【設計図 No.19】新たな姿

ギルドの更衣室で着替えをしながら、凛から手渡された依頼書を覗く。内容は「ルミナルの収集!危険度B」とだけ記載があった。こころたちは不在であり、つぐみの冒険者ランクはD。本来ならば受けることすら許されない依頼だ。しかし、凛は「見込みがあるから」とだけ言い残し、この紙切れを渡してきた。

───つぐみの心は踊っていた。Sランク冒険者である凛に認められた幸福と、さらなる成長を求めて。


「……だって、テレビで言ってたよ!」


「まじか……その人ってAランク冒険者だよな?死んじゃったの?」


「わかんない……怖いよね……」


ふと、耳に入ってきた二人の女性の会話。そのニュースなら今朝も見た。ダンジョンに潜った一人の冒険者が行方不明らしい。二人の会話でつぐみは思い出した。

《工房スキル》の発現は、死の狭間から生還したことで得たものだ。だから、死への恐怖が薄れていた。しかし、死、すなわちこの世界からの消滅。意識はなくなり、二度と生きることはできない。


途端、つぐみの手が震え始めた。当たり前だ。死ぬのはみんな怖い。どうしてわざわざ危険な場所に行き、命を晒すのか。……こころも言っていた。ダンジョンは危険な場所。その言葉を改めてつぐみは理解した。


「てかさ、この前の緊急依頼の''英雄様''!かっこよかったよね!」


「ああ!あれ!私も同性なのに惚れちゃったよ。''命をかけろ''なんて、私怖くて言えないもん」


この前の、こころの話だ。

……そうだ。下ばかり向いていては次に進めない。誰かのためになるなら''命''をかけないと。つぐみは震える手を握りしめ、強く心に誓った。もう自分には迷わないと。

───複雑な気持ちを整理し、つぐみは依頼の場所へと向かうことにした。


******


ん?通知。誰から?


【姉さん:つぐみちゃんがクエストに向かったわ。助けを向かわせる?】


一つの通知がスマホを揺らす。綺麗なツインテールを揺らし、画面に映る深みを持ったサファイアのような瞳。


「姉さん……あれだけ褒めておいてまだ心配してるの?……つぐみは十分強くなったから、もう私たちは干渉しなくてもいいって言ったのに……」


凛はこころたちにつぐみのことを''任せている''。凛はいつも先を見ている。こころから見てそう感じている。だから、どうしてこころたちにそのようなことを言ったのかは分からなかった。

……けど。


【つぐみはもう十分強いから大丈夫よ。それに、いざとなったら私が行くから】


こころはスマホから凛に連絡を入れ、勉強机に体を向き直し、教科書を再び見つめ直した。

───ふふっと笑みをこぼし、耳は少し赤みを帯びていた。


******


ここが依頼先のダンジョンか。普段とは違った禍々しい雰囲気を帯びている気がする。

つぐみはショルダーポーチから飛び出す工具たちを横目に、今回の依頼物であるルミナルの詳細を調べる。


ルミナルは白色の小石のような見た目をしているが、凄まじいほどの放射線を放っており、人体に影響はないものの、発電や日常の様々な用途に用いられる。例を挙げるならば、蛍光器具としてよく用いられている。その放射線を可視光線として蛍光物質を光らせることができ、電気を使わないエコな代物だ。


つぐみはスマホをポケットにしまい込み、いつの間にか《生成》によって作られたカルメル鉱製の剣を握り、あることを思いつく。


「新しく盾でも作ってみようかな」


同じく《生成》により新たな設計図を思いつく。それは、カルメル鉱製の深紅の盾。必要な素材を拾い集めると、毎回驚くような手捌きで輝きを放つ盾を生成する。盾を片手に持ち、つぐみは一呼吸してからダンジョンに潜り始めた。


ダンジョンは少し湿っており、体調が崩れてしまいそうなほどだった。冒険者用の衣装も見繕ってもらおうと考えていると、目の前にペチャペチャと音を鳴らして現れる、無数のトカゲのような魔獣。


つぐみは呼吸を整え、剣を持ち直し、五感を集中させる。黒色の髪に赤い稲妻が走り、オレンジ色に輝く瞳を煌めかせ、口角を緩ませた。


「絶対に負けない!」


地面を強く蹴り、魔獣を燃え盛る剣で蹴散らしながら、ダンジョンの奥へと進んでいく。


******


しばらく潜っていると、指定された奥地にたどり着いた。すると、そこには白色の光を反射している石を発見する。つぐみはその石に近づくと、カルメル鉱でできた剣と盾が強く引き寄せられるような気を感じた。急いでギルドから支給されたバッグに石を詰めるため、カルメル鉱の剣を《分解(ディスアセンブル)》で素材へと還元し、新しくツルハシへと作りかえる。つぐみはもはや慣れた手つきで作業に取り掛かっていた。


意外にも、ルミナルの硬度は高く、大きな火花を散らしながら力いっぱいツルハシを振り下ろし、大きな塊をバッグに詰めていく。規定の量に達するまで、採取を続けた。

数分ほど続けると、規定の量に達したため、カルメル鉱のツルハシを剣へと変化させようとした時だった。


ガンッ!


大きな音がして後ろを振り向くと、あの時の魔獣───コロッサスがつぐみを見下ろしていた。


咄嗟の判断で、その場から離れるためにジャンプローリングで避けると、元の場所に鋼鉄の拳が振り下ろされ、大きなくぼみを作る。ギラギラと赤い宝石のようなセンサーでつぐみを捉え、ジリジリと距離を詰めてくる。つぐみは、カルメル鉱を剣にしようとした時に素材を投げ捨ててローリングをしたため、カルメル鉱の盾のみが残っている状態だ。

……このままではやられる。


コロッサスの振り下ろされる拳。つぐみは剣で得たように、五感の力を集中させ、太陽のような髪と瞳を発現させる。


「お願い!……防いで!」


盾が目にわかるほどの輝きを放ち、迫り来る拳を、一瞬だけ太陽のような光で包み込む。ガンッと鈍い音が響く。しかし、つぐみはよろけず、逆に巨体を持つコロッサスがたじろぎ、大きくよろけた。

つぐみは驚く間もなく、ルミナルを詰めたバッグへと走り出す。ルミナルの塊を手に取り、新たな決意を固めた。


「……《生成》!」


宙に舞う工具たちが忙しなく動く。すべてつぐみの頭の中にある「設計図」どおりに。つぐみは地面に落ちているルミナルの塊に小石などの必要な素材を混ぜ、魔獣の動きを監視する。既にコロッサスは起き上がり、宝石のような赤い目をギラギラと光らせ始めている。

コロッサスは高圧なレーザーの照射を構え、肌が焼けるような気がするほど赤く光り始めた。それと同時に、ルミナル製の剣が完成し、つぐみは強く握りしめる。


つぐみは五感を研ぎ澄ませ、全身が強く輝く感覚を覚える。しかし、カルメル鉱での感覚と少し違った違和感がつぐみを襲った。

───その時、つぐみは意識を失った。


******


レーザーが照射され、剣を前に構えたままのつぐみに向けてまっすぐ進んでいく。しかし、つぐみは動かなかった。

───瞬く間にコロッサスの片腕が落ちる。


真っ直ぐに照射されたレーザーは、つぐみの持つ剣に反射し、屈折した。壁や地面に繰り返し飛び、後方から強く貫く。

つぐみが剣に反射する。普段の髪色とは大きく異なる白髪のツヤを持つ髪が肩まで伸び、グリーントルマリンをはめ込んだような、美しい緑色の瞳を映し出す。


「……''この子''に触らせないから」


焼け落ちた魔獣の片腕はボロボロと音を立てて消失していく。それでも魔獣はつぐみに向かって大きな巨体からなる足を振り上げ、押しつぶそうとする。つぐみ?は、大きく後ろに飛び退き、目を閉じて剣を短く構えた。


「……《極聖(ブラスト)》」


剣先から小さく一つの光線が射出されると、目の前に目を疑うほどの大きさの薄い円盤のようなものを作り出す。円盤のようなものが音を立てて高速で回り出すと、光り輝く短剣が四方八方無数に飛んでいった。機械仕掛けのコロッサスは素早い動きが取れるはずもなく、跡形もなく崩れ落ち、その場から消失した。


残ったのは、壁や床はおろか天井までも、光の剣で切り刻まれた跡と、つぐみの荷物だけ。つぐみの荷物の元まで、剣を引きずりながら向かい、そっと片膝をつく。


「───」


悲しそうで、消え入りそうな声で呟く。それでも、その時の表情は口元を緩め、微笑んでいた。


******


「……ん?」


目を覚ますと、つぐみはダンジョンの壁にもたれかかっていた。……何が起こったのか理解できていない。覚えているのは、咄嗟の判断でルミナルを混ぜた剣を作ったところまで。


壁や床には切り込まれた跡がびっしりとあり、つぐみは強い恐怖を感じた。急いでカバンやショルダーポーチをかけ、その場を離れようとする。その時、ポロッとショルダーポーチから落ちてきたカルメル鉱とルミナルが目に入った。カルメル鉱とルミナルは一際他のものとは大きく輝き、つぐみを勇気づけてくれている気がした。


「なんだかよくわかんないけど……ありがとう」


つぐみは優しく二つの石を拾い上げて、ショルダーポーチにしまい込み、その場を後にした。

───輝きがさらに増したような気がした。


******


ギルドに戻り、依頼の報酬を受け取り、家へと帰宅する頃には既に20時を回っており、お母さんが夕食の準備を始めていた。つぐみは仕事帰りで疲れているだろうお母さんに罪悪感を覚え、夕食の準備を代わろうとする。


「お母さん、私代わるよ」


「いや、いいよ。もうちょっとでできるから。それより、先にお風呂に入れば?」


「……じゃあ、お言葉に甘えて」


つぐみは自室へと戻り、着替えを取ってお風呂へと向かう。一通り終え、リビングへと向かうと、お母さんの姿がなかった。少し探してみると、ベランダの縁側に腰かけ、夜空を見上げていた。


「お母さん、ここにいるなんて珍しいね」


「ああ、つぐみ。……少しね」


つぐみも縁側に腰かけ、お母さんの方を見る。その目には綺麗な夜空が映っていて、改めて美形な顔立ちだと思う。


「つぐみ……無理してないよな?」


お母さんが振り向き、つぐみに語りかける。夜風が二人の間に強く吹き付け、道路から聞こえる車の排気音などが鮮明に聞こえる。

つぐみは小さく微笑み、お母さんから視線を外し、夜空に輝く星々を見た。


「……無理なんてしてないよ。なんなら、大切にしたい人たちができたし、自分のスキルでいろんなことができるのが新鮮で、面白いから」


中学時代や、今まで''無スキル''として生きてきたつぐみにとって、憧れていたスキルの発現で生きることがもっと楽しくなったこと。こころやゆずりは、梓や凛さん、まひると京子のみんなが支えてくれて、大切なものが見つかったこと。つぐみの心から出た正直な言葉だった。


つぐみは縁側から立ち上がり、リビングに戻ろうとする。


「お腹すいちゃったから、夕飯食べよ!配膳手伝うから!」


******


立ち上がり、歩みを進めるつぐみの後ろ姿が目に入る。たくましくなり、それでも優しさを忘れない。お母さん───綾瀬 春は、夜空をじっと眺める。


「……ふふっ、私は過保護すぎだろうな」


春はすっと立ち上がり、庭に転がっている小石に小さく手をかざすと、小石が浮き始める。春はそのまま手を締めると、小石は高圧力をかけられたことにより大きな音を立てて、飛び散った。


「……''信じている''からな、心とやらたち」


リビングで「お母さん」と呼ぶ娘に、低く返事をしてリビングへと向かう。

春は、あの時の冷徹な瞳を隠しながら。

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