第9話『西宮くんの待機時間』

 ──翌朝。


 多々良の告白を祝福するような、清々しい快晴──とは、ならなかった。

 窓の外にはどんよりとした灰色の雲。空気も湿っていて、まるで空までもが緊張しているかのようだ。


 教室に入ると、恒例の定位置には、もちろん月島がいた。

 だが今日は少し違う。


 いつものニヤけた笑顔ではなく、珍しく、好奇心と心配が入り混じったような、ちょっと真面目な顔をしている。


「西宮、さくらちゃんはどんな感じだった?」


 開口一番、それかよ。気になるのはわかるけど。


「キラキラしてたよ。三年越しの恋が叶うかもしれないって思ったら、そりゃ光るだろ」


 俺がそう答えると、月島は「ふーん」と頷きながらも、どこか気にかかる様子だった。


「それで、どんなふうに告白するかは決まったの?」


「うん。昨日の夜、『誘うことができました!』ってLINEが来た。今日の練習後が決着だ」


「おおー、ついに! 『西宮くんの恋愛相談』第二章クライマックスね!」


 そう言って、少しずつ彼女の顔に「いつものニヤニヤモード」が戻ってきた。

 なんというか、落ち着くような、落ち着かないような……


「短い期間だったけど、俺なりにできる限りのアドバイスはしたつもりだよ」


「うんうん、偉い偉い~。でさ~、『女子と話せない』西宮が、女子の恋愛相談を受けた気分はどうだったの~?」


 ……来たな。絶対に逃れられない煽りタイム。


「はいはい、多少は話せるようになりましたよ。進歩したんですよ……っていうか、まだ終わってないからな?」


「そうだけど~? でも、これで成功したら、正式に『恋愛相談の西宮冬真』名乗ってもいいんじゃない?」


「いらん称号つけんな」


 そんな軽口を交わしながらも──


(……正直、気になってしょうがないんだよな)


 俺の胸の中では、静かな緊張がジリジリと音を立てていた。


 告白の結果がどうなるか。

 本当に伝えられるのか。

 もしうまくいかなかったら──


 想像すればするほど、胃のあたりが重くなっていく。


「……ま、心配だよね。あんなに頑張ってたんだもん」


 月島が、ふと真面目なトーンで言った。


「……ああ。なんか、こっちまで緊張してきた」


「じゃあ今日の放課後は、報告待機だね。私も音部の練習サボっちゃおうかなー」


「いやサボるなよ」


 ──決戦は、今日の放課後。


 俺は再び、静かに深呼吸をした。


 次に動くのは、多々良さくら。

 俺にできるのは、祈ることだけだ。


 そして放課後。


 この数日、多々良とアニメ研の部室で過ごす時間が多かったせいか、一人きりの空間がやけに静かに感じられる。


 ──いや、正確には「静かすぎて落ち着かない」。


 九条? 彼は例のごとく自宅待機中。


 サッカー部の練習が終わってから告白するとのことなので、まだ一時間はある。

 俺はその間、心を落ち着けようと、本棚から既に読み終わった漫画を適当に引っ張り出した。


 だが──


(……ページ、進まねぇ……!)


 頭に入ってくるのは、セリフの文字じゃなく、今日の出来事と「その後」のイメージばかり。

 鼓動は無意味に早いし、喉は乾くし、漫画のコマが何も映像化されてこない。


(なに緊張してんだ俺……本番に挑むのは多々良のほうだろ……!)


 そう自分にツッコむが、効果は薄い。


 そんな時──

 コン、コン。


 部室の扉がノックされた。


(ま、まさか……もう終わったのか!?)


 一気に心臓が跳ねる。

 思わず立ち上がりかけたその瞬間、扉が開いて現れたのは──


「アニメ研の部室に来るの、久しぶりー」


 明るい声が部屋に響く。

 多々良……ではない。

 アニメ研(幽霊)部員の月島だった。


「合奏練は参加したんだけどね。パート練はみんなもやる気なかったから、サボっちゃった」


「驚きを返してくれよ……完全に多々良かと思ったじゃん」


 俺が肩を落とすと、月島はくすっと笑って俺の向かいの席に腰を下ろした。


「ここでさくらちゃんの相談、聞いてたんでしょ?」


「……って、なんで位置関係まで知ってんだよ。まさか、隠れて覗いて──」


「そうそう。私は何でも知ってる……っていうのは嘘だけど。西宮が女子と隣に並んで話す図、あんまり想像できないからさ。机を挟んで対面ってとこじゃないかなーって思っただけ」


 推理かよ。怖いよその洞察力。

 そのまま探偵事務所でも開けるんじゃないか。


「やっぱさ、私も気になっちゃってね」


「でも、月島って多々良とはほとんど初対面じゃ……ここで直接会っちゃうかもしれないぞ?」


「少しは話したことあるよ。私とさくらちゃんと天城は、数学の授業で一緒のクラスだし。グループワークで何度か話したことあるんだよ」


「……それで情報が月島に流れてくるわけか」


 まさかこんなところで授業のグループワークが繋がってくるとは。世の中狭すぎる。


 そんなやり取りをしていたとき──


 スマホの着信音が部室に響いた。


「っ……!」


 空気がピリッと張り詰める。

 カバンからスマホを引っ張り出すと、画面には「天城蓮」の文字が浮かんでいた。


(蓮……? 練習中のはずじゃ……)


 不安を抱えながら通話ボタンを押すと──

 受話口から、勢いのいい声が炸裂した。


『あんま詳しくは知らないんだけどさ! 多々良ってそろそろ告るんだろ!?恋愛相談がどうとかよくわかんねぇけど──まだだったら、止めたほうがいいかも!!』


「「えぇっ!?」」


 部室に、俺と月島の驚愕が同時に響いた。

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