第4話 おじさん、確認する
その事件は、目的となる薬草採取のための広間へと近づこうとした時、不意に起きた。
「た、助けてくれぇ――――!!」
突然の悲鳴に、俺とエリザさんが振り返れば――森林の奥、若い軽装備の男が小型モンスターの集団に襲われているのが見えた。
あれは……ゴブリン、か?
通称小鬼と呼ばれるそのモンスターは、人間の子供サイズをした角付きのモンスターだ。
前二匹が錆び付いた剣を。後方にいる一匹が弓を構え、尻餅をついた男に狙いを定めじりじりと距離を詰めているのが見える。
その光景に、俺がまず感じたのは……違和感。
ふむ。どうして、ダンジョンに男が一人で?
しかも相手は集団戦を得意とするゴブリンだ。三匹はどう見ても、数が少ない。となると、疑うべきは……
「スキル”シールド・B”」
「スキル”パラライガード・D”」
俺とエリザさんのスキルが同時発動。
エリザさんの放った“シールド”は、自身の物理防御力を固める純粋な防御系スキルだ。Bにしたのは、Aだと消費魔力が高すぎると判断したためだろう。
対する俺のスキルは、行動不能にする”麻痺”を防ぐための状態異常対策スキル。
ただし、ゴブリンは矢に毒を仕込むことはあっても麻痺攻撃はしない……と、シノブさんも知ってか、
「え!? おじさん、ゴブリンは麻痺攻撃しないけど!?」
「もちろん知ってるよ。役に立たなきゃ立たないで、別にいいんだがな」
ま、念のため、というヤツだ。
「それより――」
「ミウ、その場でシノブとオジマさんを守りなさい。弓持ちが一人とは限りませんわ。シノブは後方を警戒」
「え。それだと戦闘は誰が……」
と、俺が聞くより先に、――エリザさんがローブをはためかせ、突撃した。
って、マジで?
あの子、魔術師なのに自分に防御スキルかけて前衛に突っ込んでいったぞ。しかも片手で。
いくらA級とはいえ、無茶が過ぎるんじゃ……
という懸念は、あっさりと覆される。
「スキル“ライトニングアップ・A”!」
エリザさんがスキルを宣言した直後、光が走る。
全身にパチパチと感電したようなエフェクトが走り、直後、ぐん、と急加速した。
通常のダッシュから、高速で走り抜ける車ほどの速度――時速80キロは超えるであろう急加速により、エリザさんの身体がゴブリンへとカッ飛んでいく。
勢いのまま――はああああっ! と、ロッドを思い切り振りかぶり、ゴブリンの側頭部を殴りつけた。
加速と魔力を上乗せした一打にゴブリン程度が耐えられるはずもなく、豪快にぶっ飛んでいく。
突然の横やりに怯む、ゴブリン達。隙を逃さず、エリザさんは後方の弓使いにロッドを向け”ウィンドカッター”を射出。
三日月状の刃がゴブリンの胴を真っ二つにし、返す刀……実際にはロッドだが、最後に残ったゴブリンの顎をすくい上げる、華麗なアッパースイング。
ロッドにも何かしらの魔力が載っているのだろう、ぶっ飛ばされたゴブリンは感電しながら宙に浮き、墜落と共にすぐさま紫色の煙を噴き上げ消失した。
……いやぁ……つっっっよ。
完全に主人公じゃん、あの子。俺の前職”竜の山”でも、あんな攻撃的な魔術師はいなかったぞ。
俺みたいなモブおじさんとは、完全に格が違いすぎるな……
「っ、あ、ありがとうございます!! 助かりました……!」
一息ついたところで、尻餅をついた男が声をかけてきた。
俺はさりげなく、男を観察する。鎖帷子のような軽鎧に片手剣、探索用ブーツ、とごく一般的な剣士風スタイル。森林地帯は比較的日差しが悪く、足元が取られやすいはずだが、靴も衣服もさほど汚れた様子はない。
「っ、す、すみません! あの……助けてもらって申し訳ないんですが、どうか、魔物に捕まった仲間を助けてほしいんです!」
エリザさん達が息を飲み、男が膝をつきながら蕩々と事情を語った。
男達は元々三人パーティで、エリザさん達と同じく薬草採取に訪れた。ところが突然ゴブリンの集団に襲われ、仲間二人が連れ去られてしまったという。
男は救出を試みたが、敵の中にホブゴブリン――C級上位モンスターが含まれており、やむなく撤退したという。
「無茶を言っているのは分かっています、ですが、お願いします! その……あなた方、とても強いようですし!」
「……エリー」「エリち、どうする?」
視線が、エリザさんに集まる。
エリザは一瞬考え……る間もなく、ええ、とマントをはためかせロッドを構えた。
「承知致しましたわ。ですが、敵はホブゴブリン。C級上位となると、ミウとシノブでは危ないかもしれません。ですので、私単騎で参ります」
「「え」」
「それと、オジマさんも。あなたのランクを聞いていませんでしたが、おそらくC級辺りでしょう?」
惜しい、おじさんD級です。
「今回は薬草採取のクエストで、ゴブリン退治は業務外。あなたが請け負う必要はありませんわ」
「んー……おじさんだけ仲間はずれかい?」
「そういう意味ではありません。ただ人命を考えますと、わたくし単騎の方が安全というだけの話です。如何です?」
「確かにな……」
エリザさんの話は、間違っていない。A級の戦闘に、D級おじさんが出張っても足手まといだ。
それに先の戦闘で、彼女はきちんと”シールド”スキルを展開していた。敵陣に一気呵成に飛び込む華に目を奪われるが、彼女の戦闘スタイルは堅実だ。彼女一人でも、ゴブリンの巣くらいは壊滅可能だろう。
……ただし。
「おじさんとしては、反対する理由はない。エリザさん一人で戦ったほうが、範囲攻撃スキルも心置きなく使えるだろうし」
「ええ。なので、あなたは一旦退却を」
「まあそれは、前提があってればの話だけどな」
世の中ってのは、理屈が正しければ正しいわけじゃない。
特に、ダンジョンっていうのは外界から隔離された閉鎖空間――そこに潜む敵は、モンスターだけとは限らない。
俺は、膝をついて感謝する男の前に立ち……情報収集を開始した。
「あー、おにーさん。おじさんの話なんか聞きたくないだろうけど、ちょっと教えて欲しい。……敵のゴブリン、何匹編成だった?」
「え? えっと、ホブゴブリンが一匹に、通常のゴブリンが三匹……あと、魔術使いのウィザードが二匹、たしか左右後ろの森に――」
「仲間のランクと、装備品と、パーティ構成は?」
「な、仲間は二人で……二人とも俺と同じくらいの歳の男で、どっちも、俺と同じく剣士で」
「三人パーティ全員剣士、全員前衛。なのに、君は左右に潜んでたウィザードを見つけたのか」
男が顔を引きつらせ、ん? と眉を上げたのはシノブさんとミウさん。
「え、ウィザード見つけたん? おに~さん」
「……普通、私達のような前衛タイプの剣士は、後方からのスキル攻撃に弱いですが……だから、シノブが後ろにいるのですけど……」
「っ、仲間が攻撃を受けてやられたんだ。それで気づいて、俺は必死で逃げて……っ」
「その割にずいぶん靴が綺麗だが。あと、もう一つ。探索者やってるなら、当然携帯してると思うんだが」
俺は彼にそっと手を差し伸べた。
助け起こすためではない。必要なものを、出して貰うためだ。
「探索者ライセンス。見せてくれないかな」
「ちょっと、オジマさん? そのようなことしている場合では……」
「いや、大事なことだよ」
不信に声を荒げるエリザさんを制し、俺は男に語りかける。
万年D級おじさんは最弱なのでね、何事も安全確認をしておきたいのさ。
「探索者にとって、ライセンスは何があってもインベントリに収納しておくものだ。探索中に万が一不幸があった時、ドッグタグ代わりにもなるし。……で? おにーさん。ライセンスを見せてもらおうか」
ダンジョン探索の安全管理が進み、D級おじさんが戦力外通告される時代において……ライセンスなしの探索者なんて、まずあり得ない。
――相手にやましいところがない限り、な。
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