第2話 帰る理由と、会いたくない妹
地下鉄に乗り込んですぐに眠った俺は、短時間の間に、眠っている事も忘れるくらい深く夢に入り込んでいたらしい。
生々しい悲しみに、すぐに現実に戻って来れずにいた。
慣れない東京での生活を始めて4ヶ月。
大学とバイトで忙しく疲れたのだろう。
身体は地元にいる時に比べて運動量が減っているから楽なはずだが、頭の方は新しい事にフル回転で対応して休む暇がなかった。
何も考えたくなかった俺には丁度いい日々だった。
だから、ダンジョンの事をこんなにはっきりと思い出すのは久しぶりだった。
夢の中で握っていた剣と同じように、スポーツバックの持ち手を両手で握りしめていた。
この4ヶ月の間のダンジョンから完全に離れた生活の中でも、ダンジョンで身についた習性がふとした瞬間に動作から顔を覗かせる事は何度もあった。
けれど、忙しさにその事を深く考える事もなく日々は過ぎていった。
ダンジョンで竜と戦うかぁ、ゲームの世界の話だなぁ。
「はは」
と思わず小さく声を出して笑ってしまう。
ふと、駅の中だと言う事を思い出して慌てて引きつった笑顔を引っ込めたが、周りの乗客は特に気付いた様子もなく足早に通り過ぎていく。
地下鉄を降りて新幹線のホームに向かう通路は、ダンジョンの中よりも整備されているが、ダンジョンとそう変わらない光景が広がっている。
ここや、駅の外に広がるコンクリートで出来たビルの谷間の街の方が非日常的でよっぽどダンジョンっぽいと俺は思う。
俺にとってのダンジョンはずっと日常であり、生活の一部だった。
オレンジの竜と戦ったのは夢ではなく本当にあった事だ。
高校3年生の夏の生死を決するオレンジの竜との戦いの後で、俺はダンジョンに別れを告げて町を後にして都会の大学生になっていた。
ただ兄と言うだけで妹を守れると思っていた自分が恥ずかしく、サラと一緒にいる事が耐えられなかったのだ。
ダンジョンのある地元で、ダンジョンに潜る将来を考えていた俺は死に物狂いで勉強した。
剣を振るっていれば良かった俺には小学校の問題も難しかったが、難しければ難しいほど勉強に没頭できたから、サラと顔を合わせずに済んだ。
なんのことはない、八つ当たりこそはしなかったが、10歳の頃に大聖女と呼ばれる妹への嫉妬からサラに八つ当たりしていたのと何も変わらない。
サラに八つ当たりするような弱い俺が本当の俺だったのだ。
そんな俺にサラは9歳の頃のようには悲しい表情を見せることはなかった。
サラに軽蔑の目を向けられるのが嫌で俺が避けていたのもあるが、サラも俺を見つめるような事はなかったのだ。
俺はサラを避ける背中で、それを寂しく感じていた。
サラを避けながら、その実、サラを強く求めていた。
こうして季節が巡って、春に俺が大学へ行くまで同じ家に住みながら妹のサラとはすれ違ったままだった。
大学に行くとバイトもはじめて、やる事は沢山あった。
忙しい日々だったが、どれだけ働いても、長年ダンジョンで鍛えられた俺の身体は鈍って仕方なかった。
丁度ダンジョンのギルドから、夏休みはバイトに来ないかと誘われたので、夏休みを利用して別れを告げたはずのダンジョンに俺は帰ろうとしている。
2時間ほど新幹線に乗って駅に着く。
ここから乗り換えて電車で40分。
その後に車で30分かけて行くと俺の家に着く。
駅では早速、看板が出迎えてくれている。
「ようこそダンジョン温泉へ」
このあたりで乗り換える人は、俺の地元であるダンジョン温泉への客がほとんどだった。
正確には香夜温泉と言うのだが、ダンジョンが出来てからはダンジョン温泉で通っている。
30年前、突如としてダンジョンの入り口が現れた。
最初は外国の都会の真ん中に現れたのだと聞いている。
入り口を入るとモンスターの徘徊する世界で、何人もの人が命を落とす大惨事となった。
そこから世界に次々に魔物の住むダンジョンの入り口が現れた。
どうしてそんなものが現れたのかは誰にも分からなかったが、ダンジョンは存在した。
考えるより先にダンジョンの探索が進んでいき、ずっと地下深くまで続く。
探索の中で、こっちの世界とは別の法則がある事がわかって来た。
魔法が使える事や、取れる鉱物などの素材から、世界中のダンジョンは繋がっており、もう一つの別の世界があると言われるようになる。
そして、世界で一つのダンジョンギルドが結成され世界はダンジョンの時代に突入した。
そんな中で現れたのが、我が香夜温泉のダンジョンである。
世界各国の危険なダンジョンとは違いギルド認定のレベル1からレベル5までの低レベルなモンスターがひしめく地上に近い地下の低階層のダンジョンは、戦いの心得が無くても楽しめると観光客に大人気だ。
近所の幼稚園や小学校の遠足コースの定番でもある。
そして、各国のダンジョンに比べて低レベルなモンスターは初心者冒険者の訓練所としても重宝されている。
しかし、やはりそこはダンジョンで何があるか分からない。
迷子やレベルの高いレアモンスターの出現に備えて香夜温泉もギルドを作り、常に警備を置いている。
周辺の高校生のバイトの定番にもなっていた。
戦いの心得があればもっと深い階層に潜っての素材集めなど割りのいいバイトも多数あり、大学生や就職したり、一度街を出た者も食い詰めて帰ってきたりする。
俺の場合は金に関しては都会のバイトでも忙しくしていたいだけで金を使う暇もないから金が欲しいからではない。
純粋に身体がダンジョンを求めているから帰るのだ。
けれど、今こうして電車に揺られて戻る道すがらも俺は迷っていた。
あの情けない醜態を晒して妹に見捨てられた俺が、またダンジョンに戻ってもいいのだろうか。
自分を最強と信じて純粋に楽しかったあの頃に戻りたいと思ったが、弱い自分が仲間たちの足を引っ張るのも怖かった。
『……せん』
あの日の妹の声が聞こえた気がした。
あの時、サラに言われた言葉を俺はまだ引きずっている。
あの言葉があったからこそ外の世界へ出ていったと言うのに、戻って来てしまった。
サラは俺にあったらどう思うんだろうな。
気まずいなぁ。
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