第13話
ラッキー!
俺たちはそう思った。
ダンジョンの入り口で姉のサラが知り合いの警備員のコタニさんと挨拶してから奥に進むと、目の前の立ち入り禁止の看板の下に赤ちゃんが2人吸い込まれていく所だった。
俺が目でその様子を追っている時に、姉ちゃんは素早かった。
回復士の身体をサンドイッチするみたいに前後に垂らしている刺繍の施された布が俺の目の前で揺れたと思ったら、姉ちゃんは赤ちゃんと一緒に消えていた。
その様子を見ていたのは俺たちだけじゃなく、警備していたコタニさんが慌てて看板の方へやって来る。
その様子に、別の子供達に気を取られて赤ちゃんを見ていなかった両親が気づいて振り返り、赤ちゃんがいない事に悲鳴を上げた。
他の警備員や観光客も騒ぎ出して、俺たちも直ぐに姉ちゃんの救出に向かう。
落とし穴のワープは俺たちも昔遊んでいたから仕組みは知っている。
2階を探せば直ぐに見つかるだろう。
けど、
「なあ、俺たち、探しにいく必要あるか?」
ニシオカが言う。
「確かに。ゴロウのねーちゃん、大聖女様で強いんだろう?大丈夫じゃね?」
コウノも言う。
その通りだった。
「じゃ、このまま5階の強敵モンスター見に行こうぜ!」
俺も言う。
「おー!!」
と俺たとは、監視役の姉ちゃんが居なくなった事を喜んで5階へ向かった。
4階は保護者がいないと行けない事になっているが、俺たちはもう十分戦える。
強敵モンスターのいる東の神殿入り口のに近い階段まではすぐに着いた。
5階にも、神殿入り口にも行った事はあったが、よく来るのは反対側だ。
ここからは、子供だけで探索するのは未知の体験だった。
俺は少し怖気付いた。
今なら引き返せる。
そんな空気が俺たち3人の間を流れた。
「アリアドネの糸、使おうぜ」
ニシオカがそう言って、道具袋から紫色のアリアドネの糸を出した。
「お、おう!」
俺もコウノも同意する。
これでもう引き返せない。
5階に降りて進むと魔犬が一匹現れた。
ビーグルとは保護者も一緒の訓練で戦った事がある。
実戦は初めてだが、剣士の俺と、道具士のニシオカ、魔法使いのコウノ、3人の連携が訓練通りに決まって楽に倒せた。
「楽勝だな!」
俺が言うと2人とも同意した。
そのまま数回の戦闘を経て太陽石の広場まで来た。
ビーグルが3匹いっぺんに襲ってきた時は流石に苦戦して回復が間に合わなかった。
ニシオカが回復用の携帯食を取り出す。
パイの様な見た目をしているが材料は全く違って、リンゴに代わりにダンジョンの一階にあるブドウに似た木の実を使っている。
木の実はそのまま食べても果物みたいで美味しいのだが、味がイチゴに似ているので混乱する。
パイにしちゃえばイチゴパイだけど、他の材料もダンジョン製だから味はかなり違う。
もう、なんなんだよっ!って感じだけど、かなり美味い!
特にダンジョン内で、体力が減ってる時に食べると、最高だった。
「さっきのはちょっと危なかったよな!ビーグルが3匹もいっぺんに出て来るとは思わなかった!」
「俺、ゴロウがやられた時はもうダメかと思ったよ!」
「ニシオカが直ぐ回復薬を使ってくれたからな!準備してたんだろ!?」
「まあな!使う事は無さそうだと思ったけど、役に立ったな!」
「コウノの魔法もナイスだった!あれがなきゃ、回復してすぐまたやられてた!」
やり遂げた高揚感で、俺たちはそう喋り続けた。
回復すると、そのまま神殿入り口を目指して歩き出す。
3匹のビーグルを倒した事で、最初に持っていた警戒心は消え去っていた。
俺たちなら出来る!
疑う理由はなかった。
灰色の石畳で出来ているダンジョンは少しだけ薄暗い。
けれど神殿の入り口に近づくに連れて明るさが増していく。
それを含めて、神殿のような神々しさがあるから、神殿入り口と呼ばれているが、その先に本当に神殿が続いているわけではない。
入口のみで中は暗い岩で塞がれている。
ダンジョンは稀に増殖する事があるが、いつかこの先に神殿は現れるのではないかと言われている。
もうすぐ神殿入り口に着くのだろう。
ここは昼間の様に明るい。
休憩からここまでの間にも、ビーグルが3匹一緒に襲って来たが、俺たちはさっきよりも上手く連携して倒す事が出来た。
より自信をつけた俺達は、強敵モンスターへの恐れもなく進んでいた。
「もうすぐだね!」
「だな!なあ、ゴロウは見たことあるのか?討伐依頼が出てる強敵モンスターって!」
相変わらず興奮している2人に聞かれる。
「ないよ!あったら見たいなんて思わないよ!」
俺も興奮しながら答える。
姉ちゃんは大聖女で、4番目の兄のシロウも最強と言われる剣士で、ギルドから直々に頼まれての討伐もかなりこなしていた。
けれど、いくら俺が連れて行ってと頼んでも、危ないからと2人に連れて行って貰った事はない。
俺はまだ小学生だったから、それは仕方ないと思った。
中学生になって、やっと連れて行ってもらえると思ったら、シロウはダンジョンへ行くのをやめてしまった。
高校3年生で受験生だ。
進学するなら勉強するだろうけど。
聞いた話だと、オレンジ色の竜から命からがら逃げ帰って、怖気付いたらしい。
俺は失望した。
なんだよ!
シロウは最強の剣士じゃなかったのかよ!
負けるのはいい!
でも、一度負けたくらいでやめちゃうのかよ!
情けねぇ!
シロウは俺の憧れで目標だったんだ。
逃げて家を出て行った事に怒りを覚えた。
話す機会があれば責めていたと思う。
けれど、シロウは俺の方を見る事なく行ってしまった。
俺はこの怒りと悲しみをどこにぶつければいいのか分からなかった。
姉ちゃんは変わらない様に見えて、前より無口になった気がする。
俺たちの訓練には前と同じ様に付き合ってくれたが、危険な事からはますます遠ざけようとしている様だった。
今回の5階の強敵モンスターも、討伐できるものが出払っているから、大聖女の姉ちゃんに討伐依頼が来ているのを俺は知っている。
ギルドの規定で最低2人で行動する事になっているからまだ討伐に行けないらしい。
かなり強いモンスターらしいが、大聖女の姉ちゃんなら一人でも倒せるんだろう。
俺が一緒にいたら倒せるんじゃないか?
姉ちゃんは、あんな逃げる様なシロウとは中学生の頃から一緒に強敵モンスターを倒してたのに!
俺はダメって酷いだろ!
シロウは、姉ちゃんがいたから強かったのに、最強の剣士なんて言われて調子に乗ってたんだ。
俺だって、姉ちゃんが居れば直ぐに強くなれる!
シロウみたいに、一回負けたくらいで逃げたりしない!
俺は、本当に最強の剣士になるんだ!
さすがに俺一人で強敵モンスターに勝てるとは思ってないが、見に行くくらいはいいだろ。
姉ちゃんには止められたが、どうしても俺は強敵モンスターを自分の目で見たかった。
道の先に開けた場所が見えて来た。
神殿入り口だ。
俺たち3人は顔を見合わせて笑った。
ずいぶん歩いて脚が疲れて来ていたが、そんな事は吹き飛んでしまう。
俺達は同時に駆け出した!
その時、目の前に黒い影が走る。
驚いて立ち止まるとビーグルが3匹いた。
さっきも勝てたし楽勝だな。
そう顔を見合わせた時に、視界の隅に別のモンスターは現れた。
丁度、俺たちの後ろ側にビーグルとアメーバの様な緑のモンスター、木のモンスターが、合わせて数匹いる。
しまった!囲まれた!
さっきまで意気揚々と走っていた俺たちだが、今は恐怖にすくみ上がっている。
個々のモンスターならさっきまで相手していたから問題なく倒せる。
けれど、この数は無理だ。
ビーグル3匹には慣れてきたが、他のモンスターの混合チームには対処する方法が分からない。
後ろのモンスターを倒せるとしても、その間に前方のビーグルが俺たちに向かって来るだろう。
「走るぞ!」
俺は叫んで飛び出す。
考えてる暇はない。
後ろの混合チームとはまだ少し距離がある。
この間に、前のビーグル3匹を突破する。
ビーグル3匹との戦いのコツはさっきまでで掴んでいる。
このまま切り込んで、道の先に活路を作り出すしかない!!
俺が真ん中のビーグルに切り付けるとビーグルは直ぐに倒れたが、すかさずに両脇の2匹が噛み付いてくる。
左側派はそのまま俺の刀で切り付けて引かせるが右のビーグルは止まらない。
俺は右肩を噛みつかれて、さらに爪が胸に食い込む。
痛みに気を失いそうになるが、耐える!
コウノ、早くしてくれ!魔法で倒せ!
驚いたコウノは動けずにいた。
コウノとニシオカの後ろにも、もうモンスターが迫って、今にも飛び掛かろうとしている。
ここまでか、と薄れる意識の中で思う。
ニシオカがコウノの腕を引いて走る。
ハッとしてコウノも自力で動くと、同時に魔法を唱え始める。
それに気付いた俺は、最後の気力を振り絞り、剣を握る手に力を込める。
コウノの魔法が俺に噛み付いているビーグルに命中して、ビーグルが吹き飛ぶ。
すかさずニシオカが回復薬を俺に投げると、体力が戻って来る。
この状況を知っていた俺は握った剣を、回復した身体で大きく振る。
メチャクチャな剣だったが、俺が切り付けて一旦退いたビーグル2匹が、起き上がり襲ってくる所に上手く当たった。
3匹のビーグルが倒れたこの隙を見逃さずに、俺たちは前に向かってひたすら走った。
道に先の開けた場所に出ると、気が緩んだのか、3人の足がもつれて転がった。
モンスターたちは道の端で止まってくれる訳じゃない。
もつれながら立ちあがろうとする。
なんとか絡まった足がほぐれて立てると言う時に、来た道に一瞬目を向けると、モンスターはまだ来ない。
そんなに遅いはずがないと今度は目をしっかり止めて見る。
モンスターたちの目が道の端からこちらを見ている。
無数に並ぶ目の異様さに、状況を忘れる。
さっきまで獰猛な攻撃性を向けて追ってきたモンスターの目が、哀れなモノを見る様に、それでいて無感情に俺たちを見ている。
彼らと俺たちの間に透明な壁を感じてじっと見つめ合っていると、当たりが暗くなる。
ここは神々しくまでの光が注ぐ神殿の入り口の筈なのに。
不思議に思って自然と視線を上に向ける。
ーー!!?
ーーそこに、本物の恐怖があった。
巨大な魔獣が上を羽ばたいていた。
巨大な鳥型のモンスターが今まさに俺たちに襲いかかって来ようとしていた。
これが強敵モンスターか、と俺は冷静に理解した。
ここで死ぬのだと理解した。
さっきまで戦っていたモンスターは動かない。
ずるいじゃないか、追いかけてこいよ!
アイツらは、まるで生贄を差し出す様に、この魔獣の寝ぐらにエサを放り込んだのだ。
モンスターにそこまでの知性があるのかは分からない。
ただ、モンスターたちが俺に向ける無機質な目が、俺をより一層哀れに感じさせる。
「うきゃああああ!!!」
「うわあああああ!!!」
ニシオカとコウノの叫び声が聞こえた。
気づくと俺も叫んでいた。
「あああああああ!!!」
恐怖の涙が溢れ出していた。
どうしてこんな事に!
来てはいけなかった!!
軽率だった!
バカだった!!
ごめんなさい、姉ちゃん!
助けて!!
母さん!!!
高速で降下する魔獣のくちばしが俺の顔を鋭く抉りついばんでいく。
そんなイメージを切り裂く一閃があった。
目の前には、勇者が立っていた。
「……シロ……ウ、兄ちゃん……」
勇者は微笑んだ。
「大丈夫か?ゴロウ」
俺の英雄が戻ってきた。
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