【設計図 No.13】変化

呆然と立ち尽くす。

 耳を打つのは、割れんばかりの歓声。

 休憩室に入りきらないほどの人が集まっている。――私の、辞職に。


 どうして、私なんかに?


「綾瀬~! お前が辞めるなんて、俺……悲しいぜ」


「あんたがそんなこと言うなんて珍しいじゃん! つーちゃんが辞めるって聞いて、うち大学抜け出してきたんだから!」


「つぐみは可愛い後輩だからな。……無理もない」


 人混みを割って現れたのは、大学生の先輩たち。

 初めてのバイトで馴染めなかった私に声をかけ、居場所を作ってくれた人たちだ。


「綾瀬くん。君に合わせたい人がいるんだ」


 監督が、先輩たちの背後から現れる。その瞬間、先ほどまでの喧噪が嘘のように静まった。

 入口から、見覚えのある三十代くらいの男性が姿を現す。


――あの時、私が助けた作業員。


「……あなたは」


「綾瀬くんにどうしてもお礼を、と思ってね。君が辞めると聞いて、急遽準備させてもらったんだ」


 どうして、そこまで……?

 私はただのアルバイトで、それに休養をもらいながら別の仕事までしている非常識な人間なのに。


 考えを巡らせていると、その男性が私の手を取った。


「……俺には二歳になる息子がいます。あなたがいなければ、俺は今ここにいませんでした。息子も、妻も……路頭に迷わせることになっていたでしょう。

 それに、あなたは俺の命のために自分の命をかけてくれた。俺よりも若いのに、勇敢で……よっぽど大人な人です。その背中に、本当に感謝しています」


 言葉が、胸の奥に直接届く。


「綾瀬くんの行動は、誰にでもできるものじゃない。

 ”自分が良ければいい”という考えが当たり前の世の中で、自分の命を懸けてまで他人の幸福を願える。……君は立派で、英雄だ。本当に、生きていてくれてよかった」


 視界が滲んだ。

 堪えていたものが決壊し、頬を伝って涙が次々と零れ落ちる。


 ――私も、誰かの支えになれている。


 胸の奥に、”お父さん”と同じ温かさが広がった。



 その後はお別れ会になり、机いっぱいにお菓子が並ぶ。みんなで笑い合いながら食べ、全員で写真を撮った。私をセンターに――それは一生忘れられない一枚になった。


 二時間ほどで抜け出し、腕いっぱいのプレゼントを抱えてギルドへ向かう。

 寄せ書きの付いたクマのぬいぐるみ、人気ゲームキャラのプラモデル、高級そうな和菓子まで……。


「……余計、申し訳なくなってくるな」


 ギルドに着くと、荷物をロッカーに入れ、工具入りのショルダーポーチを肩にかける。制服から新品のスポーツウェアに着替えた。前回の装備は魔獣に破かれ、ボロボロになってしまったので再購入してある。


 クエストボードに向かい、Cランクの依頼を手に取った。


「これ、お願いします」


「ええ……でも、あなたDランクですよね? 大丈夫ですか?」


「はい。大丈夫です」


 あえて上のランクに挑む。こころたちとの実力差を痛感したからこそ、一刻も早く追いつきたかった。



 依頼は魔獣暴牙猪の討伐。

 ダンジョンに入り、《生成(クリエイション)》で石の剣を作る。

 さらに今回は、新たな工房スキル《修繕(エンチャント)》を試すつもりだ。


 カルメル鉱――火にまつわる力を持つ鉱石を剣に融合させる。


「《修繕(エンチャント)》!」


 石の剣が黄金色に輝き、カルメル鉱が光の糸となって吸い込まれていく。柄には太陽のような円形の輝き、刀身には稲妻のようなヒビ模様が走った。


「……そうはならんやろ」


 剣を手に、指定の地点へ進む。だが、そこは何もない狭い空間だった。

 足元の赤いボタンを見つけ、迷わず踏み込む。


 轟音とともに壁が崩れ――現れたのは天井に届くほどの巨体。金属の鎧に覆われた魔獣コロッサス


 本来、Aランク複数人で討伐する怪物。

 だが、私は胸の奥に絶対的な確信を抱いていた。


 首から下げたペンダントを握りしめ、剣を構える。


「……負ける気がしない」

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