鈍器

Richard

警部は受話器を置いた。室内にガシャンと乱暴な音が響く。

白い作業机に手を突きながら、溜息をついた。

その場に居た者たちは静まり返り、空気が凍り付く。

警部はチッと舌打ちをした。


「どうされましたか」


彼の隣に座っている部下が顔を上げた。

警部はまた溜息をついて、部下をみつめた。視線が自分に集中しているのを感じる。


「殺人だ」


全員が立ち上がる。


「現場はどこですか?急ぎましょうよ」


「いや、違う」


隣の部下は意味が分からないといった顔をして、

「なんです?」

と訊いた。


「...犯人を名乗る者からの通報だ。自分が人を殺したと。だが悪戯いたずらの可能性も否めない。一応のところ、発信源は新田二丁目の東交差点付近だと出ている」


「取り敢えず行きましょうよ」


だが何か、警部の勘には、どこか引っかかる気がしてならなかった。何かが違う。そこらの悪戯や殺人事件ではない。


「...ああ、玉井巡査長、君とあと一人くらいで行ってきてくれないか」


その彼の隣の部下が「ハイ」と返事をして、適当な仲良しを一人連れて出て行った。


「どうしたんです?そんな気になりますか?」


「イヤ、何かね、こう、妙なんだ」


沈黙が訪れた。

警部は壁の時計を睨んで、トントンと机を叩く。

長い針が半周程回った時、オフィスの扉が開いた。

警部はバッと立ち上がった後、舌打ちをした。


「オオ、さみい」と言いながら入ってきたのは、玉井らとは別の、これもまた警部の部下だ。

彼は警部補で、警部の席と半透明のパーティションを隔てた所に座っている筈だが、滅多にオフィスに留まっている事はない。

だがタイミングがタイミングであったため、警部は気が立って声を荒げた。


「矢島警部補!いい加減にタバコはやめないか!」


警部補は吞気な顔をする。


「なんか今日は厳しいですね。何かあったんすか?」


「...殺人の通報だ」


矢島は大して驚きもせずに、警部を見た。


「出動しないんすか」


「...通報者は犯人を名乗っている。場所も正確に摑めずに切れたからわからん。だから今動くのはよそうと思っていたんだ」


矢島はフウン、と言った。


「じゃあもう少し位置を絞り出すくらい——」


矢島の声を遮り、また受話器がプルルルルとけたたましくいた。

周囲の表情が固まる。

警部は眼の色を変え、瞬時に受話器を摑んだ。

警部が名乗る隙も無く、やかましい声が耳をつんざいた。


「路地裏で人が倒れてるんです!血も出てます!早く来てください!」


警部は眉をひそめた。


「場所はどこですか?」


「えっと、東交差点をチョット行った...えっと、商店街側です」


警部の心臓の鼓動が一段と速くなった。


「解りました、直ちに出動します」


警部は言い終わるや否や、再び乱暴に受話器を置き、ズカズカと歩き出した。


「殺人だ。場所は東交差点の商店街側!」


矢島を含む幾人かの部下が続いて駆け出した。


    ◉


夕方の終わり頃、警部たちは憔悴し切った顔をしてオフィスの扉を押し開けた。

みんなこぞってフラフラと椅子に座り込む。


「どうでしたか?」


留守番をしていた部下が不安げにく。


「駄目だ。目撃情報も証拠も何もない。現場検証でも死因しかわからなかった」


矢島が天井を見上げ、顔を手で覆いながら言った。

警部も自分に諭すように言う。


「ガイシャは男性、死因は強い打撲による頭部外傷だ。おそらく何回も何らかの凶器で殴られていて、脳味噌もぐちゃぐちゃだ。頭蓋もパックリと割れてしまって...」


警部はホレッと、現場で撮影した写真を、留守番の部下たちに見せる。


「ウッ」


と部下は吞み込んだ。


「これは酷い...」


「凄い有様だろう」


と警部は頷いた。


「何らかの鈍器か、若しくはその先が鋭利な物か。いずれにせよモノスゴイ損傷だ」


「指紋もガイシャ以外のは見つかりませんでしたし」


「第一発見者も、死亡からしばらく時間が経ってからですよ。聞き込みでも何も目ぼしい情報は得られなかった」


「警部、最初の犯人からの電話について詳しく聞かせてくれませんか」


「...男か女かも解らないくらい、不気味にこもった声だった。『自分が▬▬▬▬を殺した。これは復讐だ』とだけ言って切れた」


警部は、現場検証の資料をパシャッと机に放る。


「復讐...」


皆揃って顔が曇る。


「待ってください、▬▬▬▬と言ったという事は、その犯人は、ガイシャの名前を知っていたんですか」


「ああ、可能性が高い。現場班には、▬▬▬▬さんに目星をつけて捜査をしてくれと伝えてある」


——不可解だ。何もかも不可解だ。


隣で防犯カメラの映像を確認していた玉井が振り返る。


「防犯カメラも確認しましたけど、上手い具合に映ってません。鈍器らしきものを持った人も映っていませんでしたし、そもそも防犯カメラが少なすぎるんですよ」


矢島がこの言葉に敏感に反応して、警部の正面でパーティション越しに叫ぶ。


「だから言ったじゃないですか!行政に、もっと防犯カメラを増やせって交渉をした方がいいって何回も!」


警部はムキになって言い返す。


「したさ、何回も。でもこの町の財政にそんな余裕がないのは知っているだろうが」


「でも去年くらいにはもう諦めてたじゃないですか!あともう一押しだと思ってたんですよ?」


警部は溜息をついた。


「あのな、こんな事は言いたくないがね、今日だって事件発生時刻に矢島は居なかった。しかも警官なら防犯カメラの事について少しは知識があるだろう。防犯カメラを避けるのだって無理じゃないはずだろ?」


矢島はビクッとして蒼ざめた。


「俺が犯人だとでも...?」


「...」


全員の視線が矢島に集まる。


「イヤ...確かに、俺はその時署にも居なかったし、防犯カメラの場所も知っていますが——」


彼は冷や汗をきつつ、虚ろに目を泳がせた。

警部は、少し言い過ぎたと自分を落ち着かせ、ジッと矢島と目を合わせた。

この時やっと、矢島と自分が無意識に立ち上がっている事に気がついた。


「...普段からサボっていたり態度がなってなかったりすると、こんな風に疑われかねないんだ...仕事で挽回してくれたまえ」


「...はい」


緊迫した沈黙。

矢島を𠮟責しただけであるものの、警部の心の奥で妙に何かが引っかかる。適当を言ったつもりではあったが、矢島が犯人だという可能性は無きにしも非ず。違和感はそれだろうか。と、警部はそんな事を思った。

その時、ふと警部に悪寒が走った。


「——!?」


バッと振り向く。警部はスッカリ動揺して辺りを見渡したが、警官以外に誰も居る訳がない。

——何か、視線を感じたのだ。


「どうされました?」


「ア...いや、何でも」


警部はチラと矢島を見たが、怪訝な顔をしてこちらを見ているだけで、特に怪しく感じる事はなかった。


「...取り敢えず防犯カメラの映像でも確認しますか?」


一番最初に現場に着いた玉井が提案した。


「おう、そうだな」


と警部も腰を上げ、検証が始まった。


    ◉◉


警部は商店街近くの自宅へと急いだ。冬も佳境に差し掛かり、凍てつくような寒さだった。


彼の中で、妙な違和感は残り続けていた。それに、先刻からの恐ろしい視線もまだゾワゾワと感じている。


街灯が照らす範囲も僅かで、夜道の視界は最悪だった。彼はチラッと事件現場に目を遣った。ブルーシートで囲まれて、数人の警官によって尚も捜査が行われていた。パトカーのサイレンが、足元を照らす唯一の照明。

本当は警部こそ残って捜査をするべきだったのだが、何か変な胸騒ぎがして、特別に早退を許された。


玄関の鍵を開けると、リビングの方から柔らかい灯りが漏れていた。


「...ただいま」


声をかけると、キッチンの方から足音が聞こえた。


「おかえりなさい」


妻の声。警部はフウッと息を吐いた。


「ニュース見たわ。すぐ近くで人が殺されたって...町ももうその話題で持ちきりよ」


「ああ...そうみたいだな...」


「...遅かったわね」


「検証が長引いたんだ」


それきり会話は続かなかった。



「...難しいの?」


夕食の席で妻がポツリと呟く。


「...ウン、なにも摑めないんだ」


彼は箸を持ったまま返した。


「死因以外何もわからない。犯人の凶器も見つからないし目撃情報もない。おまけに防犯カメラにも映っていないとなりゃお手上げだ」


「自殺ではないの?」


「イヤ、間違いなく他殺だろう。ガイシャ自身であんなに激しい損傷を与えられる訳がない」


「...そう」


彼には依然として悪寒が続いていた。間違いなく誰かにどこかから見られている気がしたのだ。顔を上げて妻を見遣るが、黙々と食事を進めているだけだ。


「...妙に寒気がするんだ。事件発生とチョットから。事件とは関係ないかも知れないが」


妻が顔を上げた。


「寒気?」


「そう、何か、誰かにズット見られているような気がしてならない」


「それはあなた、疲れてるのよ。だって殺人事件に遭遇するのなんて、警察人生でまだ二回目でしょう?」


警部はハッと気づいた。確かに彼は数々の事件を担当してきたが、殺人にはこれまで一回しか触れた事がない。

彼はフフッと笑った。


「そうか、それでな」


「頑張ってるわね」


「そんなにだよ」


    ◉◉◉


彼は目を覚ました。帰るのが遅かったから、このくらいの時間に起きれば良いかなと思っていたが、部屋はまだ暗い。


——寒い。


布団に入っているのにもかかわらず、やけに寒く感じられた。むくりと起き上がる。


——寝室の窓が開いている。


道理で寒い訳だ。


「風のせいかな...?」


警部は立ち上がり、窓を閉めようと手をかけた。

眉をひそめて外を眺める。


「——ッ!?」


心臓が跳ぶ。

彼は必死に悲鳴を呑み込んだ。


庭に誰かいる。


途端に悪寒が警部の全身を駆け巡った。

慌てて反射的に窓を閉めようとしたが、運悪くその人影と目が合った。

影はギロリとこちらを瞠める。

警部は慌てて電気を付けようとしたが、一瞬目を離した隙に、その人影は何処かへ消えた。

額に玉のような汗を滲ませながら、急いで窓を閉めた。

彼は妻を起こさぬように布団に戻った。


——夢か...?


その後、一晩中寝られなかった。


    ◉◉◉◉


彼がオフィスの扉を開けると、矢島と玉井が机に突っ伏していた。

矢島のデスクには吸い殻がそのまま放置されていて、まだ若干煙が出ていた。

扉を閉めると、矢島はガバッと顔を上げた。


「アッ、すみません...」


警部はくびを振った。


「いや、いいんだ。寝ていなさい。こちらこそ昨日は済まなかったよ」


矢島の眼の下にクマが出来ている。玉井に関してはビクともしない。

警部は心の中で溜息をついた。矢島は犯人ではないのかも知れない。こんなに捜査に真面目で献身的な殺人犯が居るだろうか。

だが昨日の事もあり、内心怯えている。

自然と疑心暗鬼になってしまうのだった。


「防犯カメラも見ていたんですけどやっぱり判らなくて...でも現場からはさっき連絡が来ました」


彼は矢島に飛びついた。


「なんだって」


「ガイシャのプロフィールです。やっぱりガイシャは新田二丁目在住の▬▬▬▬さん▬▬歳で、聞き込みによると、特に恨まれるような事はなく、付き合いも良い人らしいです」


「フム...犯人の証言通りか...余計に気味が悪い」


「はい」


警部はふと、昨日の妻の言葉を思い出した。

まさか、とは思ったが、今考えてみると可能性はゼロではない。


「...自殺なんてどうだ?」


「はっ?」


「犯人の指紋も無ければ目撃情報もないだろう」


矢島は眉をひそめて返す。


「でも凶器なんて無いですよ」


溜息がオフィスに響く。

警部はいら立ちを募らせていた。一重に、犯人の尾を摑めないからではない。事件発生からずっと感じる視線が気になるのだ。


「警部の方はどうです?何か他に思い当たる事とか」


警部はむーんとうなって、矢島の向かいに腰かけた。


「犯人からの電話が妙に引っかかるんだ。奴は何が目的だ?」


「...本当に奴は犯人なんですかね」


「どういう事だ?」


「イヤ、何でも」


警部は矢島を横目に遣ってから、何の気なしに昨日撮った現場の写真を開いた。


「...?」


警部はアレッと思った。血まみれで判らなかったが、被害者の片方の拳に傷痕きずあと——アザのようなものがある。


「なあ、玉...」


彼は玉井に話しかけようとして止めた。まだ突っ伏して寝ているからだ。


「なあ、矢島、このガイシャの右手、何か傷がないか?」


矢島は眼を擦ってまじまじと写真を見てから、


「確かに...」


と呟いた。


「...何でしょう、犯人と争った痕ですかね」


そう判断する事に対して、彼は違和感があった。警部の勘がざわつく。


「ちょっと現場班に確認するよう言ってみてくれないか」


と言おうとしたが、隣では既に、矢島が現場に電話をしていた。


「......ウン、との事なんだ。ガイシャの手を入念に調査してくれないか」


矢島は話し終わると、ガチャリと受話器を置いた。

刑事二人は、暫く黙ったままだった。矢島に関しては、タバコを吸うという事も忘れている。


——調査はいつ終わる。


まだか、まだかと、焦燥感が募る。

すると、隣で寝ていた玉井が顔を上げ、ムクリと立ち上がった。

顔色が悪い。


「おはよう。大丈夫か?」


玉井は片目を閉じ、眉をひそめた。


「少し頭が痛くて」


そう言うとオフィスの扉を開けて外に出てしまった。



「ギャアアアアアア!!!!」


凄絶な悲鳴が響いた。

その場に居た全ての者が立ち上がり、扉の方を向く。

一人の部下が駆け込んできて叫ぶ。


「玉井さんが!」


「玉井がどうしたんだ!」


扉を抜けてトイレへ向かうと、血まみれになって倒れた玉井の姿があった。


「——ッ!?」


警部は啞然とした。

悪寒が走る。


「...何があったんだ」


玉井はピクリとも動かない。



玉井の血は、流れていた。



部下が脈を確認したが、直ぐに首を横に振った。

先程駆け込んできた部下が言う。


「玉井さんがトイレに入ってきたら、いきなり叫んで、狂ったように自分の頭を殴り始めて...」


——自分で...


「...頭蓋が割れている」


玉井の拳には頭蓋の欠片が付いて、骨は粉砕されていた。


全員が蒼ざめた。


——昨日の現場と同じだ。


すると、オフィスの方から、受話器がプルルルルとけたたましく啼く音が聞こえた。

警部は走った。

受話器を取り上げて、唾をゴクリと呑んだ。


「もし——」


警部の言葉を遮って、あの籠った声が聞こえた。


「自分が玉井を殺した。これは復讐だ」


    ◉◉◉◉◉


警部は頭を抱えた。昨日の違和感が当たったような気がした。


——これはただの事件じゃない。


「...あの電話の主は何なんですか。それに復讐って」


「ああ、本当に...まず声が籠もっているから判らないんだ。布越しにでも電話しているんじゃないのか」


「...それがなけりゃ、自殺で済んだと思うんですけどね」


「待て、そもそもお前、人間が素手で頭蓋を割れると思うか」


矢島は拳を握り締め、自分の頭を叩いた。

ゴッと音が鳴り、「いってぇ」と情けない声を出した。


「無理です」


「だろ?」


「先程現場からも電話がありましたよ。やっぱり、ガイシャの拳に頭蓋骨の破片がついていたそうです。まあ、もうガイシャではなく、自殺者かも知れませんがね」


警部は舌打ちをして俯いた。

死亡現場に遭遇したのにも拘らず決定的な結論を出せない、この異常な状況が、この上なくもどかしかった。

その時、電話が鳴った。

署の電話ではなく、警部の携帯電話からだ。

彼は嫌な予感がして、急いで着信を見た。


——妻からだった。


「もしもし」


「あなた...お願い、早く帰ってきて」


「どうしたんだ!」


「...誰か、居るの。庭に誰か居るの」


彼の身体がゾワッと震えた。


「——直ぐ帰る」


電話を切ると同時に、鞄を取り上げる。


「どうしたんです?」


「悪いが今日は帰る」


そう言うや否や、警部はオフィスの扉に体当たりした。


    ◉◉◉◉◉◉


バタンッ、と玄関のドアと鍵を閉めて、リビングへ直行した。

そこには妻が怯えた顔で座っていた。

警部はひとまず胸を撫でおろした。


「...あなた」


「大丈夫...?」


警部は息切れしながら庭を睨んだ。


「あなたに電話をしたら、いなくちゃったの」


だが、彼はまた、奇怪な視線を甚だしく感じていた。

胸騒ぎが収まらない。



「...玉井が死んだ」


「ええ、同僚の...ニュースで見たわ」


「そうか...」


警部はおもむろにテレビを点けた。

気を紛らわすためでもあった。

汗を拭く。


『今速報が入りました。今日昼頃、新田警察署で——』


——行かなければならない。


しかし警部は少し悩んだ後、言った。


「...今日は家に居るよ。君が心配だ。それに、実は、昨日人影を見たんだ」


妻がこちらを見た。


「あなたも?」


警部は昨晩起こった出来事を話した。そして「まだ誰かに見られているような気がする」と付け加えた。


「...やっぱり、今日は家に居てくれる?」


彼は頷いた。


我儘わがままでごめんなさいね...」


    ◉◉◉◉◉◉◉


寒い晩だった。妻が床につき、彼も寝ようとした頃に、家の固定電話に一本の電話がかかってきた。

電話番号を見ると——矢島からだった。

警部は恐る恐る受話器を取った。


「もしもし」


「ああ、警部、携帯に電話しても繋がらないからびっくりしましたよ」


警部は鞄の中に携帯を仕舞ったままである事を思い出した。


「ああ、済まない」


「いえいえ、えっと、今▬▬▬▬さんと玉井のDNA鑑定の結果が出たんですけど」


「...それで?」


「...それが、そのですね...4年前の殺人事件の時に現場に残されたDNAと一致したんですよ」


——4年前。彼が初めて殺人事件を取り扱った時だ。


「...二人ともか?」


「そうです。つまり、真犯人が今になって見つかった訳です、こんな形で」


「ほう...玉井が」


「...意外ですね。警部ならもっと驚くかと思ったのに」


警部はいぶかしげに訊く。


「何でだ?」


一瞬の沈黙。


「ア...いや、その、すみません」


彼は舌打ちをした。


「だから何でなんだ」


「エッ...そりゃぁだって、その時のガイシャは警部の奥さんでしょう。あんなに惨い有様で...」


心臓が一拍、跳んだ。


「——!?何を言っているんだ、妻はここで寝ているが...?」


矢島の声が震えた。


「...警部こそ何言ってるんですか...?




あなたの奥さん、4年前に亡くなりましたよね?」




バチンと背後で音がした。


途端に部屋の明かりが全て消えた。真っ暗。

一気に部屋が冷え込んだ。


刹那、

「ツ—————、ツ—————」

と電話が切れた。


そして、警部はこれまでになく激しい視線を感じた。

視線の方向は明確——だった。

彼は身を翻す。

眼の前に、が立っていた。昨晩と全く同じようにして。


——だが今は、すぐ傍、眼の前にいる。


彼女は微笑んでいた。


「あーーあ、気づかなきゃよかったのにな」


彼女は囁いた。


「私たち、ずっと一緒だったよね?」


警部は受話器を取り落とした。


彼女が眼の前に立ちはだかる。

何故か、その姿から眼を離せない。

警部は、自分の拳が石の様に固く握られ、そのまま頭へのびてゆくのを感じた。


◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉

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鈍器 Richard @Richard_Windermere

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