西宮くんの恋愛相談~アニメオタクに次々と恋愛相談が舞い込んでくる件~
黒谷 イト
第1章『多々良編』
第1話『多々良さんの恋愛相談』
「付き合ってください!」
──その一言が、静かだった俺の日常に波紋を広げた。
別に、俺が言ったわけじゃない。むしろ、そんなセリフとは一生縁がないと思っていた。
だけど、あの瞬間から俺の高校生活は、望んでもいない方向に、でも確実に動き出してしまったんだ。
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春が過ぎ、ゴールデンウイーク明けのある日。まだどこかぎこちない空気が漂う、高校一年の教室。
カーテンの隙間から差し込む光がまぶしくて、俺──
「……眠い。帰ってアニメ観たい……」
一時限目から国語の授業だ。文字の洪水に朝から飛び込む気力はない。
なにせ昨夜は、好きな恋愛アニメの一挙配信を深夜まで観ていたせいで、コンディションは最悪なのだから。
そんな眠気の海に沈みかけていた俺の耳に、バンッ!と背後の教室のドアが乱暴に開く音が飛び込んできた。
「冬真! 聞いてくれ!!」
やけに嬉しそうな顔で入ってきたのは、俺の幼なじみの
小中高と腐れ縁。運命なのか、それとも呪いか。
蓮はサッカー部で運動もできて顔も良いから女子に人気があるが、中身は驚くほど単純なお調子者。
そして、時々すごく空気が読めない。
「……なんだよ、朝から騒々しいな」
「俺、付き合うことになったんだ! 白鷺さんと!」
「……は?」
その名前に、眠気が一瞬で吹き飛んだ。
クラスどころか、学年でもトップクラスの人気を誇る女子だ。
男子の間では「雲の上の存在」で、蓮が彼女に憧れていたのは知っていたけど──まさか。
「……マジで言ってるのか?」
「マジだって! 昨日、放課後に思い切って話しかけて、その勢いで告白したら……OKもらえたんだ!」
「それは、おめでとう……。で、なんで俺にそんなハイテンションで報告を?」
「お前のおかげだろ! 先週、相談した時、『会話は共通の話題から探せ。無理なら天気の話からでもいい』ってアドバイスくれただろ? あれ、完璧だった!」
「……あー。言った、かもな」
そういえば言った。
あの時、アニメの主人公がふざけて親友キャラに言っていたセリフを、ちょっとアレンジしただけだったんだが……。
まさか、現実でうまくいくなんて。
むしろ、あのセリフからどうやって告白までたどり着いたんだか……。
「冬真、お前すごいよ! マジで恋愛マスターだ!」
「やめろ、変な呼び方するな。」
蓮は笑いながら俺の肩をバンバン叩いてきたが、俺は机に頭を乗せ直して現実から目をそらした。
──恋愛マスター?
フィクションのおふざけ知識がたまたま当たっただけだ。偶然だ、偶然。
「それでな、今日はちょっと、お前に紹介したいヤツがいるんだ!」
「紹介……?」
俺が顔を上げると、扉から見慣れない女子生徒がもじもじと姿を現した。
蓮との関係からして、おそらくサッカー部のマネージャーだろう。
「こいつ、
「え?」
完全に目が覚めた。
ていうか、お前、また勝手に話を進めてるだろ。
「いや待て、なんで恋愛相談で俺なんだよ。俺、現実の女子とは三秒以上目合わせられない男なんだが?」
「でも、俺に白鷺さんとの距離詰めるアドバイスくれたの、お前だろ? しかも、バッチリ成功したわけで。つまり実績アリ!」
「……アニメで観た知識をちょっとそれっぽく言っただけなんだけど……」
「だからこそ価値があるんだよ! 二次元仕込みで現実を攻略できるって証明された!」
「それ、騙されてるって言うんじゃないか?」
そう言いながらも、目の前の多々良と目が合った。
やや茶髪気味の髪を軽く縛って、着崩した制服。
だけど、その目はどこか真剣だった。
「あ、あの……突然すみません……。天城くんから、すごく頼りになる人って聞いてて……」
多々良はそう言いながら、緊張したように指先をいじっていた。
近くで見ると、目元が涼しげで、声は意外と落ち着いてる。
いい意味でサッカー部のマネージャーらしくない。
でも、やっぱり普通に美人。サッカー部、環境良すぎでは。
「別に、頼りになるとかじゃ……俺、素人だし……」
「あの、でも、ちょっとだけ聞いてほしくて。迷ってて、どうしたらいいか分からなくて……」
……うわ。
そのセリフ、アニメでよく観るやつ。
しかも「ピンク髪B枠系ヒロイン」の子が言うやつじゃん。
──俺は深く息を吐いた。
逃げたって、どうせ蓮は引かない。
「……分かった。話ぐらいは聞くよ」
多々良の目が、少しだけ緩んだ。
「ありがとう、冬真!」
「ありがとうございます……!」
蓮が満面の笑みでガッツポーズを決める。
やめろ、その満足げな顔。
「とりあえず、放課後にアニメ研の部室に来てほしい」
俺は恋愛マスターじゃない。ただの深夜アニメ廃人だ。
だが、いっそ乗ってやろう。オタクとしての名誉にかけて。
でも、
──この時の俺はまだ知らなかった。
これを皮切りに、『西宮の恋愛相談』が、想像以上の規模で広がっていくことになるなんて。
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