第28話
ショッピングセンターからのバスが温泉街の入り口に到着した。
俺、サラ、イクミとタクミ、三つ子はバスを降りた。
夏の長い一日が暮れようとしている。
それでも、折り返すバスにはまた買い物に出掛ける乗客が乗り込んでいる。
「じゃあね!」
とイクミがタクミとギルドと反対の方向に歩き出す。
「ギルドはこっちだぞ」
俺は逆方向を指さす。
「家に買ったもの置いてくるから〜!」
両手をあげて買い物袋を見せるイクミ。
タクミも大量に買い物してる。
2人は大声で手を振りながら行ってしまう。
イクミとタクミの家は温泉街の少し下にある。
おじさんは街の仕事をして、おばさんが温泉でパートをしている。
昔から温泉街でおばさんに会えるから、イクミたちは学校帰りにダンジョンに潜る時は荷物の受け渡しをしてたなぁ。
あの荷物だし、ギルドに住んでたらたまには帰りたくなるんだろう。
俺も大量に荷物はあるが、ギルドの部屋で使う物だから、家よりギルドに帰るか。
「兄さん、まだちゃんと家に返ってないでしょう。母さん達が会いたがってたわ」
サラに言われたが、
「また今度な」
と俺は言う。
「明日の探索の前に寄ったらどうですか、シロウ先輩。遅くなっても私たちは大丈夫よね?」
「まあいいけど、ギルドに時間変更の連絡しないとね」
ユミとミカが、俺が同行する資材採集の話をする。
「そう言えば何時集合なんだ?」
何気なく俺が聞くと、ジトっとまた睨まれる。
いや、サラから聞いてないぞ!
俺が、確認しとくべきだったけど!
「朝はお店が忙しいから、今日の夜の方がいいと思うわ」
サラが言う。
「いや、やめとく」
「そう、サブロー兄さんも新作のダンジョン素材の料理を食べて欲しがってたけど」
「あ、それは絶対に後で行く。サブローくんに伝えといてくれ、サラ」
サブローくんは俺のすぐ上の兄で、ダンジョンの冒険はしないが、家の定食屋を手伝って、ダンジョン素材の料理の研究をしてる。
まだ、店で出せるような物は作れていないが、サブローくんの料理はとても美味い。
「味覚が終わってる兄さんに味見して貰っても、店で出せる料理なんて作れないと思うけど」
「俺みたいなダンジョンの味が分かる奴の意見を聞くべきだろう!」
と俺が反論するが、サラの意見にうんうんと三つ子が頷いてる。
と、言う話をしてみんなと別れて、1人でギルドに帰るはずの俺だが、何故かユカと歩いていた。
「集合時間を何時にしたか忘れてた! 確認して来る!」
ってお前が忘れてたのかよ!
と言うわけで、ギルドに向かう短時間の道を一緒に歩くが、会話はない。
俺も気まずいが、たぶん、ユカも気まずいだろう……。
何となくだが、ユカからは敵対心を持たれてる気がする。
特にサラがいる時には……。
ユカは3年前から回復士を目指していて、殆ど大聖女のサラの弟子みたいなものだった。
ダンジョン温泉内で昔から顔なじみではあったが、俺たちはユカがサラの弟子になってから本格的に知り合うようになった。
サラの弟子だから必然的にサラの兄の俺ともダンジョンに行く回数は他の三つ子より多いのだが、最初からずっと嫌われている気がする。
2人で話が弾んだ記憶はないし、いつも睨まれてるように感じることが多かった。
俺は話しかけても嫌がられそうだし、さりげなくサラについて行って実家に寄った方が良かったか? などと考えていた。
「あのー、明日は何の素材を取りに行くんだ?」
気まずさに耐えかねて俺は口を開く。
「……」
返事はない。
ただの屍か?
……。
「あのー」
と振り返った俺の顔にユカの手が絡みつく。
「え?」
両手に買った荷物を持っていた俺は、手を振り解けないまま、顔を下に引き寄せられる。
ユカの顔が目の前にあって、唇と唇がぶつかる。
こんな偶然ある?
以前、荷物を持った俺の手は動かず、ただ唇の感触に意識が集中する。
目をつむったユカの長いまつ毛が微かに動いて、吐息が漏れた。
唇が離れてユカの顔がゆっくりと目の前に現れた。
━━。
何だ、コレは?
俺が急に振り向いたりしたからこんな事故が!?
分からないが、俺は今、ファーストキスをしてしまった!
「……」
唇が離れたユカの顔が、知ってる女の子の顔ではなかった。
モンスターのように得体の知れない女性。
「集合時間は8時30分です。私、忘れてませんから!」
笑顔がすごく可愛い。
ユカは言うと去っていった。
ガサッ、ゴロゴロ。
俺は落とすまいと持っていた荷物を落としていた。
荷物を拾いながら、このキスが明日のダンジョン探索をあれほど困難な物にするとは予想する事が━━、めちゃめちゃ出来た!
転がった先で掴んだ荷物は、誰かの靴の前にあった。
見上げると、サラと、アカネがいたのだ━━。
「兄さん……」
サラがショック隠さずに俺を見つめている。
「シロウ……?」
アカネは純粋に、お前は本当にシロウなのか? と言う疑問を持った瞳で俺を見る。
あんな可愛い子がシロウを好きになる筈はないから、偽物に違いないみたいな。
なんか辛い反応だ。
「サラ、帰ったんじゃなかったのか?」
いや、なんだろう?
妻がいないと思って浮気したらバレたみたいな事になってないか? コレ!?
「帰り道でアカネちゃんに会ってギルドの温泉に行こうってなっただけです。兄さんとユカの事が気になって来たわけじゃありません」
「ユカちゃんがいるって私聞いてないよ! サラちゃんっ!」
「そうだよな! 俺とユカの事なんて、全く気にして無かったよなっ!」
それなのに、やばい場面を見られてしまった! そんな予感がする。
「可愛い弟子と不出来な兄がキスしてショックだろうが、サラ、落ち着いてくれ」
俺は精一杯、サラの気持ちにそって落ち着かせようとする。
「キス……、してたんだ。やっぱり……」
しかし、サラの怒りは収まらなかった。
カッと怒りがサラの中で上り詰めて、悲しみの表情に変わる。
俺に目を一瞬見つめて何は言いたそうに唇が歪む。
しかし、何も言わずに後ろを向くと、サラは走って去ってしまう。
「サラっ!」
俺は叫んでみたが、どうすればいいか分からなかった。
「シロウ、鈍感」
アカネがつぶやいた。
散らばった荷物を集める為に仕方なくその場に留まると、アカネも一緒に拾ってくれていた。
「シロウ、ユカちゃんの事好きなの?」
単刀直入にアカネが俺に聞く。
「いや、好きって事は……」
「じゃあ、あんな隙だらけじゃダメじゃない!」
珍しく怒った様子のアカネはサラを追って行ってしまう。
俺は荷物とサラの板挟みになり、サラの事はアカネに任せる事にした。
1人ギルドへの道を歩くとホッとした。
こうして今日が終わる。
明日の波乱の予感を残して!
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