだけお金があるんだから、なんでもできるはず。

 そして、失恋したらもっと良い金額がもらえるぞ!」


失恋保険では相手のスペックに応じて失恋保険料の金額が変動する。

芸能人のようにすごい人と交際し破局すればそれだけ大金になる。


それに今回のような記念日ボーナスをかけ合わせれば……。

もう働かなくていい人生を歩めるかもしれない。


「この失恋保険の金は次の恋を見つけるための軍資金だ。

 よーーし! もっといい失恋をするぞ!!」


決意を新たにお金の使い道を決めた。

それは失恋者限定の高級恋愛サロンだった。


バカ高い入会金を支払うことで、

普通に生活していたら遭遇できないようなグレードの人たちを接点をもち

運が良ければさらに恋愛まで発展できるというもの。


今までの自分では加入することもできなかったが、今はちがう。


溜め込んだ失恋保険のお金を高級恋愛サロンに全部ぶちこんだ。

晴れてプレミアム会員として入会が決まった。


『このたびは大量の資金投入をありがとうございます。

 あなたのおかげで我が社は大きく成長できそうです。

 

 つきましてはプレミアム会員のあなたに対して、

 サービスの説明と社長から直接お礼申し上げたいとおもいます。』


まもなく案内状が届いた。

指定された場所には自分の失恋保険を糧に大きなビルが出来上がっていた。


「お待ちしておりました。社長も部屋におります」


「うむ!」


まるで王様のような気分。

この会社が大躍進した立役者なのだから文句ないのだろう。


ふんぞり返りながら社長室に入った。


「あなたが我が社へ大量にお金を使ってくださった方ですね。

 ぜひ我が社で全力サポートをおこない、最高グレードの恋愛へと結びつけます」


「あ……」


頭を下げる社長を見て、自分は先に気づいて言葉を失った。

社長は顔をあげたときやっと気がついた。


先に言葉をつむげたのは自分だった。



「〇〇ちゃん……。立ち上げた新しい会社って……」



社長兼元カノは笑顔で答えた。



「破局して2日も経っていないのに、次に乗り換えるような

 無神経なクズ野郎でも、我が社はきちんとサポートするのでご安心を♪」

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