【設計図 No.18】つぐみの過去
……つぐみには深い傷があった。それは一生こびりつき、誰の手も届かないほどの。
つぐみは中学時代、いじめにあっていた。「無スキル」として生まれたため、社会的に蔑まれる立場。そのため、他人を傷つけ、優越感に浸るクズな連中に目をつけられた。いじめは、小学校から定期的に行われるスキル測定によって発覚した。小学校の頃は、世間を知らない無邪気な子供たちに囲まれ、皆が自分と等しく接してくれた。
しかし、中学校は違った。ネットの中傷的な意見を鵜呑みにし、モラルの欠片もない者たちが多く現れ、「無スキル」の発覚によっていじめは始まった。
スキル測定の翌日、教室に入ると、机にでかでかと「社会のゴミ、学校に来るな」と書かれた酷い光景が広がっていた。立ち尽くすつぐみの頭上から、突然冷たい水がかかる。
「キャハハ!こいつにはこの姿がお似合いだわ!」
腹を抱えて爆笑する一人の女子生徒に、大勢の生徒がつぐみを指さしてニヤついた。
……つぐみはものすごく短気だ。
今すぐにでも、背後の女子生徒を殴りたかった。今すぐにでも、全員に怒りをぶつけたい。しかし、つぐみの父親は小学生の頃に命を落とし、今は母親が一人で生活を支えてくれている。親に迷惑をかけたくない。その思いだけで、その場に踏みとどまることができた。
翌日、さらにその翌日と、いじめは次第にエスカレートしていき、精神的にも肉体的にも疲労が溜まっていく。そんな時、一つの事件がつぐみに襲いかかった。それが、つぐみの人生に大きな枷をつけた。
中学2年になったある日、いつも通りの学校生活を終えた。今日は比較的マシな方で、弁当をゴミ箱に投げ捨てられたり、教科書の一部を破り捨てられたりした程度だ。教室内の全員が敵、その言葉しか毎日頭には出てこない。先生は見て見ぬふりを決め込む。つぐみの中学は、世界的にも有名な資本家が建てた学校らしく、優れた家柄の生徒も多く通っている。そこでいじめの騒動が起きれば、学校の評判に不利益をもたらすのだろう。
……この世界は腐ってる。
つぐみが薄ら笑いを浮かべていると、突然目の前が暗転する。足がぐらつき、バランスを崩して転んでしまう。つぐみは命の危機を感じ、すぐに立ち上がろうとするが、二人の男子に両手首を拘束され、口に布をかけられた。暗い視界の中でぼんやりと見えたのは、通学路からは見えない薄暗い路地裏。そこには、同じ中学校の制服を着た見慣れた姿があった。
──────いじめのクソ野郎だった。
つぐみは必死に抵抗しようと、足をバタバタさせたり、腕に力を入れた。しかし、ビクともしない。一人の男子に手首に紐をかけられ、自由になった腕でつぐみに向けて、力いっぱいのビンタをかます。
「お前さぁ、散々来るなって警告を無視するから腹が立ってんだわ。このままお前を嬲り殺してやってもいいんだけど、それだともったいないじゃん?お前顔と体は上物だからさ、一発ヤリ捨ててから、社会的に始末してやるよww」
その言葉と同時に、男子の爪先が鋭い刃物に変形する。つぐみは先程の発言と、身動きが取れない恐怖から泣き叫び、助けを求めた。人通りの少ない脇道であり、多少の広さがあったため、誰にもその声は届かなかった。制服の裾、袖、シャツと次第に切り刻まれていき、下着姿になってしまう。男子の手先が狂ったのか、頬に爪を立てられ、ツーと赤い線ができ始めた。
───そこで、つぐみは気を失ってしまった。
******
目が覚めると、もう二人の男子はいなくなっていた。つぐみはもう何もかも諦めていた。どこまでいったのかも覚えていないから。しかし、不思議なことに下着姿のまま、ブランケットで全身が隠されており、そばには制服が綺麗に畳まれて置かれている。
……夢だった?いや、そんなはずはない。今もなお、冷たい風が肌を刺激している。
つぐみは、不審に思いながらも制服を着直し、家へ急いで帰宅した。誰が助けてくれたのかは分からないが、そこにいない命の恩人に感謝を告げながら。お母さんにはこのことは伝えなかった。怖かったから。心配させたくなかったから。
───つぐみは、自分自身を「親不孝者だ」と何度も反芻していた。
翌日、学校へ向かうと、一人のクラスメイトから声をかけられる。いつも頼もしく、つぐみのいじめに抗議の意を唱えてくれた男子だった。
「大丈夫?顔色悪いけど」
嬉しかった。気を許せそうだった。
……いつもだったら。
つぐみ自身もよく分からなかったが、突然、恐怖に襲われる。前日の恐怖がまた繰り返されるかもしれない。この人はそんな人じゃない。分かっていても、体は拒否反応を示し、気づいたらその場から走り出していた。
……つぐみはあの一件で男性恐怖症に陥っていた。
学校に登校すると、クラス内は静寂に包まれていた。つぐみの机の前に、ある女子が佇んでいる。つぐみはいじめの類いだと思い、堂々と席に向かった。もう全てを受け入れるつもりで。
「……どうかしたの」
「あなたが綾瀬つぐみね。「無スキル」の人間に私は嫌悪感を感じるの。正直に言うけれど、あなたのこと嫌いだから」
それだけ言うと、スタスタと教室を去っていく。洗練された顔立ちに、赤髪の綺麗なウェーブをなびかせて。
───平塚 舞との出会いだった。
その出来事から、舞からのいじめまがいのことが続いた。肉体的な損傷はないが、「出来損ない」「価値がない」などの心無い言葉を浴びせられる。つぐみはなぜか、この子を見返してやるという決意に満ち溢れた。今まで心無い行動や言動をされても諦めていたのに。舞は秀才だったため、テストでは全て満点近くをとり、成績はオール5に近かった。
つぐみは毎日勉強を重ね続け、空いた時間は全て体力をつけるための時間に当てた。その甲斐もあってか、テストでの点数は劇的に伸び、舞に次ぐ天才と皆に称されるほどになった。その頃には、いじめのことはなかったかのように皆が接してくれ、手のひら返しに驚いたが、全てが上手くいったと感じていた。舞は苦虫を噛み潰したような表情でつぐみを見ていた。唯一、男性恐怖症だけは治らなかったが。
*****
中学三年生になると、つぐみに新たな邂逅があった。
「馬酔木 麻朝です。よろしくお願いします」
「なんと、隣の県から越してきた子らしい。みんな仲良くな。じゃあ、あの子の隣に座ってくれ」
「はい」
若草色の前髪で目元を隠し、スラッとしたスタイルで大人な雰囲気を持つ、中性的な女子が、つぐみの席の隣に座った。
「よろしくね。つぐみちゃんだよね?つぐって呼んでもいい?」
「……う、うん。よろしく。麻朝さん」
にこにこと微笑み、つぐみの手を握る。麻朝も話を聞くと、同じく「無スキル」だった。親の転勤の都合で引っ越し、近くの中学校に通うことになったらしい。つぐみは親近感が湧き、すぐに友達になれた。同じ「無スキル」としての境遇を知り、心置きなく話せる相手ができたからだ。
麻朝と出会って数ヶ月が経つと、突然舞から手紙が回ってきた。
「今日放課後、校舎裏に来て」
放課後になると、いつも一緒に帰っている麻朝を先に帰して、校舎裏へと向かう。そこには、舞が険悪な顔をして待っていた。
「舞、急に何?」
「ああ、来たのね。てっきり逃げるかと思ってたわ」
いちいち人を苛立たせないといけないのか。つぐみは気持ちを抑えながらも、少し言葉を強くして用件を聞く。
「……で、用件は?」
「大したことじゃない。ただ、最近のあなたは気が緩みすぎている。成績も下がり気味なんじゃない?そんなんじゃ、またあの頃に逆戻りよ」
舞の言う''あの頃''が、いじめられていたことだとつぐみは理解する。なんでこの子に言われないといけないんだ。いじめておいて、何が分かるんだ。
つぐみは答えを返さず、無言で立ち去ろうとする。しかし、バチィンと鈍い音が聞こえ、後ろを振り返ると衝撃的な光景が目に入った。
「……ぃった」
「……ち、違っ」
先に帰っていたはずの麻朝が、自分の頬を抑えながら、舞のことを睨んでいる。舞の手は赤くなっているため、先ほどの音がビンタの音だと瞬時に理解した。
つぐみはとっさに、麻朝の前に出て舞を突き飛ばした。
「……ほんっと最低!!麻朝は関係ないでしょ!!」
つぐみは麻朝の手を取って足早にその場を去った。舞はずっと地面を見ていて、その場に固まっていた。つぐみの心境を表すかのように曇る空。舞のことを改めて''嫌い''になった瞬間だった。
それから舞は関わっては来ず、つぐみは普通の学生としての日々を送り、無事に卒業することができた。何の因果か、麻朝は別の高校へと進学し、舞はつぐみと同じ高校に進学し、同じような言葉を投げられるようになった。
そう、今も。
*****
「は〜……イラつく」
つぐみは自然と冒険者ギルドへと足を運んでいた。連絡アプリのこころたちがいるグループには、前回の戦闘での治療のために自宅療養中だとこころたちが伝えている。しかし、謎の力によって体に異常がないつぐみは、新たな依頼を受注しに来たのだ。
「あら、つぐみちゃん。今日も来たのね」
ギルド内の廊下を歩いていると、凛が声をかける。つぐみが会釈をし、依頼を受注しに来た旨を伝えた。すると、凛は一枚の依頼書を胸ポケットから取り出す。
「つぐみちゃんにお願いしたいものがあって、ちょうど良かったわ。''ルミナルの収集''。あなたのためにも役立つものよ」
つぐみは二つ返事で了承し、着替えを済ませ、指定されたダンジョンへと足を運ぶ。
───嫌な出来事は忘れてしまおう。そう強く誓って。
*****
日本から遠く離れた、とても遠い場所でのお話。
綺麗な星々が輝き、街灯の明かりが足元を照らす夜。一人の女子高生が、冒険者ギルドを訪れた。
「Hey, girl. We have already closed the reception. If you need something, could you do it tomorrow?(やあ、嬢ちゃん。もう受付は閉まっているよ。用事なら、明日にしてくれるかい?)」
ギルド内の受付人は丁寧に説明をして、女子高生を帰らせようとした。すでに時刻は遅く、高校生は補導の対象となる時間だったからだ。女子高生はこくりと頷いたため、受付人は安堵した。しかし、彼女は一つの質問をした。
「Sorry, I'm looking for someone called Ayase. Is she registered with this guild?(すみません、私は綾瀬と呼ばれる人物を探しています。彼女はこのギルドに登録されていますか?)」
「Okay, please give me a little time to look into it. …… There is no such person here. How about trying somewhere else?(分かりました、調べるので少し時間をください。……その人は見つかりませんでした。他の場所を当たってみては?)」
「I got it. Thank you for your kindness.(了解です。ご親切にどうも)」
女子高生は踵を返し、入口へと向かう。受付人がギルドの締め作業のために資料の整理をしていると、女子高生が急に手をかざしてきた。
「You memorized my face, right? That is very detrimental to me. So I'll have you disappear here.(あなた、私の顔を覚えましたよね?それは私にとって非常に不利益です。だから、この場で消えてもらいます)」
女子高生はそれだけ言い残すと、手の先から小さな球体が出現する。刹那、突風が吹き荒れ、その場にいた冒険者や受付人だけでなく、壁や天井までも全てが粉微塵に分解されていった。数秒後には、その場には血と瓦礫のみが転がっていた。
「まあまあの収穫、か。''あの方''の悲願を叶えるためにも、もう少し情報を漁るべきだな。……それにしても、海外の冒険者は弱い者ばかりで大丈夫か?」
女子高生は流暢な日本語を話しながらその場を去り、近くのダンジョンへと潜り始めた。翌朝のニュースには、悲惨な現場と機密情報がいくつか抜かれたという報道が、全てのテレビ局で流された。
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