嫁をNTRされた夜、10年前にこっぴどく俺を振った美少女と再会した
田中又雄
第1話 運命の再会
夜の静寂を破るように、鍵を回す音が小さく響いた。
佐渡大輔、25歳。
出張の予定が急遽キャンセルになり、予定より早く自宅に戻ったこの夜、俺の人生は一つの終わりを迎えようとしていた。
玄関を開けると、薄暗いリビングに漂う微かな香水の匂い。
普段、妻の瀬奈がつけているものではない、知らない香りだ。
靴を脱ぐ手が一瞬止まる。
玄関には知らない男のものの靴が一足。
リビングの奥、寝室のドアから漏れる声。
瀬奈の声。そして、男の声。
低く、親密な、聞き慣れない声。
心臓が一瞬だけ強く脈打ったが、すぐに冷たい冷静さが胸を支配した。
「ああ、やっぱりな」
呟きは、吐息のように消えた。
薄々感じていた。瀬奈の不倫。
スマホに映る怪しい通知、帰宅しない夜、会話の隙間に生まれる距離。
すべてが、こうなる予感を孕んでいた。
それでも、こうして目の当たりにする瞬間は、胸の奥に鈍い痛みを残した。
寝室のドアをそっと開ける。
隙間から見えたのは、薄いカーテン越しの月明かりに照らされた二つの影。
瀬奈の白い肌と、知らない男のたくましい背中。
ベッドの軋む音が、耳に突き刺さる。
目を逸らしたかった。
けど、そんなことをしている場合ではないとポケットからスマホを取り出し、録画ボタンを押した。
証拠が必要だ。
離婚を決めた今、感情に流されるわけにはいかない。
録音もオンにし、しばらく撮影してから静かにドアを閉める。
瀬奈は気づいていない。男も。
家を出ると、夜の冷気が頬を刺した。
街灯の光がアスファルトに細長く伸び、俺の影を薄く映す。
どこへ行くあてもなく、ただ、酒が飲みたかった。
ふらりと目に入ったバーの看板。
古びた木製のドアを押し、薄暗い店内に足を踏み入れる。
カウンターに座り、ウイスキーのロックを注文した。
氷がグラスの中で小さく音を立てる。ジャズのメロディが遠く響き、隣の客の笑い声が空虚に聞こえた。
◇
グラスを傾けながら、瀬奈との過去が脳裏をよぎる。
18歳、大学1年の春。
ゼミの教室で隣に座った瀬奈は、笑顔が眩しかった。
少し恥ずかしがり屋で、でも話すと驚くほど気が合った。
半年かけて距離を縮め、付き合い始めた。
お互い初めての恋人。
初めてのキス、初めての夜。
ぎこちないながらも、すべてが新鮮で、すべてが愛おしかった。
23歳で結婚した時は、未来が輝いて見えた。
だが、いつからか歯車が狂い始めた。
社会人になり、忙しさに追われる日々。
夜のタイミングが合わず、触れ合う時間は減っていった。
セックスレスなんて、よくあることだと自分に言い聞かせた。
けど、彼女のスマホに届いた「ホテルで会おう」というメッセージを見た時も、最後に戻ってくるならと目を瞑った。
許せると思っていた。
愛があると信じていた。
けれど、帰宅しない夜が増え、会話は事務的になり、俺の心は少しずつ冷えていった。
そして今夜、俺のいない家で、瀬奈が別の男と絡み合う姿を目撃した瞬間、愛は完全に枯れた。
離婚届を出す。
それが、俺の出した答えだった。
「ねえ、お一人? いつも一人で飲んでるタイプ?あー、昔から友達いなかったもんねー」
軽やかな声が、思考を切り裂いた。
カウンターの隣、いつからそこにいたのか。
女がグラスを手に、ニヤリと笑いながら俺を見ている。
長い黒髪、鋭い目元、口元の小さなほくろ。見間違えるはずがない。
心臓が、10年前の記憶を呼び起こす。
「…我妻?」
【挿絵】
https://kakuyomu.jp/users/tanakamatao01/news/16818792437860919349
我妻雪。15歳の夏、俺を盛大に振った女。
中学の同級生で、いつも教室の中心にいた、可愛くて、口が悪く…高嶺の花だった女の子。
あの頃の我妻は、俺にとって眩しくて、遠い存在だった。
目の前に立つ彼女は、変わらず美しい。
いや、10年の時が彼女に大人の色気を加えていた。
黒のタイトなワンピース、首元にネックレス。
そして、左手の薬指に光る結婚指輪。
「おっ、名前覚えてたんだ。やるじゃん」
我妻は目を細め、グラスを軽く振りながら隣に座る。
「で、あんたの名前…何だっけ?猿渡?」
「佐渡大輔だ」
俺は静かに答える。
彼女の軽い口調に、微かな苛立ちと懐かしさが混じる。
「あー、そうそう! 佐渡! へえ、懐かしいね」
彼女はカウンターに肘をつき、俺をまじまじと見つめる。
「ふーん、変わってない…いや、ちょっと老けた? でも、地味な感じはそのまんまだね」
「うるさいな。お前も変わってないだろ、その口の悪さ」
「まぁねー。てか、一丁前に結婚してんだ」と、俺の指輪を指差す。
「…明日には外す予定」
「…マジ?離婚するの?」
「その予定」
俺はグラスを握り、苦笑する。
彼女の左手、指輪が光る。
「そっちも結婚したんだな」
「まぁね。イケメンで金持ちの旦那、ゲットしたよ」
髪をかき上げ、自慢げに笑う。
だが、すぐに口元が歪む。
「…ま、近々離婚する予定だけど」
「冗談だろ?」と、俺は眉をひそめる。
「ガチガチのマジだよ」と、肩をすくめ、ウイスキーを一口飲む。
「うちの旦那、浮気グセがすごくてさ。結婚しても治らないから、慰謝料たっぷりもらってサヨナラする予定。今はその証拠集め中。てことは、来月にはバツイチ同士か…なんてね」
彼女の軽い口調に、なぜか俺の胸がざわつく。
「やば。てか、そっちは何があったん?話して話して!」
「話すようなことじゃない」
俺は目を逸らし、グラスを見つめる。
「ケチ。ドケチ。ドスケベ」
「すけべなのは妻の方だ。…妻が…不倫してた。その現場を今日見た。そんだけ」
一瞬、黙る。
珍しく真剣な目で俺を見るが、すぐにいつもの笑顔に戻る。
「へえ、そんなの直面するとかドラマみたい。で、どうすんの? 泣き寝入り? それともガッツリ慰謝料?」
「証拠は撮ったから。慰謝料はもらう」
「ふーん、冷静だね。さすが佐渡」と、クスクス笑う。
なぜか、その笑い声が耳に心地よかった。
それから、昔話に花が咲いた。
中学の担任が今どうしているか、クラスの誰々が結婚したか。
それと、俺が告白した日のことを鮮明に覚えていた。
「ねえ、覚えてる? 夏の放課後、校庭で告白してきたじゃん。顔真っ赤で、『好きです!』って。マジで可愛かったけど、即答で『無理』って言って、それからどれくらい無理かを懇切丁寧に説明したっけ」
「…よく覚えてるな。名前も忘れてたくせに」
俺は苦笑する。
あの日の屈辱。
夕焼けに染まる校庭、冷たい笑顔。
10年経っても、胸がちくりと痛む。
「だって、流石に無理すぎるじゃん?でもさ、あの頃はガキだったから。まぁ、ごめんね、ちょっとキツかったよね」
今更ながら軽く頭を下げる。
冗談めかしてるが、目には微かな本気だった。
「今さら謝られてもな」と、俺は肩をすくめる。
「そっか。じゃあいいや」
「切り替え早」
「これが私の魅力だからねー」と、わざとらしくウインクする。
昔と変わらない、憎めない軽さ。
時計を見ると、0時を回っていた。
酒のせいか、彼女のせいか、胸の重さが少しだけ軽くなっていた。
立ち上がると、急にとある提案をしてくる。
「ね、連絡先交換しようよ。バツイチ同士、なんか面白そうじゃん」
「何のつもりだ?」と、俺は怪訝な顔をする。
「別に? ただの気まぐれ。ほら、早く!」我妻がスマホを突き出してくる。
渋々LINEを交換し、店を出た。
外は冷たい夜風。
彼女の笑顔が、頭の中でリフレインする。
瀬奈の裏切り、離婚届の重さ。
そして、この再会。まるで、運命が俺を嘲笑うように、新しい嵐を予感させた。
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