第26.5話 夢と現実、睡眠と覚醒の狭間

 御面を付けてから、俺の意識は深くへと堕ちた……筈だった。



 闇の中で瞼の隙間から微かに光が入り込み、寝ている俺を覚醒へと誘った。



 俺はゆっくりと目を開けていくと、風景は先ほど居たダンジョンとは全くの別の場所に変わっていた。



 視界に入ってくるのは染み一つないまっさらな白い景色……その白は壁紙ではなく煙の様な濃い靄が何層にも重なってできているようである。



(ここは……どこだ?)



「やぁ、お目覚めかな?」



 俺が起き上がると共に透き通った声が後ろから聞こえてきた。



 慌てて振り返ると、そこに居たのは背の低い少女の様な見た目の何かであった。



 真っ白でダボダボなスウェットの様な服を1枚を身に纏い、白銀のきらきらとした髪は腰まで伸びている。



 寝ぼけ眼を持つその顔は男とも女とも言えぬ中世的な顔立ちだった。



 少女の様なと言ったが少年とも受け取れそうな何とも言えない見た目の者が目の前に居たのだ。



 俺の事を見ると彼女?(取りあえず彼女で統一しておく)は口角を上げて話し出す。



「やっと会えたね。体調はどう? 僕のスキルはあっちの世界で良い感じだった?」



 俺は周囲と彼女を交互に見ながら不思議そうにしていると、彼女はクスクスと笑う。



「大丈夫だよ。君は変な御面を付けて覚醒世界の身体と意識が途切れちゃっただけだから」



「覚醒世界だと? ちょ、ちょっと待て、ここはどこで……君は誰だ?」



「ふふっ、動揺してるようだね。でも安心して、ここは君の夢の一部だから危険な所じゃないよ」



「夢の一部?」



 この少女の言っていることの意味が分からなかった。



「ここは、『レムノス』。レムノスとは夢と現実、睡眠と覚醒の狭間の世界って……言っても分からないと思うけど、取りあえずその場所の最奥だよ。僕の魂はだいぶ前からここに封印されている」



 つまり、話をそのまま受け取ると、御面のせいで意識を奪われた俺は夢のような世界へと意識が来てしまったという訳なのか? そんな、おとぎ話みたいな事……起こるものなのか? これもスキル影響?



 頭の中で考えがグルグルし、混沌としているのを見ている少女は笑いながら指を鳴らした。



 すると、無機質な椅子が俺の前に現れる。



「人間はすぐ慌てる。まずはその椅子に座り、落ち着くことだ」



 俺は恐る恐る、その椅子へと座る。



 座り心地など市販の椅子と違いはなかったが、どこか少しだけ冷静になることが出来た。



「君は確か、小川圭太って名前でしょ? なんで名前を知ってるかって? ふふん、だって短い間だけど、君の事はずっと見てきたんだ」



 彼女は話しながら、俺の対面にもう一つの椅子を作って座った。



「僕は……そうだな……取りあえず僕は『アニマ』、名前はアニマって呼んでね。それにしても、まさか君とこんなに早く会えるとは思わなかった。まさか、早々に君が”神々のスキル”を取得しちゃうんだから」


「神々のスキル?」


「君達が使うスキルと呼ばれているものは本来、異世界の生物たちが使えるものなんだ。その異世界の生物たちを生み出しているのが、君たちの世界で言う神話の神々だ。その他にも上位存在は天使や悪魔もいる。そんな上位存在の力を証明するものを”神々のスキル”と呼ぶのだ。君は護法神たちの異世界へと入り、その世界を管理する四天王を倒し、霊薬を呑んだことで神々のスキルを得た。その瞬間、君は上位存在と同格の存在になった。そのおかげで君は受け身的だが少しだけ異世界と干渉する力を得たのだよ。だから、僕は君と会えるようになった……今は精神だけだがね」


「それなら、お前も神なのか?」


「どうだろうね? 昔のことは寝ている間に色々忘れちゃってね。ただ、覚えているのは……同胞に裏切られた事くらいかな」



 アニマと言った少女の顔が少しだけ曇ったように見えた。



「同胞に裏切られ、肉体を失った僕の魂は同胞にこの世界の最奥に閉じ込められた。長い間、独りぼっちで寂しくて、辛かった。でも、そんなある日、ふと何かを感じた瞬間……覚醒世界の君と繋がった。その瞬間僕はチャンスだと思って、メッセージの代わりに力の一部を授けてみた。そしたら、やっぱりすごかったね、君の成長は。いや、僕が凄いのかな? えへへ」



「繋がったって……俺は何も感じなかったが、一体どこで?」



「それはまだ内緒。でも、繋がってから君の事を見てきたけど……君も辛い思いをして来たよね。強き者に虐げられ、愛する者から裏切られ、周りからも馬鹿にされて……でも、それでも君は立ち向かった。形はどうであれ自分の力に気が付き、虐げた者、裏切った者を粛正し、一部ではあるけど世界を味方にした。そんな君を見て、僕の心は久しぶりに震えたよ。僕と同じような境遇の中、僕が出来そうもない事を君はやってのけたんだから。だから、僕は君に賭けようと思うんだ」



 アニマは椅子から立ち上がると、俺の方へと歩み寄り、俺の膝へと座り直した。



 アニマは顔を俺に向け、透き通って宇宙が広がっているように見えるブルーの瞳で俺の目を見た。



「もうすぐ、この世界にも。僕の言う夜と君の思う夜は意味が違う。君の世界では日が落ち、闇に包まれると生物は赤子の様に眠り、再び日が昇ってがやってくる。僕が言う夜は日が堕ち、全ての世界が闇に包まれ、全ての生きとし生けるものが永遠の眠りにつく。明日は闇のものとなり永久に来ない。睡眠を楽しむ我々としては良い迷惑だし、僕は奴らを気に食わない」



 アニマは真剣な顔になったかと思うと、俺の膝から離れ、再び俺の方へと身体を向けた。



「お願いがある。僕と友達になって、一緒に夜を止めてほしいんだ」



 俺は思った。



 急に呼び出されて、一方的に話をされて、意味が分からない中夜だか何だか分からないものを止めて欲しいと言われ、それを引き受けて俺にメリットはあるのか?



「……それを引き受けた時の俺のメリットは何だ?」



 その言葉でアニマ口角を更に上げた。



「君を更に強くしてあげられる。今も十分強いかもしれない。けれど、今後君を良く思わない強大な敵と対峙することになるだろう。そいつらと渡り合う為に僕は君の助けになりたい。どうかな?」



 俺は少し考える。



 正直、葛嶋に復讐してダンジョンを出たら探索者を止める予定だった。



 けれども、仮に探索者を止めたその先に……俺の人生、一体何が残ると言うのだ。



 もしかしたら、どんなに復讐を果たしても、ただつまらない……平凡な人生を送るだけかもしれない。



 いや、配信で変にバズってしまったから、普通の生活はもう無理か……俺に残された選択は、ほぼ一つしかないってことか。



 俺は溜息を吐いてからアニマに目線を戻す。



「結局……ここでやめても、もうあっちでは普通の生活はできないんだし、やりたいことも目標もない。わかった……お前が俺を強くしてくれなら、協力しよう」



 俺の言葉にアニマ優しく微笑んだ。



「ありがとう圭太。じゃあ、友達の印にこれをあげる」



 アニマが取り出したのは白い箱。



 俺はそれを受け取り、中を見るとそこには絵柄が付いたカードが入っていた。



「それ、暇つぶしに僕が作ったタロットカード。大アルカナのカードだけしか作ってないけどね。圭太、夜の力は強大だ。どんなに君一人が最強でも撃退するには君一人では成すことが出来ない。君が信じられる協力者が必要なのだ。このタロットは君の支えとなる重要なものに反応し、僕の代わりに君の長い旅を導いてくれる」



 俺は一枚一枚確認していくとカードの枚数が明らかに足りない。



「タロットの大アルカナって22枚だろ? 2枚足りない気がするんだが」



「……大丈夫、君はもう既に所持している。だが、今は気にしなくて良い」



 不思議に思いながらも俺はカードを見ていると、既に一枚だけカードが光っていた。



「光っているカードはそのアルカナに対応した者と君が関係を築いていることを意味している。そして、その関係が深まったとき、タロットが君に更なる力を与えてくれるだろう」



 俺の手にある輝いたカード……それは13番目のアルカナ『死神』であった。



「あともう一つ、これを」



 アニマが俺に近づき、俺の手を握るとアニマの身体から何かが流れ入ってくるような感覚があった。



「僕の力を少し与えた。でも互いに精神体だから本当に一部しか上げられなかったけど、きっと役に立つと思う。覚醒世界に戻ったら確認してみると良いさ」



 アニマの手が離れるが、その握られた手も身体も少し暖かくなった気がした。



「ありがとう、アニマ」



「こちらこそ、圭太。おや? そろそろ時間かな?」



 頭上を見上げると、天から眩しいほどの光が俺の身体に降り注いでくると、身体が段々透けていく。



「お早い覚醒だ……どうやら君の覚醒を求めるものが手を差し伸べたのだろう。大丈夫、また近々会えるよ。じゃあ、頑張ってね」



 アニマは笑顔で小さく手を振る。



 レムノスで出会った謎の中性的な存在アニマ。



 彼女から力と使命を授かり、俺は再びあの地獄の様な世界へと覚醒していくのであった。

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