万年D級非正規おじさん、現代ダンジョンで相談役をしてたら伝説の裏方と呼ばれるようになった件

時田唯

第一章

第1話 おじさん、ダンジョン派遣社員になる

「小島くん。申し訳ない話だが……そろそろ、探索者以外の人生について考えてみるのも、どうかね?」


 ぽんと肩を叩かれ、背広姿の事務方に声をかけられた時……ああ、ついにこの時が来たなと思った。


 小島三太。四十歳独身。

 職歴、大卒後にブラック企業を膝に受け、退職。その後お金に困り、ダンジョン探索として働きはじめて十五年。

 いまや立派な、万年D級探索者の窓際おじさん。


 そんな俺の肩を、立派な背広姿のおじさんが叩きに来たら、察するってもんだろう?

 漫画や小説でよく聞くパターン。上司に理不尽なクビを宣告され、苦労の甲斐なくあっさり解雇。

 哀れなおじさんの将来がどうなろうと、世間の誰も知った事ではありません――



 ……っていう展開なら、まだ、分かりやすかったんだけどなあ。



「あー……こういうのも、何だがね。うちのクラン”竜の山”は、君を軽く見ているわけじゃあない。君がいままで頑張ってきてくれたことは、うちも理解している。……ただ、時代がね?」

「存じてます。クランの状況も、国の方針も」


 苦い顔をするおじさんに、俺も「分かってますよ」と薄く笑う。

 俺の属するクラン”竜の山”は、いわゆるブラック企業ではない。むしろダンジョン界隈では上澄みにあたるクランであり、毎年多くの有望な新人を採用、名だたる探索者を派遣している優良企業だ。


 ”竜の山”は、今後もダンジョンがある限り安泰……どころか、さらなる発展を遂げるだろう。

 いずれは未踏破のS級ダンジョンをクリアし、世界に名を挙げることだろう。


 そんなクランに……万年D級窓際おじさんでは、実力不足。魔力不足。

 なにより格好がつかない、ってことだろう。


「いろいろ、お世話になりました。……では、近日中に退職届などを提出しますので」

「すまないね。ああ、そうだ小島君。良かったらだが、うちから別のクランに斡旋しても……」

「大丈夫です。ご心配なく」


 アテがある訳ではない。が、その時は何となく、大丈夫です……と言ってしまった。

 しまったな、と気づいたのは退職した後のことだ。


*


 二十年前――世界各地に”ダンジョン”と呼ばれる異空間へのゲートが出現し、世界には三つの潮流が起きた。


 混乱。熱狂。そして定着化だ。


 現実世界にダンジョンが出現した時、人々は未知なる脅威に慄いた。

 ゲートの先に広がる、広大な草原……あるいは洞窟。あるいは大森林。

 ファンタジー世界からそのまま飛び出してきたような、竜やスライム、ゴブリンといった魔物達がおり、人類は、ダンジョンからいつ化物共が侵略してくるのかという恐怖を抱き、世界が混乱に包まれた。

 さらにダンジョン内にてモンスターを倒すと、"魔力"と呼ばれる特殊な力が人の身に宿り、さらに"スキル"と呼ばれる魔法のような技能を使えるようになることも判明。世界は大きに震撼した――


 が……現実は意外にも、優しかった。


 モンスター達はなぜか、ダンジョンの外に出ることはなく。人々の生活が、恐怖のどん底に陥ることもなく。

 むしろ異世界へ続くダンジョンの存在は、人類に新たな資源――新種の薬や未知の生物、そして、モンスターを倒すことで入手できる新エネルギー”魔石”といった福音を人類にもたらした。


 すると、次に迎えたのは、熱狂。ゴールドラッシュならぬ、ダンジョンラッシュ。

 迷宮では重火器や電子機器が使用できず、また何故かモンスターを倒すほどレベルが上がり、ダンジョン内限定で強くなるという特有のルールが存在した。それは、多くの人々に一攫千金の夢をもたらした。

 名もなき一般人が、ある日突然、伝説級のアイテムを持ち帰る。まさに一攫千金を目指す黄金時代の到来だ。



 しかし――熱狂も十年続けば定番となる。

 ダンジョン攻略パターンの確立。効率化された採取や採掘業務。

 未だ手作業の面はあるものの、かつて英雄と呼ばれた者の多くはいまや、探索者会社――ダンジョン攻略者は”クラン”と呼ぶことが多いが、その社員として、毎日せっせをノルマをこなしている。


 ダンジョンという浪漫は、システムに侵食され日常となった。


 そして、システムに求められるのは安全だ。

 近年、安全志向の高まりによりブラック企業も昔より淘汰され、その流れはダンジョン業界にも波及する。


 日本におけるダンジョン探索者の致死率は、世界と比較しても高い――これは過激な野党によるデマだったが――政府は、国民を見捨てるつもりか? という煽りを真にうけた一部政治家がポピュリズムに走り、法改正。

 ダンジョン探索のためのライセンスはより厳密化され、さらに、企業に勤める探索者には一定以上の魔力があることを推奨する”努力義務”が課されることとなった。


 その基準は――政府公式の魔力測定器にて、最低でもC級以上を出すこと。


 なお、おじさん。万年D級。四十歳。

 努力はしたけど、そこが才能の限界。


 そして、クラン”竜の山”は日本有数の探索者クランだ。

 入ってくる新人は軒並みC級以上……優秀なやつだと、入職時点でB級なんてのもザラにいる。


 そんな新入社員達が、窓際にいる俺を不思議そうに見るわけだ。

 あのD級おじさん、なんでうちの職場にいるの? と。


*


 二ヶ月後。ぶじに退職した俺は、晴れやかな太陽の下、のびのびと背を伸ばしながら溜息をついていた。


 重ねていうが、クラン”竜の山”はブラック企業じゃない。

 退職金も貰えたし、窓際D級おじさんだからと邪険にされることもなかった。

 けど向こうも営利企業であり、安全やコンプライアンスを考慮した結果、D級窓際おじさんを職場に置いておくのは問題だと思ったのだろう。


 ……気持ちは、分かる。俺が上司だったら、同じ判断をしたかもしれない。


「とはいえ、これからどうするかなあ……」


 幸い、退職金はそれなりに貰えた。当面の生活費は何とかなる見込みだ。


 とはいえ何もせず通帳の数値が目減りするのを眺めるのは、心境的にも落ち着かない。

 それに仕事をせず引きこもりきりになると、太陽を見るのが怖くなるんだよな。昔、精神的に病んでた頃、朝の日差しと外を歩く人達を見ながら「ああ、俺って社会の役立たずだよなあ……」みたいな感覚を持ったこともあるし。

 精神的にも貯蓄的にも、早めに次の仕事を探したほうが良いだろう。


 ……ってのは、分かってるんだけど。


「おじさん、何が出来るんだろうなあ……」


 ダンジョン探索、十五年。

 いまさら他職種に鞍替えできるほどの気力も体力もない。

 ダンジョン現場で蓄えた知識を生かそうにも、学術方面に使えるほど頭も良くないし。


 後はフリーの探索者として、アイテムを採取し売りさばく昔ながらの道もあるが……おじさん弱いしなあ。


 見栄を張って、前職の紹介を断ったけど。

 今からでも頼んで、関連企業を紹介してもらった方が、よかったか……?


 と、己の無計画ぶりに弱気になっていた所、ポケットのスマホが震えた。おや?


『お久しぶりです、小島先輩! 元気でしたか先輩!?』

「お、おぅ。久しぶりだな、日野ちゃん……で、どうした?」

『あのあのっ、石神さんから聞いたんですが、職場クビになったって本当ですか?』

「人聞きの悪いこと言わない。クビじゃなくて自主退職ね。円満退職だから」

『え――――――っ!? やっぱり本当だったんですねあの話!』


 可愛い悲鳴をあげるのは、俺の元後輩こと日野雫ちゃんだ。

 昔、一緒にパーティを組んだこともある、十歳年下の子で……色々あって彼女は探索者を引退し、いまは別企業に勤めているはず。……あれ?

 そういえば、日野ちゃんの新しい勤めた先って……


『じゃあ先輩、これから先どうするんですか?』

「あー……ニート? いや、ニートの定義は15歳以上34歳以下だから、おじさんはただの引きこもりか……」

『定義なんてどっちでも良いんですけど! とにかく今フリーなんですね?』


 それはまあ……それが?


『良かったら、うちの会社で働きませんか?』

「あー……日野ちゃんトコって、探索者派遣クランのB・P社だっけか」


 B・P(ベスト・パートナーズ)社は、探索者をスポット的に派遣する派遣会社だ。


 大手クランはともかく中小クランともなれば、毎回適した探索者を用意できる訳でもなく、外部戦力やバイトに頼ることも多い。

 ひとことに探索者といっても、色々な職業があるからな。それを毎回全部揃えるのは大変だろう?

 しかも俺の記憶が確かなら、B・P社はかなり優良な派遣元として知られているが……。


「あー……けど、日野ちゃん。おじさんでいいのか? おじさん、D級だけど」


 ダンジョンに挑む探索者は、最低C級以上推奨。努力義務であり罰則はないが、政府が指標を示したのは大きい。

 正直トラブルがあった時「どうしてD級探索者なんだ、おかしいだろう!」と顧客側に言われると、立つ瀬が無い。

 そう考えると、おじさんがB・P者に勤めるのは問題があるかな、と思うんだが――



『三倍、出します!』

「……は???」

『上の許可は取りました。もちろん、小島さんがD級探索者であることは話してあります。そのうえで、三倍、出します』


 三倍。もちろん、ご飯が大盛り三倍という意味ではなく、金銭面の話だろう。


 ……いやいや。日野ちゃん?

 俺みたいなD級無職のおじさんに、普通の三倍って……。


「裏は?」

『もちろん、ありますっ!』

「危険?」

『ダンジョンにおける平均すこし上の範囲、だと思います』


 日野ちゃんの表現が曖昧なのは、そもそも、ダンジョン探索には相応のリスクが伴うからだ。

 いくら安全重視の時代になったとはいえ、突発的なモンスターの襲撃による怪我のリスクは避けられない。が、それは普通のことだし。


「ふぅむ……」


 顎に手を当て、考える。

 正直にいえば、胡散臭い。

 退職した翌日に、昔付き合いのあった若い子から突然、余所の三倍出すので仕事受けてくださいとの依頼。

 どう考えても詐欺である。

 退職金もちの心寂しいおじさんを狙い撃ちした、若い女による美人局とか……


『一応言っておきますけど、美人局とかじゃないですからね!?』

「日野ちゃん可愛いからなあ」

『か、可愛い……じゃなくて! 私ちゃんとB・P社の社員ですから、社員証も見せれますから!』


 それも偽造で、哀れ、おじさんはホイホイ若い子に乗せられ。

 気づいたら黒服の男に浚われ、謎のデスゲームに巻き込まれたり帝国の地下労働施設に放り込まれたり……?


『偽造とかしませんし裏社会にも通じてませんから!!!』

「冗談はさておき、けど、三倍は盛りすぎだと思うんだが」


 万年D級おじさんに価値があるとは思えない。

 と、疑う俺に――日野ちゃんははっきりと、言い切った。


『小島さんにしか出来ない大切な仕事を、お願いしたいんです。……私の、個人的な願望も込みで、ですけれど』

「…………」


 声には、出さない。

 おじさんもベテランだ、動揺を口にするほど若くはないし、彼女のセリフを鵜呑みにするほど素直でもない。


 けど……いまの話はちょっと、胸に来た。

 日々仕事と食事、睡眠だけを浪費するだけのおじさんに……面と向かって他人から、必要なんです! と言われるのは、安直ではあるが自尊心が満たされる。


 自分の居場所が、社会の中にある――必要とされる存在である、ってのは嬉しいものさ。

 ……丁度、仕事にも困ってた所だ。


「わかった。引き受けるよ」

『本当ですか!? ……自分でいうのも何ですが、私の依頼ってすごく怪しくないですか?』

「他の人のお誘いなら、断った。けど、他ならぬ日野ちゃんのお願いだ。日野ちゃんは、人を騙すような子じゃないだろ?」

『そ、それはまあ……そうですけど……』

「それでもし騙されたら、おじさんの見る目が無かっただけのことさ」


 信頼ってのは、まずこっちが信頼することから始まる。騙される可能性は頭に入れつつも、まずは信じてみよう。


 二つ返事で了承すると、日野ちゃんの声がぱあっと明るくなった。

 おいおい。こんなおじさんの返事で喜んでるようじゃ、君も若いな……。


『では小島さん、これから宜しくお願いします! あとで正式な契約書、送りますので!』


 元気な声に苦笑しつつ、通話を切る。

 ひとつ息をついて空を見上げれば心持ち、茜色に染まった夕暮れ時の空が明るく色づいているような気がした。




 おじさんに、特別な力はない。

 凄いチートめいたスキルも、隠しステータスも才能も、何もない。

 あるのは歳を重ねて無理が利かなくなった肩と腰、あとは細やかな人生経験。日野ちゃんがD級おじさんに何を求めているかは分からないが……

 まあ頑張りましょうかね、と背伸びをし――びきっ、と腰がつって顔をしかめた。


「いてて……歳を取るとなあ、若い頃に比べて体力がなあ……」




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