第9話 おじさん、オーバーキルされる
「最近は、中学校の検診で基礎魔力も調べられるのですが……私は、いまの時点で魔力の上限が非常に低くなるだろう、と診断されています」
零れるように紡がれたメイトさんの言葉は、空きの多いファミレスの中に、妙にじんわりと響いていった。
……そういえば、最近の学校は定期検診に魔力測定があると聞いたことがある。
もちろん個人情報なので口外厳禁だが、若者の口なんて軽いもの。つい周囲に漏らしてしまい、噂を聞きつけたクランが直接スカウトに来る事例もあるのだとか。
まあ俺個人の感覚としては、中学生ならまだ上限の伸びしろはなくもない、と思うが……。
「見積もりですが、頑張っても上限D級……ギリギリC級が限度だろうと。いまどきD級なんて、笑いものもいい所ですよね」
ぐふっ。
「それに法律や社会情勢を考えると、D級でダンジョン探索者につくのは収入面から見ても厳しいと、担任の先生にも言われました。クラスの人も、今時D級で探索者はないよねー、おじさんじゃないんだから、と」
ぐはっ。
「憧れるのはいいけど将来性がない、夢でご飯は食べれないんだぞ、と……私も、言いたいことはわかるんですが……」
止めてくれメイトさん、その言葉は俺に効く。
おかしいな、辛そうに語ってるのはメイトさんなのに、おじさんの視界が妙に滲むぜ……オーバーキルは法律で禁止してくれませんかね?
……まあ、言ってることは間違いないんだが……。
と、心がしょんぼりする俺を見てか、シノブさんとミウさんが助け船を出してくれた。
「えーっと、メイトちゃん、だっけ? このおぢさん☆ D級だよ?」
「え゛っ」
「ええ、実はこちらのおじさん、D級なんですよ。……でも実際、上限D級だと就職は厳しいですね。健康診断でせめて上限C級はないと、ESの時点で弾かれることが多いです。おじさんはまあ、私たちと時代が違いますので比べるのは良くありませんが……」
助け船でなく追い打ちだった。ここぞとばかりに恩返し……じゃない、怨返しである。
肝心のメイトさんはおじさんを見つめ、ぱちくりと瞬き。
「先日D級スキルを使っていたのは、魔力節約ではなかったのですか?」
「違います。節約ではなく、あれが限界です……」
「もしかして違法ダンジョン探索……おじさん、盗掘者……?」
「違います。勘違いされがちですけど、魔力C級以上は”努力義務”であって法規制されてる訳ではないです。ただ、クラン側が政府指針をもとに独自基準を設けてるだけなので、べつにD級でも探索はできます」
肩身が狭いだけです。あと職場の居心地が悪いだけです。
……まあ現実的には、ミウさんの述べた通りだ。この業界、魔力フィルターは学歴フィルターと違ってまず間違いなく存在する。
魔力上限はスキルの威力のみならず、アイテムを収集するインベントリ要領にも直結するしな。
ふるり、とメイトさんが首を振る。
「……私も本当は、ラブ様の隣で戦いたいと思っていました。応援よりも実践を手伝いたい、その気持ちはあったんです。……ですが、いまの私ではどんなに頑張っても、ラブ様の隣に並ぶのは……」
「ラブさんは気にしないと思うけど」
「私が、気にします。だって私が本格的に参戦したら、ラブ様は私のために簡単なクエストを選ぶでしょう? それが、ラブ様という方ですからっ」
拳を握り熱弁する、メイトさん。確かにラブさん、そういうことしそうだなあ。
「ボクの愛は海よりも深い、気にするな!」って。
……けど、それではメイトさんの気が収まらないのだろう。
「私の人生は、ラブ様に救われました。ですのであの方に恩返しをしたいと、ずっと思っています。……ですが、私に出来る事はあまりにも、少なくて」
「改めて聞かせて欲しいのだけど、具体的に、メイトさんはラブさんからどんな恩を受けたのかな」
「……お恥ずかしい話ですが、私の家は、とてもお金に困っていて」
その先は大方、俺とラブさんの予想通りだった。
メイトさんの父親がある日、事業に失敗。一時期は借金があり、金欠にあえいでいたらしい。主食がしばらく、ご近所さんから貰う素麺だった時期もあるのだとか。
「……ですが今は父の仕事も持ち直し、借金返済の目処も立っているそうです」
「あ、そうなのか」
「はい。学校にも問題なく通えていますし、勉強もそれなりに。……そもそも本当に金欠でしたら、ファミレスになど足を運びませんし」
それもそうか、と彼女がストローを咥えているメロンソーダを伺う。
本当に貧乏だったら、メイド服とか着てる余裕もないしな。思ってたよりは、大丈夫なのか……。
「最近ラブ様から頂いたお金は、すべて貯金に回しています。いずれ何かしらの方法で、お返ししたい……ラブ様が許してくださるなら、探索者学校への入学資金にしようかとも考えていたのですが……でも……」
「なるほどなるほど」
「……オジマさん。仮想通貨とかFXに詳しかったりしませんか? レバレッジ10倍くらいにしたら、ラブ様が喜ぶくらいお返し出来ると何かの記事で読みまして」
「その道は探索稼業より修羅だから止めようね。おじさんとの大切な約束だよ」
「……まあ、いまのは冗談ですけど……どちらにしろ、私ではラブ様のお役に立てないのは、事実です」
メロンソーダを飲み終えたメイトさんが寂しげに、グラスを揺らす。
……才能、才能ね。おじさんもぶつかってる壁だから、その気持ちは分かる。
お世話になった人に、何もお返しできない辛さも。
頑張ろうと思っても才能がないと突きつけられ、躊躇している――という悩みには、おじさんも思う所があるな。
「ですから、私にできるのは、応援くらいしかなくて。……幸い、ラブ様は私の応援に喜んでおられるようですし……もしかしたら、単なるパフォーマンスかもしれませんが……それでも……」
メイトさんの声がはかなく解け、消えていく。
ミウさんもシノブさんも言葉を挟めず、沈黙してしまった。彼女達はどちらかといえば、才能に恵まれた側だからな。言葉を挟むのは難しいだろう。
……とまあ一見、重たい空気が流れてるようにも見えるが、俺の本音を言えば――
想像してたよりも、かなりいい展開だ。
才能の悩みは、俺にも分かる。同じD級だしな。
ただ、正直に言えばもっと悪いケースも想定していた。
彼女の母親が過度のモンスタークレーマーや陰謀論者で、「ダンジョンのモンスターなんて政府の作った殺人兵器です!」と言い張り、ラブさんの善意を恨みながら金をむしっているとか。
宗教にのめりこんで献金してるせいで生活が困窮してる、なんてのも想像した。
でも聞いてる限り両親との仲も問題なさそうだし、金銭問題にも目処がついている。
課題は、メイトさんがラブさんに恩返しできないことだけだ。
思考を整理し、ふむ、と俺はひとつ呼吸を挟む。
「つまり、メイトさん。君はラブさんに恩返しをしたいけど、自分では戦えないことを悩んでいる……だね?」
「はい。才能がなくても、探索者学校には通えますが……それで結果が出なかったら、私はただ意味もなく、ラブ様から預かったお金を失うことになってしまいます」
「確かに、人の可能性には限界があるから。若者に夢を追えというのは簡単だけど、結果が伴わなかったときのこともきちんと考える必要はあるし……実際おじさんもいまD級で色々苦労してる。まあそもそも、ラブさんは恩返しなんか気にしないとは思うけど」
「私が気にするんです。恩を貰って何もしないような人間に、なりたくありませんっ」
だろうね。それで納得できるなら、彼女も悩んではいないだろう。
そういう悩み、おじさんは嫌いじゃない。むしろ好感が持てるね。恩に恩を返したいけど、方法が分からない、なんて、実にいじらしい話だ。
――その気持ちが本当なら、おじからひとつ、提案をしてみよう。
受け入れるかは、彼女次第だが……。
「メイトさんの言いたいことは、理解した。それなら、もっといい方法がある。メイトさんがラブさんに恩返ししつつ役に立てる方法さ」
「……え?」
メイトさんがぱちぱちと、困惑に満ちた瞬きをした。
……彼女の気持ちは、分かる。ダンジョンの花形といえば、探索者だ。
野球でいうならプロの選手、医療の世界でいうなら医者。恩義のある人に尽くすため、相手の隣に並びたいという気持ちは、痛いほどに、な。
でもね、メイトさん。
現実にはもっといろんな選択肢があるんだよ? 例えば、そう――
「メイトさん、ひとつ提案なのだけど。……探索者以外の、けれど、ダンジョンに関わる業界で働いてみるとか、どうだい?」
ダンジョンに関するアイテム作成の職人とか、意外と、似合っているんじゃないかな?
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