第5話 可愛いハーフの後輩ちゃん

「佐渡さん! あの…ちょっと、話があって!」


 インターホン越しの声が、僅かに震えている。

モニター越しに見える紙袋を握る小さな手。


「…話?」と、思わず呟き、オートロックを解除する。


 そのまま彼女が上がってきたタイミングで、玄関に向かい、ドアを開けると、彼女が天真爛漫な笑顔を浮かべる。


「お家に入れていただき、ありがとうございます!」

【挿絵】

https://kakuyomu.jp/users/tanakamatao01/news/16818792437904513177


 白髪が揺れ、大きな瞳がキラキラと光る。

ロシア人の母譲りの白髪は、まるで月光をまとったようだ。


「お、おう…」と、俺は戸惑いながら答える。「今日、仕事は?」

「午後休もらいました! みんな心配してたんですから!全然連絡も取れないし!」と、彼女が鼻をフンスカと鳴らし、スーパーの袋を掲げる。


「佐藤先輩から聞きました。離婚するって…それで、1週間も休むって聞いて…心配になって!」


 三島アーシャ。

23歳、今年度入社した新卒の後輩。


 俺と同じ課に入ってきた直属の部下で、研修後も何かと面倒を見てきた。


 普段は明るく、元気で、愛嬌たっぷり。

小柄だが、営業の才能は抜群だった。


 彼女の可愛らしい見た目と天然な振る舞いで、クライアントを次々落とす姿は、3年目の俺を軽く超える。


 

「ああ、そっか。会社用携帯、置いてきてたから連絡取れなかった。心配かけて、ごめん。俺は大丈夫だよ」と、笑顔でそう言う。


 だが、彼女はフンスカと鼻を鳴らし、納得いかなそうな顔を浮かべる。


「全然大丈夫じゃないですよ! あの日の朝、めっちゃミスしてましたし…明らかに様子おかしかったですもん!」と、彼女の声に、熱がこもる。


 確かに、あの日は頭が瀬奈のことでいっぱいで、書類を間違え、同僚にもたくさん迷惑をかけた。

全く…情けない先輩だ。


「…心配かけたね。ごめん」と、俺は小さく頭を下げる。

「なんで先輩が謝るんですか! もう、先輩は人が良すぎるんですよ!」と、三島ちゃんが頬を膨らませ、叱るように言う。


 彼女の純粋さに、胸が少し温かくなる。


「で、えっと…今日は元気になる料理、作りにきました!」と、彼女がスーパーの袋を掲げ、笑顔を見せる。

流石にお茶を一杯出す程度では帰りそうにない雰囲気だ。


「…本当に大丈夫なんだけどな」と、苦笑するが、彼女のキラキラした目を見て諦める。


「じゃあ…お願いしようかな」

「やった!」と、三島ちゃんは可愛くガッツポーズをし、弾けるような笑顔を浮かべる。


 そのままキッチンに向かい、袋から食材を取り出す。


 玉ねぎ、挽肉、トマトソース。

手際よく準備を始める姿に、つい見とれる。


「何か手伝うか?」俺が声をかけると、「先輩は座っててください! お客さんなんだから!」と一蹴される。


 仕方なくソファに座り、チラチラと彼女を見る。


 白髪がキッチンの蛍光灯に輝き、細い腕が包丁を動かす。


 玉ねぎを切る音、挽肉が焼けるジューという音、トマトソースの甘酸っぱい香り。

静かな家に、久しぶりに温かい気配が満ちる。


 料理とかできるタイプだったのかと、少しだけ意外な一面に驚かされる。


 そして、1時間ほどで、彼女が汗を拭いながら皿を運んでくる。


 こんがり焼けたハンバーグ、彩り鮮やかなサラダ。

見ただけで食欲をそそる。


「おお…うまそう」

「母秘伝のハンバーグです! めっちゃ自信あります!」と、胸を張る。


「ありがとな」と、椅子に座り、彼女と向かい合う。


「いただきます」

「いただきます!」


 ハンバーグを一口。

ジューシーな肉汁、トマトソースの酸味、隠し味のスパイス。

驚くほど美味い。


「…うまい」

「でしょ! 自信作なんですよ!」と、彼女が身を乗り出し、目を輝かせる。


 俺の反応に満足そうに笑う。


 食事をしながら、彼女が会社の話を始める。俺が休んでいる間の営業の進捗、クライアントの反応、佐藤先輩の愚痴。


 彼女の明るい声が、リビングを満たす。


「でね、佐藤先輩、書類ミスって私がフォローしたんですよ! めっちゃ感謝されました!全く、10個も上なのにたまにドジっ子なんですから!」という自慢話に、つい笑ってしまう。


「佐藤先輩はミス多いからな」と、俺は相槌を打ち、ビールを飲む。


「その点、佐渡先輩は完璧ですよねー!でも、ミス多かったですよ、あの日だけは!」と言われてしまう。 


 そして、食事が終わり、皿を片付ける。

彼女が申し訳なさそうな顔で、ふと口を開く。「あの…答えたくなかったら全然いいんですけど…奥さんとは、何があったんですか?」


 いずれバレることだ。

それに俺に非があるわけでもない。


「…不倫されてた。その現場を目撃してな。実は、結構前から気づいてたんだけどな。浮気で終わるなら我慢しようと思ってたけど…本気になったみたいで。元々、夫婦の関係も冷めてたし、まあそれでこういう結果になった」


 空いた皿を見つめ、淡々と話す。

三島ちゃんの目が大きくなる。


「…そうだったんですね。知らなかったです。私、奥さんに会った時、お二人とも仲良さそうだったから…そんな人だとは…」

「人前では上手く演じてたからな。もう、そういう演技をしなくていいのは、助かるよ」

「…そう、ですか」


 少し気まずく重い空気が流れる。


「あの…佐渡先輩は…他に好きな人とか、できたんですか?」

「ないな。懲りたっていうか…初めての彼女だったからな。そういう余裕がなかったのかもな。彼女のことしか知らなかったから」


 情けない話だ。

今思えばもっと色んな恋愛をしておくべきだった。

そうすれば結果は違っていたかもしれない。


「そういう三島ちゃんはどうだ? 誰かいい人いるか? セクハラになっちゃうかもしれないから、答えたくなかったらスルーしていいぞ」と、空気を変えようと、そんな話題を振ってみる。


「…彼氏はいません。でも…好きな人は、います」と、小さな声で呟いたその頬は僅かに赤かった。


「そっか。いいな、恋愛って活力になるよな。特に片思いは、辛くて楽しいだろ」


 俺は皿を洗い、シンクで水を流す音が響く中、彼女が何かを呟いた。


「ん? 何か言った?」

「いえ! なんでも…ないです…」


 と、慌てて手を振る。

彼女の大きな目が、どこか逃げるように揺れる。


「まぁ、俺のようにならないように…三島ちゃんは相手を見極めてな」

「…はい。みる目には自信があるので」


 それから少し雑談してから彼女は帰って行った。


「あの…!いつでも呼んでください!た、例えば…ひ、人肌が恋しい夜とか…//私…!//む、胸は小さいですけど…//その…色々アレなので!//」と、よくわからないことをぶっちゃけられた。


「…あぁ。一人で抱え込まないようにする。本当、ありがとな。きてくれて嬉しかった」というと、顔を真っ赤にしながら「は、はい!!」と、満面の笑みを浮かべて帰って行った。


 さて…どうしたものかな。

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