11 現実の交錯 一フィナ編

異世界に来て、もう一週間が経った。

この世界での生活は、いつの間にか楽しくなっていた。


以前は、ここをただのゴミのような世界だと思っていた。

だけど、今は違う。


住む場所があって、暇な時は市場をぶらついたり、お喋りしたりできる。

それに、ユキナのような素敵な人とも出会えたし、ティナカやヨルジュとも知り合った。


ハーレムも作れなかったし、ギルドでレベル上げもしていない。

だけど、それでも今の生活は前よりずっと楽しい。

なぜなら、もう一人じゃないから……。


それでも今、一番気になっているのは——

俺の頭の中に浮かぶ、目に見えて、触れることもできる白い流体の存在だ。


前にも見たことがある。

あれは、もう一つの世界にいる俺——

いや、元の世界にいる「俺」だった。


以前、危機に陥った時、一瞬だけ元の世界に戻ったことがある。

だけど、今の俺にはもう戻る勇気がない。


あそこにいる「俺」は、あまりにも孤独すぎる。

永遠に、ただ一人きりだった……。


俺は柔らかな草の上に寝転がり、手を空へと伸ばす。

このすべてを考えながら——

彼らに、このことを話すべきだろうか?

だけど、もし話したら……?


——その時。


「っ!?」


突然、俺の頭上にボールが落ちてきた。

まとまりかけていた思考が、一瞬で吹き飛ばされた。


ムッとしながらボールを拾い、遠くに投げようとした時——


「ご、ごめん! 大丈夫……!?」


慌てた様子で、三人の少女が駆け寄ってきた。



彼女たちは普通の人とは違う、不思議な服を着ていた。

それに、エルフ族のように耳が尖っているわけでもない。


「えっと……ボール、返してくれる? 本当にごめんなさい……」


俺はボールを手渡した。

すると、ボールを受け取った少女の顔色が、急に変わった——。


「ところで、お前たちは誰だ? その格好からして……エルフか?」


何気なく尋ねると、少女の一人が答えた。


「うん、私たちはエルフ族。今年で11歳と12歳だよ。

本当はもう二人仲間がいたんだけど、一人は最近、悪霊族のモンスターに襲われて、まだ病院で治療中。

もう一人は王族の女の子だったんだけど……

ある変態クズな“0階級者”に殺されたって聞いたの。

……可哀想に。

0階級なんて、この世界で一番のゴミだよ……。」


少女はそう言いながら、次第に目に涙を溜め、やがて泣き出してしまった。

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俺は何も言えなかった。


彼女たちの話を聞いて、言葉にできない感情が込み上げる。

どう返事をすればいいのか、わからなかった。


俺はそっと木に手をつき、考え込んだ。


「……お兄さん、大丈夫? なんか顔色悪いよ?」


別の少女が、心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。


俺は拳を握りしめ、立ち去ろうとした。


——その時。


「ねえ、お兄さんって……もしかして、0階級者?」


……心臓が凍りついた。


声をかけたのは、さっきボールを受け取った少女だった。

その表情は、真剣で……怒りを含んでいた。


彼女の言葉を聞いた他の二人は、驚き、戸惑いながら彼女を見つめる。


俺は何も言えなかった。

どう答えればいいのか、わからなかった。


やっぱり、異世界を甘く考えすぎていたのか……?


いや……。


もし俺が、すべての真実を話したら……。


——その時だった。


「ちょっと! 何言ってるの!?

どうして階級だけで人を判断するのよ!?

私たち、それが嫌でギルドに入ったんじゃなかったの!?」


他の二人が、憤慨した様子で少女を引き離す。


そして、今度は俺の方を見て、こう尋ねた。


「ねえ、お兄さん……この話、本当に知ってるの?

だって、0階級の人なんてほとんどいないし、私たちも初めて見たよ!」


俺は、深く息を吸った。


そして、決意する。


「……ああ。じゃあ正直に話そう。」


少女たちは、息を呑んだ。


「……君たちが言っていた“0階級の男”——それは、確かに俺だ。」


「!!」


「だけど、話は君たちが思っているような単純なものじゃない。

これには理由があるんだ。俺は……」


——しかし。


言葉が、喉で詰まる。


毎回そうだ。

真実を話そうとすると、必ずこの瞬間で止まる。


「……それなら、どういうことなの?」


先ほどの少女が、鋭い目で俺を睨む。


俺は唇を噛んだ。


俺は何もしていない。

何も悪いことをしていない。


だけど——。


なぜいつも、こうなってしまう?

なぜ俺は、最後の瞬間で……怖気づく?


少女が、さらに言葉を続けようとしたその時——

他の二人が彼女を引き戻し、怒鳴った。


「いい加減にして!

なんで階級だけで決めつけるの!?

私たち、そういうのが嫌でギルドに入ったんでしょ!?」


——沈黙。


そして、彼女たちは俺の方を振り向き、言った。


「……お兄さん。ごめんなさい。

私たち、間違ってた。」


……人生で初めてのことだった。


俺は、誤解された後に、謝られたことなんてない。

いつだって、俺が正しかろうと間違っていようと——

気づいた瞬間、周りは俺を指差して罵った。


だけど、今は違う。

初めて、誰かが……俺に、謝ってくれた。


俺は、自分の右腕をそっと撫でた。


——これは、一体何なんだ?


この、初めて感じる気持ちは……。


少女たちと別れた後、俺は再び木の下に腰を下ろす。


迷いはあった。


それでも、心の奥で、確かに何かが温かくなっていた——。


俺はそっと目を閉じる。


そして、頭の中に広がる景色へと向かう。


新たな決意を胸に、未知の道を歩き出す——。


………「パタッ……ギィ……ギィ……ギィ……」………


またあの聞き慣れた音が響いた瞬間、

俺は――再びあの痛みに満ちた世界へ戻ってきたのだと確信した。


倒れているスマホに視線を向け、

ひび割れた画面をじっと見つめ、強く握りしめる……

ベッドから降りた途端、涙が静かに頬を伝った。

胸を締めつけるような感覚を拭いながら、

俺はすでに割れてしまっている鏡の前へ歩く。

ぼやけてほとんど見えなくなった左目を見つめ、

そっと手を当てた――


紗布と眼帯をつけ直し、髪を整え、再びベッドへ戻る。

スマホを開き、俺が一番好きなバーチャルアイドルの曲を流した。

彼女の最新曲は“階級世界”をテーマにしたファンタジー曲で、

まさに俺が飛ばされた世界そのものだった……


「すべてを失ったその果てに……それがどうしたの?」

「失った私が、もう一度“愛”を探せばいい……」

「どんな境遇にいようとも、歩き出せば変われる……」

「信じていれば……君は決してひとりじゃない……」


曲を聴きながら、俺は静かに左目へ手を置いた。

その時――


外から、ドンッ!と大きな蹴り音が響いた……


俺はそっとドアへ近づき、

ドアの隙間から外を覗く――

そこにはスーツ姿の男が立っていた。


心臓がざわつく。

……まさか、弟の手下か?

いや、違う。あの話が本当なら、弟はもう俺を「死んだ」と思っている。

それに、俺は本当に一度死んだ……はずだ……


深呼吸して落ち着こうとした、その瞬間――


ドアが勢いよく蹴り破られた!


スーツ姿の男がずかずかと入ってきて、

俺の胸ぐらをつかむ。


「ま、待って……あなた誰? 俺たち知り合いだったっけ?」

俺は怯えながら問い返す。


男はすぐに手を離し、ポケットから一枚の借用書を取り出した。


「借金取りだよ! お前の父親がウチの老爺から八十万以上借りてるんだよ。

 それでな、『自分の唯一の法定相続人は息子だ』って言ってたんだ。

 さっさと老爺にこの八十万返してもらおうか!!」

男は不機嫌そうに煙草を吸いながら言った。


「ま、待って……老爺? 借金? 何の話だよ……」

俺は不安と混乱のまま答える。


しかしその直後、

男は容赦なく俺の腹を蹴りつけた!


「チッ……下等な奴が!」

男は吐き捨てるように言った。

「お前の父親は『全部息子のギャンブルのためだ』って言ってたよ。

 言い訳すんなよ、貧乏人のクズが……。

 今月中に金を用意しろ。できなきゃ指一本もらうぞ。

 老爺がどんな人間か分かってんのか?

 この街で一番の大物を騙そうなんて……死んじまえよ!!」


男は借用書を俺に叩きつけ、

乱暴にドアを閉めて去った。


残された俺は、その場にへたり込み、呆然としたまま動けなかった――


「老爺……本名不明。

 父の側の人間で、この街最大の企業のオーナーであり株主。

 一族の親戚は毎年数十万もの利益を得て、

 全員が豪華な暮らしをしている……」


スマホで調べてみると、

そこには見覚えのある親戚たちの名前が並んでいた。

彼らは毎年豪華なパーティーに参加しているという。


しかし――

俺はそんな家系に生まれていたなんて、

一度も知らなかった。


貧乏のせいで苦しめられた俺と妹妹。

母はこの問題で離婚し、

父は借金をギャンブルに使い果たし、金が尽きると自殺。

最後に残されたのは――

全部俺に押しつけられた“負債”だけだった。


何一つ得られなかったのに……

俺だけがすべてを背負わされる……


ベッドに横たわり、どうしたらいいのか分からなかった。


その時、

外から人々の話し声が聞こえてきた。

外へ出ると、ドアには「借金野郎」「金返せ」などの落書きがびっしり。

通行人は俺の家を指さし、ひそひそと笑っている。


俺は力なく部屋に戻り、

ただ、これが悪い夢であってほしいと願った……


時間はいつの間にか午後になり、

太陽が俺の顔に光を落としていた。

手に持った借用書を見つめながら、どうするべきか考え込む。


唯一の方法は……質屋に持っていくこと。


家の物という物をすべて質屋に運び、

十往復以上したが、金額にはまったく届かなかった。


公園のベンチに座り込んだ俺は、ただ呆然としていた。


ふと見ると、

子供が家族と楽しそうに遊んでいる――

そんな当たり前の光景が、たまらなく羨ましかった。


どうして……俺の家はこうなれなかったんだ?

俺だって……

ああいう時間が欲しかった……

時間を巻き戻せるなら、全部やり直したい……

幸せに生きたかった……!


――どうして……どうしてこうなった?


努力すれば変えられると思っていた。

人を大切にすれば、きっと報われると信じていた。


質屋で得た僅かな金を握りしめながら、

俺は夕暮れの街を歩く。


居酒屋の並ぶ通りでは、

悩みを抱えた人々が酒を飲んで愚痴をこぼしている。

……けれど彼らには家族や友達がいる。

でも俺は……何もない。


苦しむ権利すら、与えられていないみたいに……


一軒の居酒屋に入ってみたが、

メニューは五百円からで、

残り少ない金では何も頼めない。

俺は一番安い酒を一杯だけ注文した。


飲んだこともない酒。

弱いのに、どうしても飲みたかった。


しかし飲んでも何も変わらない。

心は晴れなかった。


追加注文もできず、店を出る。


雑踏の中で立ち尽くし、

どうしていいか分からない……


コンビニのレジの奥。

煙草が目に入る。


父がよく言っていた。

「悩んだら煙草吸えばなくなるぞ」


俺は煙草が大嫌いだ。

匂いだけで吐き気がする。

それなのに今、俺は父と同じことをしようとしている……


スーッ……ハァ――


「げほっ……うっ……!」


最悪の味だった。

癒やしどころか、心がさらに沈んでいく。


買ったばかりの煙草をすべて捨て、

公園のベンチに横になる。

左目の眼帯を外し、

何を考えるでもなく……ただ空を見つめた。



………「パタッ……ギィ……ギィ……ギィ……」………


再び、あの音が聞こえ――

俺はまた“あの場所”に戻っていた。


異世界は激しい雨。

俺は木の下に座っているが、

なぜか雨が一滴も当たらない。


気づくと――

木の上が氷で覆われ、雨を遮っていた。


驚いていると、

隣に雪娜が座っていることに気づき、思わず声を失う。


雪娜は眠そうに目をこすり、微笑んだ。


「ん……起きた?

 もう、さっき見つからなくて焦ったんだよ。

 雨が降りそうだったから探しに来て、ついでに雨よけしてあげたの。

 さ、戻ろ?」


差し出された雪娜の手。

俺は驚きながらも、嬉しくて、その手をそっと握った――。


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