第7話『多々良さんの予告』

 梅雨の気配がじわじわと空気に滲み出す、そんな重たい曇り空の朝。

 昨日の出来事を思い返しては、ニヤけそうになる口元をどうにか押さえながら、俺は教室に入った。


 ……すると、案の定、というか予想通りというか。

 前の席の月島が、机の上に肘を乗せ、ニヤニヤと俺を待ち構えていた。


「おっはよー西宮。……で? さくらちゃんとLINE交換したんだって~?」


 その声は、もう完全に面白がるモード全開だ。


「な、なぜそれを……」


「顔に書いてあるよ?」


「……っ!?」


「ってのは半分冗談で、天城が言ってた。『冬真と多々良がLINE交換したから連絡役じゃなくなっちまった』って」


(蓮……お前、なぜ月島に情報を流す……!)

 月島はただ純粋に楽しそうに笑っていた。


「いや〜、良かったじゃん。女子とLINE、ついに交換できたんだね。人生初──」


「ま、まぁ……お前のは持ってるから、厳密には二回目だけどな」


「ふ〜ん? 私のは幼なじみ特典ってやつでしょ?女子としてカウントされてない感がビシバシ伝わってくるな~」


「いや、そういうつもりじゃ……!」


「うそうそ、怒ってないよ。……で? 昨日から今日にかけて、何かやりとりは?」


 月島が期待に満ちた目で、俺のスマホを覗き込もうとする。

 俺は慌ててスマホをカバンの奥底に押し込んだ。


「い、いや、まだ……何も……」


「え~? もったいない。せっかくの貴重な一件目チャンスじゃん。『昨日はありがとう!』みたいなやつとか、『また相談待ってます!』とかさ」


「そんなテンションのメッセージ、俺が打てるわけないだろ……」


「じゃあ、代わりに私が送ってあげようか?」


「やめろ本気でやめろ、信用できない!」


 そんな会話を見計らったように、スマホの通知が鳴った。


「お! 連絡来たんじゃない?」


 月島が即座に反応し、ニヤニヤ顔を全開にして身を乗り出してくる。


「ど、どうせ蓮とかだろ……」


 強がりつつも、内心めちゃくちゃドキドキしながらカバンに手を突っ込み、スマホを取り出す。

 月島の視線を避けながらLINEを開くと──


《多々良さくら:昨日はありがとうございました!教えてもらった通りに今日先輩に話しかけてみたら、思ったより会話が弾んで、先輩も楽しそうで、本当良かったです!》


「……おお! 良かった!」


 思わず声が漏れた。

 その一言を聞き逃すはずもなく、月島が机越しにぐいっと身を乗り出す。


「はいはーい。誰からのLINE? さくらちゃんでしょ? 私にも見せなさーい」


「いや、ちょ、ちょっと!? 勝手に覗くなって!」


 俺がスマホを引っ込めようとした瞬間──


「……あっ」


 さらにもう一通、通知がポン、と届いた。

 その文面が目に入った瞬間、俺と月島の動きが同時にフリーズする。


《多々良さくら:私、告白したいです!》


「「えぇ!?」」


 教室の一角で、見事なハモり声が響いた。


 俺はその場で思考がショートした。

 前では月島が、驚きのあまり机に手を置いたまま、硬直している。


「ま、まってまってまって。これ、文字通りに受け取っていいやつ……!?」


「いや、まだ、可能性の話だろ!? 『いつか告白したいです!』の『したい』だろ!?」


「でも『!』付いてるから、勢いすごくない!? もう行く気満々じゃない!?」


「やばい、俺、相談の次フェーズ設計してる場合じゃなかったかも……!」


 月島は顔を手で覆いながら、笑いをこらえるのに必死になっていた。


「ねぇ……西宮……恋愛相談って、普通、こんなスピード感あったっけ……?」


「知らん! 少なくとも俺の観てきたアニメでは五話かける展開だぞコレ!」


 二人で肩を並べて、スマホの画面を呆然と見つめる。

 多々良の真っ直ぐすぎる想いと、その文字の破壊力に、教室の空気だけがやけに静かだった。

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