わたしが愚か者過ぎて天才美人に付き纏われることになったので真面目に勉強することにした

爽多空岐

一章 

銀世界に落ちた誘導灯

第1話 退屈な世界に彩りを与えた人

 退屈で仕方なくてもう金輪際この世で生きていたくなくて退屈で味気なくて絶望している時に私は『箒星』に出会ったのだ。それは、光り輝く恒星のように私の前で瞬いてつまらない私の人生に彩りを与えた。私の穴の空いた心から『楽しい』という感情が湧き出て私は人間の心を取り戻したのだ。人間は楽しいを求めて生きていく。私は『最高の愚か者』に出会えたことを誇りに思う。心の底から愛していると言える。世界から非難されたとしても私は愚かな君の隣にずっといたいと思う。


 ──だって、退屈な人生なんて勿体無いじゃないか。


***


 わたしの名前は夢原光ゆめはらひかり。髪が長めのなんの変哲もない高校一年生だ。何の巡り合わせかわからないけれど、わたしの隣の席にはとんでもない生徒がいる。天崎雪あまさきゆきちゃん。金色に輝く肩くらいの長さのサラサラとした髪とキラキラの宝石みたいな青色の瞳を持ち、目鼻立ちがはっきりとしていて、もはや同じ人間とは思えないほどに美人で異彩を放っていた。


 入学した直後はとびきりの美人で身長も高く、あまりにも目立つのでクラスの女子や男子が甘いお菓子に群がる蟻のように雪ちゃんの席を囲んでいた。

 わたしはそれをぼんやり見ていた。わたしも雪ちゃんと話してみたかったけれど人気者過ぎてなかなか隙が生まれなかったから、しばらく身を潜めて蟻の大群のような群がりが散るのを待った。次第に人だかりは無くなり、雪ちゃんは一人で過ごすことが多くなった。やっと雪ちゃんと話せるチャンスが来た。せっかくだし話しかけてみよう! そう思い立ったわたしは、お昼ご飯を食べ終わって静かに読書をしている雪ちゃんに話しかけたのだ。


 ──それがすべての始まりで、終わりだった。


「ねえねえ雪ちゃん。何読んでるの?」


 雪ちゃんの席の目の前に立つと、雪ちゃんは微笑みながら顔を上げてわたしの方を向く。それだけなのにドラマで観る女優のようなオーラがあった。


「ライトノベルだよ」

「らいとのべる? 何それ面白そう! どんなお話なの?」

「イラスト付きの小説のことだよ。私が今読んでいるのは、愚か者の主人公が仲間と切磋琢磨して魔王を倒す物語だよ」

「? せっさたくまってどういう意味だっけ」


 雪ちゃんの顔が硬直する。あれ、わたしおかしなこと言った?


「君って勉強苦手?」

「うん。だって勉強するのだるいじゃん。テストで百点取ったことないし、九十点もない。あ、八十点もなかった」

「……見つけた」


 元から美しい雪ちゃんの青い瞳が潤ってきらりと瞳が輝く。うわっ……綺麗すぎるってやばい。急にどうしたんだろう。


「私は君みたいな愚か者をずっと探していたんだ」

「え、ひどっ⁉︎」


 愚か者って要するにひどい人ってことでしょ⁉︎ 確かに私は頭は良くないけれど⁉︎


「私は愚か者の人間とずっと友達になりたかったんだ。ああ、今すぐに君のことが知りたいよ。今日の放課後に私と遊んでくれないかな」

「全然良いけど愚か者って言わないでよ。傷つくじゃんか」

「ごめんね。えっと、君のことは何て呼んだら良いかな」

「じゃあ……光ちゃんって呼んで!」


 わかったと雪ちゃんが頷く。こうしてわたしと雪ちゃんは友達になったのでした。めでたしめでたし。……ではなく友達になったのは良いことなのだけれどなんだか雪ちゃんは距離感がバグっているのだ。

 友達になってから一ヶ月が経ったからというのは理由にしては弱い。最近、わたしに毎日「愛しているよ」と囁いてきて、その度にわたしはゾクゾクと体を震わす羽目になっている。その声色は艶っぽくて本気で言っているみたいだったけれど、わたしの知っている『友達』ってそんな声色で愛してるだなんて毎日言ってこないはずなんだけどなぁ。おかしいなぁ。周りのみんなも羨ましそうな目でわたしのことを見てくるようになったし最悪だ。


「雪ちゃんってなんでわたしのことそんなに好きなの?」


 中庭のベンチに座って一緒にお弁当を食べたあと雪ちゃんに質問してみた。


「だって光ちゃん、私の想像の域を毎日超えてくれるんだもん。授業中に早弁と称して、にんじんを丸ごと一本食べていたよね。先生にバレて罰として廊下に立たされていたし、あれは最高に面白かったよ。ああ、あれも面白かったな。テストの成績が全校生徒中ぶっちぎりの最下位だったこと。テスト期間中なのに私とおにごっこで遊んだからだよ。勉学に励むことが学生の義務だというのに、そこを怠けるのが光ちゃんの面白いところだよね。ちなみに私は全教科百点満点で一位だったけれどね。ふふっ、光ちゃんなら遊ばなくても最下位だったかな。光ちゃんの魅力は底知れなくて興味深いよ。魅力と言えば光ちゃんの容姿も小動物のようで愛らしいし、髪の毛も艶があって一生撫でていたいよ。今度髪を梳かさせてくれないかな。あれ、光ちゃん。そんなにワナワナしてどうしたのかな?」

「屈辱だよ! わたし頭良くなりたい!」


 わたしの頭が良かったらきっとこんなことに……屈辱的な気持ちを味わうことにはならなかったのだろう。雪ちゃんは頭が良すぎるせいでわたしみたいな怠け者のことが好きになってしまったのだ。こんなことになるならもっと勉強しておけば良かった。いや、わたしはまだ高校一年で学校生活はまだ始まったばかり……。すなわち、まだ巻き返せる!


「頭が良くなったらいけないよ! 常識を身につけてしまったら、私は君に興味を持てなくなってしまうじゃないか! 常識が無い君が好きなのに!」


 あ、常識が無いって言ったなこいつ。頭がぷっちんした。


「わたしは雪ちゃんに嫌われるために勉強するよ。ありがとう雪ちゃん。今まで愛してくれて」

「今生の別れみたいな言い方はしないでほしいな。良い? 光ちゃんは勉強が苦手な愚か者なんだ。モチベーションの維持が大変なんじゃないかな」


 愚か者って言わないでって言ったのに。雪ちゃんの方が愚か者じゃん!


「雪ちゃんのことが大嫌いになったから本気で勉強できる気がする」

「私のことが大嫌い⁉︎ ああ、今まで言われたことがない言葉だよ……。やっぱり私にとって光ちゃんは大切な存在だ……」

「常識がないのはお互い様みたいだね! ちょっとは傷つけ!」


 絶対に雪ちゃんよりも頭が良い人間になってやる。頭が良い人間になれば雪ちゃんはわたしから離れてくれる。頑張ろう。


「ああ、可愛い。光ちゃんが好き過ぎる。私と付き合ってほしいな」

「あっさり告白してきたね! でもお断りだよ。わたしは女の子同士で付き合うのはおかしいと思ってる派だから」

「ふーん。どうしてそう思ってるのかな」

「だって生き物って男女で家族になるのが普通でしょ? 男女が結婚して、子供が産まれて、家族になる。普通から外れたら嫌われるじゃん」

「なるほど。君は『普通の家族』を作ることが憧れなの?」


 そう言われるとどうだろう。全然考えたことがなかった。高校を卒業してからのことも考えていないしなぁ。とりあえず、お金持ちにはなりたい。


「うーん。わかんないよ」

「私は君と付き合うことが憧れなんだ。たとえ周りから嫌なことを言われたとしても構わない。私は、私を幸せにしたいし、君のことも幸せにしたい」

「だったら愚か者って言うのはやめてよね。傷つくから」

「ごめん。じゃあ光ちゃんも女の子同士で付き合うのはおかしいって言うのはやめてほしいな。嬉しくはないから」

「そっか。ごめん」


 わたし達はお互いに謝って握手をする。雪ちゃんはわたしの手を壊れ物に触るようにそっと握ってきた。優しいところがあるってわかってるんだけどな。……って、ちょっと! 急にわたしを手を握る力が強くなって離れられないんだけど⁉︎


「残念だったね。私は握力が強いんだ。一度掴んだら離さないよ。身も心も、ね」

「やられた! 雪ちゃんは運動神経も抜群だった! くっ! 離れろ雪っ!」

「ああ、ちゃん付けじゃなくなったね。より親しくなったみたいでとても嬉しいよ」

「こいつ無敵だ〜!」


 こうしてわたしは雪と変な関係性になった。雪のことが大嫌いなわたしとわたしのことが大好きな雪。友達とはいえない関係。

 恋人以下友達以下他人以上。知り合い。


 わたしは他人を目指すことにして真面目に勉強をすることにした。




 


































 

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